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渋谷の喧騒から少し離れたオフィスビル群の一角に、カケルとミコトが所属する報道機関「オルビス」の事務所はある。
一人暮らしのワンルームの2倍程度の広さの空間。ドアから見て右手側、左手側、奥側にそれぞれデスクとチェアが置かれ、それぞれの机上にはディスプレイとキーボード、筆記用具やICレコーダーなどが散らばっている。中央辺りの空いたスペースには来客用の対面テーブルが設置されているが、テーブルの上にうっすらと埃が積もっており、久しく訪問者がいないことを物語っていた。
奥側のテーブルの前で、カケルとミコトは寺田の件の報告を行っていた。
「寺田の報道権は奪うことができた」
「そうか、さすがカケルとミコトだな」
テーブルの向こう側で、眼鏡をかけた精悍そうな顔つきの男性がカケルたちの報告をうつしだした携帯端末に目を落としていた。
オルビス所長のリーダーで、カケルの兄である早瀬シュウだ。
「寺田はフェイクについてなんて言ってた?」
「一言で言って、開き直ってた」
カケルは1時間ほど前のやりとりを思い出す。
目を覚ました寺田は今回の事件だけでなく、これまで発信してきた動画に対しても、フェイクであることをほのめかした。
ふてくされたような顔の寺田にカケルが問いかけると、
『……から……んだよ』
『は?』
『だから、なんだってんだよ』
寺田がいきなり叫んだ。その表情は嘲笑の色を含んでいた。
『この国の人間は、画面でみた情報だけを信じる。いや、自分の信じたい情報だけだ。事実、真実なんて誰も興味がないんだよ。だからこそ、俺たち記者は、あいつらの欲求を満たしてやるのが仕事だろうが。今回の件もすげえぞ。昨日の公開だが、広告の収入は既に数十万以上入ってきてるんだ。まったく良い時代になったもんだ』
唾を飛ばしながら、寺田がまくしたてる。
寺田の言葉は汚さにまみれていたが、同時に現代社会を言い表していた。
情報化社会が発展し、人々の生活は「情報」に支配されるようになった。ある情報について、自分の目で実際に見てる人はほとんどいない。他人が発信した情報が、その人にとっての事実になる。だから、自分にとって都合がよい部分を切り取った報道や、他社を貶めるための「フェイクニュース」が世にはびこるようになる。
そんな時代の中で、情報を発信する職業が力を付けた。特に「記者」は取材から発信を行うことで、多くの人にとっての事実を作り出すことで、その地位を上げていった。
次第に、多くの企業が専属の記者を雇ったり、フリーランスとして独自の情報網を展開する記者が登場した。国や企業などの多くの争いに記者が介入することになり、軍事では兵士を雇うのではなく、記者を雇えとまで言われるようになった。情報化社会は過熱し、多くの記事が乱立された。
その結果、情報の氾濫による大災害が起こった。後に「情報崩壊」と呼ばれる大事件だ。情報に翻弄された国民がパニックに陥り、各地で暴動やテロが多発。警察や自衛隊との衝突を通し、最終的に国の人口の3割にものぼる死者がでた。天災や戦争などとは違う、異質な災害に政府の対応は遅れに遅れ、ついには国家すら機能を失っていった――。
『知ってるか?昔は記者って職業はAIにとって代わられると言われてたんだぜ?それが、いまやどうだ?みんなからうらやましがられる存在。まあ、今の現状を維持しているのがアクトっつーAIなんだから、俺たちとAIっていうのは奇妙な関係だよな』
アクトは正式名称は「AI-ACT=Artificial Intelligence Authority for Controlled Truth(国家報道記録管理局管理中枢AI)」の人工知能だ。先のメディアクライシスの教訓を踏まえて、政府が国家規模の予算をかけて開発した情報統治機構だ。
アクトの登場によって、まず「テレビ」「動画」「SNS」「新聞」「ネットニュース」「個人発信」「コメント機能」などの既存の全てのメディアは廃止され、アクトが監視する国唯一のメディア「ワンヴォイス」が創設された。全ての情報はアクトによって事前に検閲が行われ、アクトが問題なしと判断した情報のみが、ワンヴォイスに掲載される。ワンヴォイスには「動画」「SNS」「ネットニュース」「個人発信」の機能が搭載されており、それぞれにコメント機能が付けられている。
さらにアクトは、報道における絶対原則「1事1報」を作った。これは、「1つの事件につき、発信はできる者は1人まで」というものだ。ある事件を誰かが報道した場合、その人間は「報道権」を獲得し、同じ事件を他の誰かが報道しようとすると、アクトによって拒否される。拒否回数が重なるとアクトによる「粛清」が行われる。なお、報道権は全ての形態のメディアに有効で、たとえば動画で一度報じられた事件は、SNS、ネットニュース、個人発信においても報道権が有効となり、他の記者は報じることが出来なくなる。
