①
休日の人でごった返す街中。駅前の待ち合わせのシンボルである犬の像のある広場の隅から、早瀬カケルはある人物を探していた。
(くそ、渋谷は人多すぎなんだよ)
渋谷は言わずと知れた日本でも有数の歓楽街だ。まだ夕方前だが、見渡す限りの人、人、人。喧噪もそれに見合ったやかましさで、酒でも飲んでるのかというくらいハイテンションな若者が何やら大声を上げている姿も見られる。
(気が散るな……)
心の中で悪態をつきつつ、周囲に視線を巡らす。友達同士で、画面を見せ合いながら笑顔を見せる女子高生の集団。難しい顔をしながら、食い入るように画面を見つめる中年男性。携帯を操作しながら歩き、危うく前の人とぶつかりそうになる若い女性。
誰も彼もが、画面の向こうの世界に『情報』に夢中になっている。なんということもない、今のこの国の日常だ。
『カケル、見つかった?』
不意に、耳に装着していた無線イヤホンから、聞きなれた声が聞こえてきた。
「いや、まだだ」
『えー……いつからそこにいるんだっけ?』
「3時間くらい前だな」
『そんなにいて見つからないなんて、ちゃんと集中してる?』
煽るような言葉に、思わずむっとなる。
「あのな、どんだけ人がいると思ってるんだ。ってか、お前は今どこにいるんだよ。駅前集合って言っただろ」
『んー?何の話?』
「おい……お前、いい加減にしろよ」
『あはは、そうだったそうだった。今電車に乗ったとこ』
「はあ……」
自分でも驚くほど深いため息が出た。
「ミコト、嘘つくんじゃない」
『嘘じゃないよ。何を根拠にそんなこといってるのさ』
「電車に乗ってるときの音が聞こえないからだよ。普通、ガタンゴトンとか、人の話し声とか聞こえるだろ」
『それはー……きっちり手で携帯電話覆ってるからね』
「お前、まじでふざけん……」
思わず大きな声を出しそうになって、隣の待ち合わせしている女性が不審そうな目で見ているのに気づく。女性にあまり縁のないカケルは心臓がきゅっと痛くなる。
深呼吸をして落ち着きを取り戻しながら、
「で、いつ着くんだよ」
『だから、あと少し。それまでにちゃちゃっと犯人を捕まえちゃってよ』
「そうはいってもだな」
『あれだけ自信満々だったのに、どうしたのですかね』
「それは……その」
ミコトが煽りに返す言葉が出てこない。カケルの内心を察したように、ミコトが続ける。
『やっぱり手がかりが少ないんだよ。「携帯電話で自撮りをしながらしゃべってる人」だけじゃあさ』
「でも、現代でそれを行う可能性があるのは記者だけだ。それ以外の人間には発信、つまり報道ををすることができないんだからな」
それは間違いない。ただ、休日の渋谷をなめていたってだけだ。
『まー、寺田ヒロキは自己顕示欲がバリバリの記者みたいだしね。でなきゃ、あんな動画で衆目を集めようなんてしないはずよね』
携帯端末がぶるっと一度震えたので確認すると、ミコトが動画ファイルを1件送信してきていた。
一度目を通したことのある動画だが、確認がてら再生する。
動画では、この国の首相が渋谷の路上で演説を行っていた、
『我が国日本は、隣国に対して宣戦布告を実施する!』
高らかに宣言する首相の背後には、戦車が数台停められており、軍人が列をなしている。まるで、戦時中を思わせるような、物々しい映像だ。
『あんなフェイクニュースに踊らされるのなんて、正直信じられない』
ミコトが呆れながらいった。
カケルは心の中で同意しながらも、しっかりと反論する。
「それを救うのが俺たち記者の仕事だろ」
『まあ、そうだけどさ』
不意に、あたりにメガホン越しの大きな声が響き渡った。声のした方向に目をやると、選挙カーのようなものに乗って、国会議員が大声を張り上げていた。
「我々は、首相の愚行を許してはいけない。私は国を預かる者として、断固拒否する次第であります!」
(あの国会議員もフェイクに踊らされた一人か)
カケルは小さくため息をつく。国の引っ張る立場の人間ですら、情報に踊らされる。画面の中の世界にとらわれ、現実を見ようとしない。
そうして、記者の食い物にされる。
(だが、この演説自体は好都合かもしれないな)
あのフェイク動画を取った記者が渋谷を拠点に活動していることは、確認済みだ。こうして反応する人間が現れることを期待しているのならば、今もどこかに待機しているかもしれない。
そう思った矢先に、視界の端で他の人間とは異質な動きをしている人物を見かけた。携帯端末に自撮り撮影用の棒を取り付け、勢いよく画面に向かって話しかける男の姿だ。
「見てください。先日の首相の宣戦布告に対して、さっそく国会議員が抗議の声を上げています。いやあ、私の捉えた映像の影響が早速出ていることに感動を禁じえません。なにしろ……」
その人物が言い終わるより前に、カケルは駆け出した。人混みをかき分け、カケルに対する迷惑そうな視線に耐えながら、まもなく寺田の元へ辿り着く。
