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ライブから戻ったカケルは自席できらりのSNSのアカウントを開いていた。ミコトとシュウが後ろからその様子を見守ってる。
「観客がいきなり消えるなんて、にわかに信じられないけど」
「いや、それが本当なんだよ」
一瞬にして会場の温度が消え去った体験を思い出して、思わず身震いする。
一方のミコトは疑いを隠そうともせず、
「幻覚を見たんじゃないの?」
「いや、どんな幻覚だよ」
ミコトが目を細めながら首をかしげてシュウを見る。
「本当?」
「ああ、確かに。曲が終わって暗転から戻った時には、会場は空になっていた」
「そっか……じゃあ、間違いないね」
(そこはすんなり納得すんのかよ)
カケルは返事をせずに、ワンヴォイスの流れ星きらりのSNSを開く。最新の投稿に目的のものはあった。
クリックすると、動画が流れ出す。
「何これ、新曲?」
「ああ」
音声をオンにして3人でその曲に耳を傾ける。きらりの澄んだ歌声と切ないメロディに、会場で聞いた時の感動が鮮やかによみがえった。
「別に、なんの変哲もない曲だと思うけど」
ミコトの無遠慮な一言に苦笑いをしつつ、本文をクリックすると歌詞が現れた。一度聞いただけだったが、不思議とあの時の歌詞だと分かった。
しかし、ミコトの言う通り、あのライブ会場で起きた現象を説明するものはなかった。歌詞の内容に目を凝らしても、違和感のようなものは見つけられなかった。
続けて、コメント欄を開く。
その瞬間、カケルはこの曲がもたらした影響を思い知る。
投稿日時は数時間前だというのに、既にコメント数は数万に上っていたのだ。
その内容には、特徴があった。
『「あの日見た空」ってことは、過去に何かがあったってことだよね』
『「白い箱」って、薬のことじゃない?』
『「誰かの願い」……きらりちゃん本人の可能性もあるよね』
『「名前も知らない星」って、たくさんの赤の他人のことなんじゃない?』
コメントは、きらりの歌詞を分析する者ばかりだった。
「なるほど、報道の一つの在り方かもしれないな」
それらを見たシュウが感心したようにうなずいた。
「ファンに議論させて注目を集め、さらに多くの人を巻き込んでいく。結果、記事の影響力はすさまじいものになる」
話してる間にも、コメントはどんどん増えていく。ついには、具体的な地域や企業名なども挙げられるようになっていった。それらに対して、さらに賛成や反対の意見が交わされる。
「もう、みんな好き勝手しゃべってて、収集付かないよ」
ミコトの恨み言を聞きながら、カケルはコメントの奔流を見つめていた。
シュウの言う通り、きらりの報道の形は非常に現代的で、記事を見てもらうのにはとても有効な戦略だと感じる。
だが、同時に危険さもはらんでいるように思えてならない。
多くの意見が乱立することの危険さ。意見の相違は時として、大きな争いを生む。実際に、過去に情報の氾濫による大災害が引き起こされたのだから。
「ん?」
思案していると、シュウが何かに気付いたように声をもらした。
「なんかやたら同じ名前の企業が出てくるようになってないか?」
「確かに」
ミコトは携帯端末を取り出して、画面に指を躍らせる。
「メディホールディングス……医薬品の卸会社みたいだね」
「医薬品?」
「ざっと見た感じ、過去の不正もないし、監査もしっかり行ってる。まっとうな企業っぽい」
「ふむ」
シュウが考え込む。
「そもそも、あの歌詞からどうやって、この会社にたどり着いたんだ?」
シュウに応えるように、カケルはコメントの流れを辿る。
すると、奇妙な点を見つけた。
カケルは、該当の箇所を表示させる。
『白い箱って、メディホールディングスの物流倉庫のことじゃない?』
『確かに』
『前から怪しいと思ってた』
『やっぱりそうだったんだ』
『きらりちゃんは真実を伝えてる』
「初めてメディホールディングスの名前が挙がった投稿を境に、まるで示し合わせたように、意見が一方向へ流れ始めてる。それまで、多くの企業や地名が出ていたのに関わらずだ」
「なにそれ。ファンだけがわかる暗喩みたいなのが歌詞にあったってこと?」
ミコトは携帯端末に指を滑らしながら言う。
「どうだろうな。どちらかというと、何らかの意思が働いているように見えるが、ここからでは断定できないな」
「っぽいね」
議論が一段落して、カケルの頭の中では、別の問題が浮かんでいた。
「それに、肝心なことがわかってない」
ミコトとシュウがカケルを見た。
「会場から人が消えた現象が何一つ分かっていないんだ」
改めて言葉にして、その異常さが身に染みる。
同時に、カケルの胸の中を支配していたのは、ライブで知り合った一人の青年の顔だった。きらりのことを熱弁する、きらきらとした相貌。
平田はいったいどこへ行ってしまったのか。
オルビスに戻るまでの間に連絡を入れてみたものの、現在まで返信はない。
「まあ、ここで考えていても仕方ない」
シュウが手をパンと叩いた。
「この企業と周辺の地域を取材するぞ。俺は企業に直接あたってみる。カケルとミコトは周辺の住人に聞き込みを行ってくれ」
「わかった」
「頼むぞ……っておい。ミコト、聞いてるのか」
ミコトはスマホを熱心に眺めていたまま、返事をしない。
「みこ……」
「見つけた!!」
まん丸に目を開いたミコトが叫んだ。
「は?」
「すごいもの、見つけちゃったんだよ!」
興奮交じりでミコトが携帯端末を渡してきた。画面上では、きらりが化粧品を手に取って、一生懸命口を動かしている。
しかし、特に異常は見当たらない。
「この動画がどうしたんだ」
「ここだよ、ここ」
目元と顎のあたりを指し示す。
「だから、なんだよ」
カケルの問いかけに、ミコトはもったいぶったように息を止めてから、
「こいつ、顔加工してるんだよ!」
カケルとシュウはがくっと頭を下げた。
「お前、そんなのSNSだったら誰でもやってることだろうが」
「何言ってんのさ!これも立派なフェイク。オルビスとしてしっかり追求していかないと!」
「ははん、お前……」
息巻くミコトにシュウが、からかうように笑みを浮かべた。
「やきもちやいてんだろ?」
「は、はあ!?」
ミコトの声が1オクターブ高くなった。
「なんであたしがこいつにやきもち焼かないといけないの!」
「気にすんなって。ミコトだって捨てたもんじゃないぞ」
「その慰められる感じすごくむかつくんですけど!あたしはオルビスとして」
「はいはい、わかったわかった。とにかくメディホールディングスを調べないとな」
「ちゃんと聞けー!」
2人のやり取りに苦笑しながら、カケルは携帯の画面を見つめる。
楽し気にこちらに向かって語り掛けるきらり。
彼女はアイドル記者という形を通して、人々に何を伝えようとしているのか。
画面からでは、きらりの瞳の奥の光の色を推し量ることはできなかった。




