①
都内有数のライブ会場。1万人以上を収容できる屋内会場では、ステージに向かって今か今かと待ちわびる熱っぽい視線で満たされている。
「もうそろそろ始まるな」
「なんでそんなにテンション高いんだよ」
カケルは隣の興奮気味の兄をたしなめる。
「今日はアイドル記者の敵情視察だろ」
「敵情視察って……硬いんだよお前は。巷をにぎわす『アイドル記者』のライブだぞ?抽選もミコトに手伝ってもらって、経費だって掛かってる、楽しまないと損ってもんだ」
シュウはそう言いながら、どこからか棒状のものを取り出した。両端をもってぱきりと音を鳴らすと、棒がピンク色に光り出した。
「カケルも、ほれ」
もう一本取り出して、手渡してくる。
「いや、いきなりそんなこといわれても……」
講義をしようとすると、シュウはいつの間にか隣の別のファンと話を始めていた。コミュニケーション能力の高いシュウはこうしてどこへいっても相手と関係を作ってしまう。カケルも取材であれば気負いはしないつもりだが、どちらかというと人づきあいが苦手な方だ。
なんとなく、手持無沙汰になって、カケルは手にした棒をシュウがやったように折り曲げる。
ピンク色に光り出した。その輝きをぼんやりと見つめていると、
「お兄さん、今日はライブ初めてなんですか」
声をかけてきたのは、カケルと同い年くらいの、眼鏡をかけたおとなしそうな青年だった。カケルはなんだか仲間を見つけたような気持になった。
「そうなんです。こういうのってどうやってふるまったらいいんですかね」
「難しく考えないで、楽しめばいいんですよ」
「はあ」
シュウと同じ結論に苦笑しつつ、カケルは気を取り直した。
「それにしても、流れ星きらりってすごい人気なんですね」
「そりゃもう!」
何気なく問いかけたつもりだったが、青年は見た目とは裏腹な大きな声で答えた。あまりの勢いにカケルはのけぞった。
「彼女の記事は、見る者を夢中にさせます!文字の記事なんて小難しいものなんて見ない若者にとって、彼女の記事は革新的でした!」
「その記事って……」
「かくいう僕もその一人です。きらりちゃんがいなかったら、今の僕はありませんでした。対人関係でいろいろあって、外に出るのが嫌になっていた僕に、彼女の記事はまさに宝石のようなきらめきを放っていました」
「は、はあ」
口を挟む暇もない。
「あなたも、今日のライブが終わったころには、きらりちゃんのとりこになっているはずです!今は緊張しているとのことですが、ライブが始まったらそんなもの一瞬で消え去ります!」
「そういうもんですか」
「そういうもんなんです!」
言い終えると、青年はふうと息を吐いた。そして、カケルの困惑に気付いたようだった。
「すみません、少し興奮しすぎました」
「いえ、流れ星きらりの凄さはよくわかりました」
「いやいや!今のじゃまったく語りつくせてません!」
とりとめない社交辞令がまた青年のスイッチを入れてしまったようだった。
「ああでも、そろそろ始まっちゃうからな……もっともっと話したいのに」
青年はまるで今生の別れのような顔になるが、すぐに明るい顔に戻って、
「それじゃあ連絡先を交換しませんか!今日の感想と、貴方にきらりちゃんの良さをもっともっと伝えて差し上げますので!」
「え、ええ」
突然の申し出に、カケルは戸惑う。
(こんないきなり連絡先交換って。ライブ客ってこんなもんなのか?っていうか、呼び出されて色々語られるのも……)
「あなたときらりちゃんについてもっともっと語りたい」
カケルの内心をよそに、青年はきらきらと期待のまなざしを向けてくる。その瞳をみて、とれる行動は一つだけだった。
「わかりました。お願いします」
「ありがとうございます」
携帯端末でお互いのIDを読み込む。名前には、平田優斗と出ていた。
「ありがとうございます、これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
交換が終わったタイミングでちょうど、ポップなミュージックが流れだした。それに合わせるようにステージ奥のスクリーンで煌びやかな演出の映像が流れ出した。
音楽は徐々に盛り上がりを迎え、壇上のスクリーンが10が表示されて、カウントダウンが始まった。
数字と一緒に、カウントダウンの歓声が鳴り響く。
「2!」
「1!」
やがて、会場の熱が臨界点を越えた。
「0!」
その瞬間ステージの床から、人影が飛び上がるようにして出てきた。着地をして、星形のマイクを片足で掲げる。
ツインテールが弾む。
「みんなー!おは、きらりん★」
ピンク色のフリフリとしたワンピースの、まさにアイドルといった感じの装いで、観客たちにまぶしいほどの愛想を振りまいた。
呼びかけに答えるように、会場からはまるで地鳴りのような歓声が上がる。となりの平田も半狂乱のように叫んでいる。
曲のイントロが流れ出した。
「きらりちゃんのナンバーワンヒット曲ですよ!」
聞いてもないのに、平田が横から解説を入れてくる。
「もしも嘘に負けそうなら♪」
