⑪
空中に巨大なホログラムが投影され、そこにはシュウとめぐみと見知らぬ女性がいた。
シュウがぐっと親指を立てた。
『この人たちの報道権は俺がもらった』
ホログラム上に記事が写される。
『連載企画『人を見る』と表示されていた。
『人生に焦点をあてた新連載企画だ。記念すべき1回目は、吉川めぐみの母親、吉川愛子さんだ』
見出しには、『4人の娘を1人で育てるスーパーマザー』。女手一つで四姉妹を育て上げた母親の奮闘が書かれている。
『さっきまで取材していてな。ちょうど記事が書きあがった所だ』
『はいはい!記事はあたしが書きました!』
画面の下から、ミコトが勢いよく顔を出した。大きな瞳が大写しになる。
その姿に、御影が舌打ちをした。
「てめえ……こいつらの仲間だったのか」
『そうだよーん。あ、そうそう』
恨みが込められた言葉を受けて立つように、ミコトは御影を正面から見据えた。
『あんたのセクハラ記事。書いてやったから』
ホログラムに別の記事が映し出された。
見出しは『RMIの記者、御影レンジはセクハラが趣味だった!!!!!』
ミコトは、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
『あーあ。こんな記事が出ちゃったら、記事の依頼なんてされなくなっちゃうね。会社でも居場所がなくなっちゃう~』
「ふざけやがって……」
御影は画面の向こうのミコトに睨みつけたと思ったら、不意に笑いだした。
「は、はっはっは、はあ!」
『うえ、急に笑い出したよ。何、セクハラの禁断症状でもでた?』
「クソアマが!偉そうなこと言ってる割に、やってることは俺とおんなじだなあ!」
御影の言葉にミコトは一瞬ぽかんとしたあと、
「はあ?何いってんの?」
挑発するように画面に顔を近づける。
『だって、これは“真実”じゃない?」
「ぐ……くそがあ……っ」
ミコトの向こう側にいるシュウが、
『さあカケル!吉川めぐみたちのことは心配するな』
カケルはうなずき、立ち上がろうとして、
(ぐっ!)
全身を激痛が襲い掛かり、たまらず膝をつく。
その姿を御影が嘲笑した。
「は……はは!もう立ち上がることもできねえか。ここで俺を倒せないんじゃあ、これまでの努力は全部無駄になるなあ!」
「無駄……だと?」
「そうだ」
御影が炎の円刃を展開する。部屋のいたるところから、マグマのような炎柱が吹き上がる。
「あの教師の記事だけは、炎上のネタになり続けるのさ。あいつは、死ぬまで読者に消費され続けるんだよ!」
「ふざけるな!」
今回の事件のきっかけ。川口誠のフェイクニュース。
最初に川口が来た時のことを思い出す。
フェイクニュースによって職を追われた教師。その背後にあったのは、教え子である吉川だった。
どちらを信じるべきかわからなかった。
しかし、どちらを信じるという事ではなかった。
どちらも、信じなくてはいけなかったのだ。
家族を失った悲しみと、真実を伝えたいという想い。
そして、家族を守る心と、真実を受け入れ償いたいという想い。
2人には、確かに真実を追い求める意志があった。
真実を求める彼らの想いがカケルのスクープギアと共鳴する。
(俺は御影を倒す!)
大剣が激しく輝きだす。その光が、カケルに力を与える。
散々痛めつけられて、体はもう言う事を聞かない。
それでも、立ち上がる。立ち上がらずにはいられなかった。
剣を振りかぶり、カケルは御影に向かって駆けた。
「くたばれガキがああああ」
御影が両手の炎が爆ぜ、まるで炎の龍となってカケルに襲い掛かる。
「うおおおおおおおお!」
カケルは咆哮とともに光の大剣を振り下ろす。
炎と光が激しく衝突した。建物が崩れそうなほどの衝撃が部屋中を揺らした。
激しい熱が押し寄せる。喉と肺が焼け、意識を失いそうになった。
それでも決して、眼は閉じない。
フェイクニュースによって傷つけられた人々の表情が脳裏をよぎる。その先にある彼らの笑顔を思い描く。
カケルの大剣の光が増幅した。
「うおおおおおおおおお!」
光が炎の龍を飲み込んだ。
まるで世界がなくなってしまったように、部屋全てをかき消した。
やがて、視界が戻ってくる。
眼前には、炎を失い倒れ伏した御影がいた。
『接続終了。当該記事の報道権は移行しました』
アクトによる電子音声が鳴りひびく。
それを確認して、画面の向こうのシュウが行った。
『やったな。カケル』
『ああ』
カケルは、噛みしめるように頷く。
真実で人を救う。それを達成できた。
決して1人ではたどり着けなかった。
ミコトとシュウ。オルビスを訪ねてきてくれた川口。
そして。
『早瀬さん』
画面の向こうにいる吉川めぐみはまっすぐカケルを見据えて、ゆっくりと頭を下げた。
『ありがとうございます……そして、ごめんなさい』
「え?」
(俺、なんかされたっけ?)
