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「その女子生徒の名前は吉川めぐみと言います。私の担任クラスの1人でした。髪色が明るくて、服装も着崩して、見た目は少々派手でしたが、成績は優秀でした。家庭環境に問題があるということで、私も気にかけていたのですが、大したトラブルもなく友達とも仲良くやっていました」
「進路決定の時期に、彼女から個人的に相談に乗って欲しいとの申し出がありました。普段から私にも明るく話しかけてくれていた彼女がとても思いつめた様子でしたので、時間を作ることにしました。ただ、少し妙な点もありました」
「妙な点?」
「吉川が指定した場所が、彼女の年齢にそぐわないというか。周りに大人が利用するホテルが密集する場所でした。彼女が会いたいといった時間も、少し遅めの時間でして……」
「断ろうとも思いました。ただ、彼女がこの時間じゃないとだめと、かなり深刻そうな口調で言うので。もしかしたら、家庭で何か良くない仕打ちをされていて、抜け出せるのがそんな時間になってしまうのかもしれないと」
「悩んだ挙句、私は彼女が指定したお店に行きました」
「店は、薄暗い照明のムードのある雰囲気でした。カウンター席の一角に彼女がいました。席同士がやたらとこう……近いのが気になりましたっが、とりあえず飲み物と、食事を頼みました。もちろん、私も彼女もソフトドリンクですよ。ある程度、注文した品が揃ってから、彼女の相談の内容について、聞きました」
「結論から言うと、吉川の話はほとんどただの世間話でした。両親との日常的ないさかいはあるみたいでしたが、話を聞く限りでは致命的というほどでもありませんでした。友達関係も良好で」
「かなり饒舌でしたから、とにかく話を聞いて欲しかっただけなんだろうと思いました。あまり遅くならないうちに、切りあげてお会計をして、外に出ました」
「他意はないとはいえ、教え子とこんなところを歩いている所を誰かに見られるとまずいので、少し速足で駅に向かって歩きました。歩いていると、不意に背後から小さな悲鳴が聞こえました。振り向くと、地面に膝をつく吉川と、さっさと歩いていく人影が目に入りました。私は慌てて吉川を抱き起しました。大丈夫かと聞くと、吉川はうなずいてすぐに立ち上がりました。吉川の無事を確認すると、ぶつかった人間に文句をいいたい気持ちになりましたが、すでにどこかに行ってしまいました」
「その後は何事もなく駅に辿り着き、彼女と別れました。以上が、吉川との関りの全てです」
話を聞き終えて、カケルは先ほどの記事にもう一度目を通す。載せられている写真のうちのひとつを指さす。
「これは店の中の写真ということですか?」
「ええ、はい」
写真を見る限り、川口と吉川は肩が触れるくらいの距離だ。ちょうど川口が吉川に顔をかすかに向けているので、口説いているようにも見えなくもない。
カケルはもう一つの写真に目を向けた。こちらは、ホテルの前で吉川が川口に身を預けながら、歩いているように見えた。
「これは、さっき話した、男にぶつかられた時に撮られたんだと思います」
カケルが問いかけるよりも先に、川口が続けた。
「私を陥れるために、わざとぶつかって来たんです。これを書いた記者とグルの奴がいるんです。遠くから私のことを見張ってて、吉川と私が店を出た時を見計らって写真を撮った」
「なるほど」
川口の話はある程度は納得できたが、そうするとひとつ問題が起きる。
「吉川という生徒がはじめからあなたを陥れるつもりで、呼び出したという事ですか?」
川口は一瞬言葉に詰まったが、すぐにかぶりを振って、
「それはないと思います」
「なぜですか」
「この記事が出て、彼女の周りでも色々良くないうわさが立ちました。賢い彼女のことなので、それをわからず加担したとは……」
「ただ、この場所と時間を指定したのは彼女なんですよね?」
