⑫
数日後のオルビスの事務所。カケルたちはささやかな祝勝会として、来客用のテーブルを囲んでいた。カケル、シュウ、ミコトと、吉川恵、その母親の愛子が座っている。
ミコトがわなわなと肩を震わせる。
「シュウ……これは、どういうこと」
「ん、何がだ?」
「これただのパック寿司じゃん!しかも見切り品の!」
ミコトはテーブルをだんと叩くと、パック詰めされた寿司が小さく浮いた。
「いや、何を言ってる。これも立派な『回らない寿司』だろ?」
「そんなの……ちがう。絶対に違う」
ミコトは魂が抜けたように椅子に座った。しばらく恨み言をつぶやいていたが、やがてパック寿司に手を伸ばし始めた。吉川めぐみの母である愛子も遠慮がちに、他のパック寿司を開、取り皿に醤油を出していった。吉川めぐみは紙コップに飲み物を注いでいく。
「それじゃあ、ささやかですが。皆さんお疲れ様でした」
揃った所で、シュウが音頭を取った。
オルビスの面々が寿司に箸を伸ばし、吉川親子も遠慮がちに続く。
「まあまあね」
ミコトが、微妙なコメントをして、シュウが苦笑いする。
その発言を最後に、沈黙が訪れる。
その理由をカケルはよく認識していた。
「それにしても、みんなが記事について何も覚えてないって不思議じゃない?」
カケルはうなずく。
気づいた時には、RMIの事務所にいた。川口が被害を訴えた記事の報道権をカケルが獲得し、アクトへ送った削除申請は無事、受理された。
だが、その前後の記憶。そして、今回の記事の顛末について、どんなやりとりがあったのかがはっきりと思い出せない。カケルだけではなく、当事者全員がそうなのだ。
「なあ、シュウ。これっていったいどういう事なんだ」
場の全員の視線がシュウに集まると、シュウは重々しく口を開いた。
「心当たりはある」
「本当か?」
「だが、それを言うには、俺の中でも情報が足りない。余計な情報をこの場でいうことはオルビスのリーダーとしてはしたくない」
カケルは追求したい気持ちをこらえる。
報道において、裏取りのできていない憶測は控えなければいけないのだ。
「現状は、俺たちのできることをやっていくしかない」
シュウがそう結論づけると、
「まあ、シュウがそういうんなら、そうするけどね」
「ああ、俺も同じ意見だ」
「でもな~」
ミコトは、テーブルの背もたれに寄りかかった。
「結局、覚えてないんじゃ、なんも意味ないじゃん」
カケルは心の中で、ミコトに同意する。
自分は確かに真実に辿り着いた。しかし、それがいつの間にか、どこかへ消え去っていた。残ったのは、言いようのない無力感と、虚無感だった。
不意に、扉がノックされた。
シュウが立ち上がり、ドアを開けた。来訪者と何かやり取りした後に、その人物を部屋に招き入れる。
「川口さん」
「みなさん、お久しぶりです」
川口が小さく会釈をした。祝勝会をするために、カケルが呼んでいたのだ。
「この度は本当に……ありがとうございました。それに新しい記事も」
川口が携帯の記事をこちらに向ける。見出しは、『生徒想いの教師。誤解を乗り越えて』だ。川口の人柄にフォーカスし、再起を促す内容だ。
「記事を読んだ中学校から、採用を前提に会ってみたいと連絡を頂きました。もう一度、教鞭を振るうことが出来そうです」
「そう……ですか」
深くお辞儀をした川口を見て、カケルは胸の奥が暖かくなるのを感じた。
自分が追い求めた結果は決してなくなってなかったのだ。
「せん……せい」
吉川めぐみの呼びかけに、川口の微笑みが引っ込んだ。
「私……いろんな人をだまして……御影に協力していました」
吉川の言葉を川口は黙って聞いている。その瞳には何の感情も感じられない。
「先生はいつも相談に乗ってくれて……だから、都合いいって御影に言われて……その通りにしました」
声音には嗚咽が混じっていた。
「その結果……取り返しのつかないことになりました……本当に……ごめんなさい」
それでも、瞳にためた涙がこぼれることはなかった。
場に緊張が張り詰める。
やがて、川口の口が動いた。
「妻は助からなかった」
吉川の肩が、まるで何かを突き立てられたかのように、びくりと跳ねた。
「娘も……もういない」
カケルが、たまらず割って入ろうとして――
「でも」
川口が吉川を抱きしめた。
「君を……助けることが出来た」
腕の中で、吉川が目を見開く。
「ごめんな……気づいてやれなくて……ごめんな」
吉川の見開かれた目から、とうとう涙があふれ出た。
「先生……ごめんなさい、ごめ……うあああああああん」
オルビスの事務所には、2人分の嗚咽が響く。
カケルは思った。
確かに、事実はどこかに消えてしまったのかもしれない。
それでも、2人はこうしてわかり合えた。
真実は、確かにここに残っていた。
2人が泣き止むまで、オルビスの3人はずっと見守り続けた。
炎上家~Frame Reposter~編は終了です。
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