「みなさん、こんにちは寺田です。今日は……?」
突然現れたカケルに、寺田は気づいたようだった。およそ40くらいだろうか。中肉中背で特徴がないが、髪だけはまるでバンドマンのように赤く染めており、なんとか個性を出そうとしているのがわかる。痛々しい見た目は画面の中の姿でも伝わってきたが、実物を見るとより一層顕著だ。
「なんだよお前?」
「あんた、記者だな」
カケルの問いに、寺田は動揺したようだった。
「はあ?何の話だ?」
寺田の質問には答えずに、カケルは先ほど見た動画を始めから再生し、寺田に突き付ける。
「この動画はフェイクニュースだろ?」
「しょ、証拠でもあるのかよ」
そういわれて、カケルは再生中の動画をある地点で止めた。首相の顔の辺りを指さす。
「この首相の表情、眼の部分が左右で別人のものになっている。恐らくどこかのAIで生成してるんだろうな。あとは、後ろの戦車も遠近感がおかしい。動画はちょうどこの場所を駅前の広場から取っている風景だ。今話してる国会議員の選挙カーの大きさとの比較から、もしあれが戦車だったら、砲身が地下鉄の入り口の建物に食い込んでいることになってしまう」
目の前の寺田は画面を苦々しそうに見つめている。
「あんたのフェイクは明らかだ。真実を追うべき記者として恥ずべき行為だ」」
カケルが最後通牒のように告げると、寺田は肩を落とし、画面から視線を外した。
「……すいませんでした」
想定外にもあっさりと、寺田は自らの行いを認めた。フェイクニュースを認める記者は今時とても珍しいというのに。
「こ、この動画は消させていただきます。今後は、公正な発信に努めてまいります……」
「わかったならいい」
あまりに素直な態度に面食らうカケルをよそに、寺田は自身の携帯端末をこちらに差し出してきた。カケルに消して欲しいようだ。
確かに、そうした方が「消すフリ」をされる危険性が少なくて済む。
カケルが寺田から携帯電話を受け取ろうと手を差し出し、その手に端末が置かれようとして―寺田の手は、カケルの手をすり抜けた。
「なんてな!ばあああぁか!」
そして罵倒が響く。驚くべきことに、その声はカケルの背後から聞こえた。振り向くと、少し離れた位置に寺田がいた。
カケルは一瞬で悟った。
スクープギアの行使だ。
(あいつ、気付かない間にアクトに接続して、バトルを開始してやがったのか!)
使ったギアは恐らく、幻惑系のギアだ。カケルの存在に気付いた時点で発動し、逃げるタイミングをうかがっていたのだ。素直に従ってるように見せてこちらを油断させる腹だったのだろう。
(きたねえ野郎だ、くそ!)
「待て!」
「待てと言って待つ奴がいるかよ!」
このあたりを拠点としているからか、寺田の足取りには迷いがなく、人混みをするする避けて走り抜けていく。対するカケルは、人の群れに押されて、中々前に進めない。みるみるうちに寺田の背中が小さくなっていく。
「ばーか、間抜けな記者さん!」
寺田は余裕綽々に、カケルの姿をカメラに収めている。動画のネタにでもするつもりか。
「みなさん見てください、間抜けな記者がこちらに向かって突進してきます。彼の顔、しっかり覚えておきましょうね」
カケルにカメラをばっちりと向けて喋りながら、寺田が再び走り出した瞬間―
「ぐぼえ!」
奇天烈な声を上げて、寺田の体が空中で一回転した。土嚢のような重く鈍い音を立てて地面に落ちる。
(な、なにが起こったんだ?)
カケルが混乱していると、寺田のもとに1人の女性が弁解しながら駆け寄っていった。
「だ、大丈夫ですか、その、いきなり突っ込んでくるから」
その姿と声はカケルの良く知った人のものだった。
「ミコト、お前、何してんだよ」
「あれ、カケル?」
ミコトがこちらを振り向いた。茶色のボブカットの毛先が揺れる。ぱっちりと大きく見開かれた二重まぶたは現状をまだ把握できていないようだった。
「これって、一体?」
「いや、俺が聞きたいんだけど」
「さっき駅について、待ち合わせ場所にむかっていたら、この人が急に私に向かって走ってきたから、何かと思って」
「何かと思って?」
「その……思いっきり蹴り飛ばした」
気まずさを押し殺しながら言うミコトに、カケルは思わず目頭を押さえた。ついさきほどまでの寺田に対して、憎たらしさでいっぱいだったが、唐突な暴力に見舞われたことでかすかな同情が混じっていた。
とはいえ、目的は達成できた。
「まあ色々問題あるけど結果オーライだ。さっさとこいつから話を聞かないとな」
「う、うーん……」
かすかなうめき声と共に、寺田が目を覚ました。自身を見下ろすカケルとミコトをみて、敗北を悟ったように悔しげな顔になった。
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