「そうですが……それでも、生徒を疑うなんてことはしたくありません」
川口は良い教師だったのだろうと感じた。自分がひどい目にあったというのに、それでも教え子を庇おうとする姿勢は、非常に好感が持てた。
とにかく経緯は分かった。大事なのは、今後どうするかだ。
カケルはミコトの方を振り向いた。
「ミコト、この記事をかいた記者について調べてくれ」
「はいよー」
カケルがいうと、ミコトはパソコンをカタカタと操作した。
ワンヴォイスの記事では、書いた記者の名前が必ず書かれている。強大な影響力を持つ記者に対する制約の一つだ。
まもなくミコトが目当ての情報を見つけて、エンターキーの小気味いい音を響かせた。
「えーっと、御影レンジって記者で……所属はRMI」
「RMIか」
RMI=リベラルメディアインダストリーは、ワンヴォイス体制の前から存在する報道機関で、10人前後の記者が所属している。完全な実力主義の企業で、成果を上げれば個人で活動するよりも圧倒的な報酬が支払われるらしい。実力主義だからこそ、あくどいやり方をする記者がいる。
記事を書いた人間と報道機関がわかればやることは一つだ。
カケルは川口に視線を向ける。
「とりあえず一旦その記者に話を聞きたいと思います。進捗あったら追って連絡します。」
「は、はい……わかりました」
カケルが入口まで案内すると、川口は訪問した時と同じようにおずおずとした動きでついてきた。カケルが開けた扉から川口が外に出かけた時に、不意に振り向いて、
「その……お願いします。絶対に、フェイクニュースを暴いてください」
カケルは安心させるように、大きく頷いた。
「ええ、任せてください」
川口はかすかに表情を明るくして、事務所を辞去した。
ばたんと扉が閉まる音がして、事務所に静けさが戻る。
「なかなかうまく情報を引き出せたじゃないか」
「そうかな」
兄に言われて、カケルは少し面はゆい気持ちになった。
「ただひとつ、肝心なことを確かめていなかった」
「肝心なこと?」
カケルは先ほどの川口とのやり取りを振り返る。細かい所はわからないが、フェイク記事の特定、被害者の現状、当時の状況、今後の方針など聞くべきことは聞けていたはずだ。
カケルが思いあたらないのを察して、シュウは答えを出した。
「川口が嘘をついていないかどうかだ」
「え」
それは、カケルにとって思いがけないものだった。
(川口が嘘をついているだって?)
「嘘なんて、そんなはず」
妻と子供の話の時の、苦悩した顔。生徒をかばう姿勢。川口の言動には嘘や偽りを感じなかった。それを兄は全て嘘であると見破ったというのか。
「どの辺から、わかったんだ?」
「いや、俺の見立てではあいつがいってることは本当だ」
「は!?」
カケルは思わず、がくっと頭を落とした。
「シュウもそう思ってるなら、なんだったんだよ、今の話」
「俺が言いたいのは、完全にお前が川口を信じ切っていたからだ」
カケルが非難すると、シュウは諭すような口調で言った。
「お前は、相手を信じようとしすぎる癖がある。相手が善人であればあるほどだ」
シュウの言葉には非難する意は含まれていなかったが、カケルの胸に小さなくさびのように刺さった。
「嘘というのは必ずしも意図的につくとは限らない。そいつ自身が、『そう思い込んでいる」だけのことがある。『間違ったことを信じ切っていること』もある。そこも見抜いていかないと、真実を掴むことはできない」
真実、という言葉。それは、カケルにとって大きな意味を持っていた。
「記者たるもの、どんなことでもまず疑いを持つこと。相手を疑うことは、決して悪い事じゃない。そこから目を背けるな、たとえ相手が誰だろうとだ」
そう言って、シュウはカケルの頭にポンと手を乗せた。
「俺から言いたいのはそれだけだ。取材、頑張れよ」
「ああ、わかった」
シュウの言葉をじっくりと咀嚼して、カケルは事務所を出た。