アクトと1事1報の原則は、当初はおびただしい批判にさらされたものの、結果的に情報の乱立は収めることには成功した。
一方、限界もあった。今度は記者の間で、「いかに記事を早く仕上げるか」が常識になった。要は早い者勝ちという状況だ。アクトの検閲も完全ではなく、記者の技術によってはある程度はかいくぐることが出来てしまう問題もあった。速さのみが重視され、情報の確実性がおろそかになることで、再び情報が世の中の危機として認識され始めた。
そこでアクトは、1事1報の原則に付則を設けた――。
『まあ、こうやっててめえらにやられちまったからな。その記事の報道権はおとなしくくれてやるよ』
その付則とは、「記者同士の戦闘」だ。
記者は既に報道権を持っている記者との戦闘に勝利することで、その事件の報道権を奪うことができる。記者はそれぞれの報道形態や取材スキルをモチーフにした武器及び異能を持ち、それらを行使して戦う。戦闘に勝利して報道権を奪うことが出来れば、その事件について改めて報道を行うことが出来るのだ。もっとも、寺田のような完全なフェイクニュースについては、報道権はほとんど意味をなさず、「記事の削除」を行うにとどまるのだが。
『それにしてもよう、俺のフェイクを暴いたところでお前らに何の得があるっていうんだよ』
『人々に真実を届けること。それが記者の仕事だ』
口から自然と返答が生まれてくる。
『確かに、お前の言う通り、国民は情報に踊らされている。操り人形と言ってもいいくらいだ。だからこそ彼らを導くために、俺たち記者がいる』
カケルの言葉に、寺田は放心したようにぽかんとした表情になり、
「は、はは……あっはははははぁ!」
呼吸すらおろそかになるほどの大笑いを始めた。その姿を呆然と見つめるカケルを気にも留めず笑い続け、ようやく気が済むと目じりをぬぐいながら口を開いた。
『きれいごとは面白くねえぜ』
『きれいごと?』
『だってよ、てめえらだって俺と同じ穴の狢だろ?記事書いておまんま食ってんだろうが。まっとうな記事なんて今時だれも求めてねえ。俺みたいに、とことん稼げる記事を書けばいいじゃねえか』
寺田はなおも語る。戦闘に敗北したはずの寺田が、まるでこの場で一番正しいかのような饒舌ぶりだった。
『そもそも、オルビスだっけか?真実を見る『眼』、そしてギリシャ語では『世界中』という意味もあるそうだ。たいそうな名前を組織につけて、世直しみたいなことをやってるけどな、そもそもそんな存在を作っていること自体が矛盾なんだよ。なぜかわかるか?』
寺田がもったいつけるように一度間をおいた。
『フェイクニュースを作る記者が圧倒的な多数派だからだ。わざわざこんな組織を立ち上げなければいけないこと自体が、この世の仕組みからお前が外れてしまっていることの証左だ』
そういって、再びひとしきり笑ったあと、
『だからよ、きれいごとはもうやめにしてお前も適当にうまい汁すすればいい。俺が伝えたいのはそれだけだ。聞きたいことは聞けたんだろ?失礼させてもらうぜ。じゃあな』
言いたいことを言い終えた寺田は、もうこの場所に用はないといった様子で、さっさと事務所を出て行ったのだった。
カケルがことのあらましを伝え終えると、シュウは考えるように口に手を添えた。
「確かに、そいつのいってることは一理あるな」
「な……認めるのかよ」
ほかならぬ兄の口から飛び出た言葉に、カケルは口を挟まずにはいられなかった。しかし、シュウ本人はまったくひるまずに続けた。
「オルビスのもう一つの意味を覚えているか?」
「……円」
シュウが満足そうにうなずいた。
「そうだ。円は始まりも終わりもない。つまり、永遠に真実を追いつづける。それがオルビス。父さんと母さんが立ち上げた報道機関だ」
カケルの脳裏に両親の言葉が蘇る。「記者たるもの、真実を追え。そして、真実をもって人々を救え」。その言葉を発している父親と、それを微笑みながら見つめる母親の表情は今も鮮明に思い出せる。
両親の書く記事は、多くの欺瞞を粉砕していった。一般人が書き込むことの出来るコメント欄には、記事がもたらした問題提起に対して、常に活発な議論が巻き起こっていた。
両親の記事を、カケルとシユウはいつも目を輝かせてみていた。取材から帰った父と母に、一番に記事を見せてもらうようにねだった。
記者のあるべき姿ともいえる両親の背中を見て、カケルとシュウは育った。自然と、自分もそうなるのだと考えていた。
だからこそ。
「両親の思いを引き継ぎ、俺たちは真実を追うんだ」
兄の言葉に、カケルは頷いた。と同時に、心に刺すような痛みが走った。
それを見透かすように、シュウは言った。
「そして、もう一つのオルビス……俺たちの目的」
シュウの言葉を、カケルは自然に引き継いだ。
「父さんと母さんが殺された事件の真相を追うことだ」
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