「名前も知らない星になろう♪」
歌唱に合わせて、ファンたちは踊り狂う。
平田も、大人しそうだったなりは潜めて、眼鏡が外れんばかりに腕を振り回している。
「消えない願いを抱いて♪」
「私たちは明日へ進むよ!♪」
ファンたちの踊りもどうやら曲ごとに振付が決まってるようで、全ての曲で一糸乱れぬ動きを見せた。
(むしろ、どちらが主役かわからないくらい激しかった)
そんな未知に圧倒されながらも、カケルは胸のうちに何かうずくものを感じた。
音楽や踊りを通して、人を夢中にさせることの尊さだ。
きらりの呼びかけに、ファンたちは全身全霊で答える。そこには、通常のコミュニケーションでは実現できない意志の疎通があった。
いつのまにか、カケルは自分の中で、敵情視察の目的が薄れてきているのを感じた。
単純に、この時間を楽しんでいる自分がいた。
何曲目かもわからないアップテンポの曲が終わり、気づけば静寂が戻っていた。壇上のきらりがステージを前に進んできた。
「みんなー、一気に突っ走ったけど、どう?ちゃんとついてこれてる?」
きらりの問いかけに、観客が言葉になっていない返答を返した。
「すごい、みんなきらりのためにこんな応援してくれて。歌いっぱなしだったけど、すっごく元気もらったよん★そんなみんなの想いに応えるために、今日はなななななんと、新曲を用意しました★」
きらりは狂乱じみたレスポンスをする観客の様子に、満足げに笑みを浮かべた。
「それじゃあ聞いてください★『Starlight Code』」
静かなストリングスが鳴りだした。バラード曲のようだ。
叫び声が一瞬で静まり返り、会場内のすべての意識が舞台の上のきらりに注がれた。
「あの日見た空は少し濁ってたね」
「だけど涙じゃないよって笑った」
「薬指じゃなくて」
「白い箱を抱いて」
「誰かの願いを届けてた」
「優しい人ほど一人で抱えちゃうから」
「小さな町で待っててね」
曲が進みやがてラストサビを迎える。
「なくしたものを数えるより」
「名前も知らない星を探そう」
歌い終えて、きらりは宙を見上げる。その視線は何か大切な決意のようなものを感じた。
長いアウトロが流れ続ける。ステージ上のスクリーンには星屑のような映像が流れている。徐々に会場が暗くなり、まるで満天の夜空のような幻想的な光景が広がった。
やがて、曲の最後のストリングスの音色が消える。
暗闇と静寂が訪れる。
カケルは、バラードに心が揺さぶられるのを感じていた。
周りの観客も、自分と同じように――
「……は?」
そう思いかけて、カケルは違和感に気付いた。
あまりに静かだったのだ。歓声もなければ、拍手もない。何より、温度を感じられなかった。
カケルの疑念に答えるように、唐突にあたりが照らされた。
急な照明に思わず手で目を覆う。そして、違和感の正体を理解した。
会場から、人が消えていた。人っ子一人見当たらず、まるで津波のような熱狂はどこにもない。
「カケル、無事か」
振り向くとシュウがいた。兄がいることにカケルは安堵する。
「ああ、なんとか」
「そうか。だが、これは一体……」
カケルは先ほど連絡先を交換した青年のことを思い出す。彼の姿も消えていた。
「1つ考えられることがある」
カケルが思案する間に、シュウは既に冷静さを取り戻していた。
「これが、流れ星きらりのスクープギアだ。恐らく干渉系だろうな」
「干渉系……こんな規模の干渉系なんて聞いたことないぞ?」
「確かにな。だが、他に説明がつかない」
カケルたちが話し合っていると、
「今日はきてくれてありがとう。『記者さん』たち」
静まり返った会場内を声が鳴り響く。ステージの中央から、流れ星きらりがカケルたちを見下ろしていた。
シュウが一歩前に出た。
「お前、一体何をした。ほかの観客はどこに行ったんだ」
「記者さんなんでしょ?だったら、もうわかってるよね?★」
「やはりスクープギアか」
「スクープギア?うふふ、どうだろうね★私にとって。ファンはお星さまなの★だから、夜空に消えていったんだと思うな★」
「ふざけるな!」
きらりの不穏な言葉に、思わず駆け出したカケルだったが、シュウに肩を掴まれる。
「何するんだよ!」
「相手のスクープギアがわからないんだ。うかつに動くな」
「くっ」
カケルは歯噛みする。会場の人間を全て消してしまうスクープギアだ。シュウの言う通り、迂闊な行動は危険すぎる。
そんなカケルたちを、きらりはくすりと笑った。
「焦らなくていいよ。今日の新曲はワンヴォイスの私のアカウントで聞けるようになるからさ、どんどん聞いて拡散しちゃってよ」
きらりは、優雅に踵を返した。
「それじゃあ、お二人さん、バイきらりん★」
きらりはライブ中と変わらない笑顔で手を振った。最後に一瞬立ち止まって、
「お星さまたちは、ずっと私のものだから★」
そう言い残して、ステージの奥に消えていった。
その後ろ姿を、カケルは黙って見続けることしかできなかった。
つまさきにこつんと何かが当たるのを感じた。ペンライトだった。鮮やかな桃色の光はもう灯っていなかった。




