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翌日、オルビスの事務所ではカケル、ミコト、シュウはそれぞれが自席で情報収集を行っていた。
世の中にフェイクニュースがあふれているが、その規模は大小さまざまである。全てを網羅することは、オルビスのような小さな所帯ではできない。それでも、手の届く範囲のフェイクニュースを探し出し、解決を目指すのだ。そして、両親の事件も。
ネットにつなぎネタ探しを始めるとまもなく、インターホンが鳴らされた。
シュウが来訪者に目を輝かせた。
「おお、珍しいな。これで記事のネタが増える」
「いたずらじゃない?でなくていいよ」
ミコトが、情報収集の邪魔をされて鬱陶しそうな声で言う。実際、ミコトはいいネタを拾ってくるし、今までも「出前の配達ミス」「テレビの視聴料を払え」「宗教に興味ないか」などでもめた経験があるから、無理からぬ反応ともいえる。
「こんな昼間っからピンポン奪取するやつがいるなら、それはそれで記事書ける。いいから、でてくれ」
「カケルが暇そうだけど」
「いや、俺に振るんじゃねえよ」
文句を言うが、ミコトは平然とスルーする。仕方なく、カケルは立ち上がり、ドアの方へ向かった。
「さすが、カケル。働き者だね」
「うるせえ」
文句を言いながら、ドアを開けるとそこには、50前くらいのさえない中年男性が立っていた。
「あ、あの、こちらオルビスさんで間違いないでしょうか」
報道機関への訪問に慣れていないのか、男性はややどもりがちだった。どこか人目を気にしているようにも見える。
「はい、そうですが。取材依頼の方でしょうか」
「は、そ、そうです」
「ありがとうございます。それでは、中にお入りください」
「は、はい……失礼します」
男はおずおずと事務所に入った。応接スペースの椅子にうながすと、ゆっくりと腰を下ろした。カケルが対面に座る。シュウが横から来客用のペットボトルのお茶をテーブルに置く。
訪問者の対応は基本的にはカケルが受けるルールにしている。シュウ曰く、経験を積ませるためらしい。
カケルは男の顔を改めて見た。ひどく疲れ切ったような表情だが、肌つや自体は悪くなく、実年齢は先ほどの印象よりも少し低いように見えた。大体40いってるかどうかといった所だろう。
「それで、どんな内容か教えていただけますか」
男は、お茶で喉を潤して息を整えると、ようやく男は口を開いた。
「私は……フェイクニュースによって、人生を壊されました。それで……その記事を正して欲しいんです」
シュウもミコトも直接来訪者と対面しないが、自席で耳をこちらに向けているのがわかる。
「具体的には?」
「これを、見てください」
男は、携帯を操作し、画面をカケルに見せてきた。アクトが監視する唯一メディア「ワンヴォイス」のネットニュースカテゴリの記事だった。日付は、大体3カ月前くらいだった。
『変態教師の卑劣な手口―「なんでも悩み、聞いてあげるよ」』とかなりセンセーショナルな見出しがつけられていた。
『〇〇市の高等学校で、卑劣な犯行があった。当時、同校に努めていた川口誠(35歳)は、担任していたクラスの女生徒に対して淫らな行為を強要した。川口誠は以前より、同生徒に対して同様の行為をさせていたといい、たまりかねた女生徒が警察に相談し、発覚した』
『弱みを握る卑劣な犯行』の小さな見出しを挟まれた。
『女生徒は家庭問題で何度かトラブルを起こしたことがあったが、成績は良好である大学に推薦が決まっていた。進路相談の時期に、女生徒は突然川口に呼び出されたという。川口は、過去のトラブルを理由に推薦の取り消しを示唆してきたという。女生徒は、改めて謝罪し、取り消しを撤回してもらうように求めたところ、撤回の見返りに不適切な行為を持ちかけられた』
『教師「申し訳ない事をした」』の見出しの後、
『川口は犯行について「業務のストレスでやってしまった。申し訳ない事をした」などと供述している。警察は今後、さらに詳しい事情や余罪を聞いていくとのこと』
記事はそこで終わっていた。内容だけを見ると、教え子の弱みに付け込んだ、最低の教師といったものだ。
目の前の男、川口がこうしてここを訪れている時点で、恐らく示談が成立したと思われる。ただ、社会的制裁はまぬかれない事案だ。疲れた表情もそれが原因なのだろう。
「つまり、これがフェイクニュースということなんですか」
「はい……この記事で私は、学校を追われました。それだけじゃない、変態教師の家族として、妻と娘にも被害が及びました。家には罵詈雑言の落書きをされ、妻は職場で、娘は学校でいじめにあいました」
この時代において、記者による記事の影響力は計り知れない。唯一メディアのワンヴォイスは国民全員が見てるといっても過言ではない。
自分と生業を同じくする人間が、他人を不幸にしている現状を目の当たりにして、カケルは自分事のように胸が痛んだ。
「今はどうしているんですか?」
「独り身です。妻とは離婚しました。妻は最後まで私を信じてくれていましたが、日に日に憔悴していくのを見て居られず、私から提案しました。娘の親権も妻に」
話しているうちに、川口の声に嗚咽が混じる。テーブルに置いてあったティッシュに手を伸ばし目元を脱ぐった。赤くはれた目でカケルをまっすぐに見つめてきた。
「お願いします、記者さん」
弱弱しかった川口の瞳に、初めてかすかに強い意志が見えた。
それは、カケルにとって信じたい光だった。
「この記事を書いた人間を、見つけ出してください。そして、この記事を消すように伝えてください」
カケルは迷いなく答えた。
「わかりました」
そのためには、まず実際に何があったのか、真実を知らなければ行けない。
川口は訥々と話し始めた。