突然謝られて、カケルは面食らう。
『その……色々、ひどいこといっちゃって』
平伏しながら、吉川が続けた。
「あたしの投稿ちゃんと見ろとか、記者なんだったらそれくらいしろとか……かまってちゃんだし、何様だって感じですよね。っていうか、そもそも年上の人にため口なんて……」
「ああ」
思い上がり、カケルは小さく笑う。
「確かに、あれは結構聞いたよ。実際、そうだったから」
『うう』
吉川がくぐもった声を上げた。
シュウたちの励ましがなければ、今も1人で腐っていたかもしれない。
だが、今となっては些細なことだ。
「でもさ、1つだけ違うっていえることがあった」
吉川が顔を上げた。視線が正面からぶつかった。
「記者は人々を守るものだってこと。それを、君に伝えられることが出来て本当に嬉しい」
「……はいっ」
吉川が笑う。
カケルが呆けた顔で見ていると、吉川の顔が心配げになった。
「あの、また私なにか……」
「いや、笑った顔、初めて見たなって」
はっとしたように目を見開き、照れ臭そうに顔をそむけた。
「もう、恥ずかしいからやめてよ」
(もう口調もどってるし)
だが、それがなんだか彼女らしい気がした。
『さて、いい感じになったことだし、事務所帰って祝勝会と行くか!カケル、お前の好きなもんなんでも頼んでいいぞ』
(なに!?)
カケルは勢いよく立ち上がる。
「なんでも、いいんだな?」
『ああ!部下が立派な仕事をしたんだ。オルビスのリーダーに二言はない!』
『ええ、なにそれずるい!あたしだって記事書いたんですけど!』
「は、はあ?」
息巻くミコトに、シュウが顔をこわばらせた
『お、お前はスターフロントのドリンクおごりってのがあるだろ』
『それとこれとは話が別!』
『お、お前なあ……』
シュウがまるで胃腸炎を耐えているような表情で、
『じゃあ、2人とも食べたいモノ言え。その中間のもので手を打つ』
『なにそれ、ぜんぜん意味わかんない!』
『うるさい。せーので言えよ?』
カケルとミコトが画面越しに視線を交わした。
『せーのっ……』
『「回らない寿司」』
『……お前らなんでこういう時だけ息があうんだよ……』
シュウは助けを求めるように、吉川めぐみを見る。
『ひどいと思わない?こいつら』
シュウの問いに、吉川はいたずらを仕掛けるように笑って、
『……オルビスの所長に、二言はないんですよね』
『めぐみちゃん、ナイス!』
和やかな空気が流れる。
(祝勝会には川口も呼ぼう)
自然と笑みがこぼれる。
取材を通して、築いた絆がそこにあった。
「……待ちやがれ」
怨嗟に満ちた声音に、空気が凍った。
「てめえら、俺をこけにしたまま終われると思うんじゃねえぞ」
御影が幽鬼のように立ち上がると、ホログラム上に記事が現れた。
『主婦が金銭と引き換えに、娘2人に売春を強要 姉妹にも非行歴』
「くそがきが……!俺を裏切りやがって。金に釣られて俺に協力してたくせにいい子ぶってんじゃねえぞ!」
御影が吉川を睨みつけた。御影の憎悪からかばうように、シュウとミコトが吉川の前に立った。
「てめえが幸せになるのだけは絶対に許さねえ。報道権?そんなの関係あるか!てめえを地獄に落としてやる!」
尋常じゃない様子に、カケルの口から言葉がこぼれた。
「お前はどうして」
「ああ?」
「そうやって、フェイクニュースで人を傷つけて、何がしたいんだ」
カケルの問いに、御影は嘲るように鼻を鳴らした。
「そんなの、楽しいからに決まってんだろうが!」
声音は狂気に満ちていた。
「俺が書いた記事が、他人の人生を支配する愉悦。これがやめられなくて、俺は記者をやってんだ!」
興奮しながら、自分の記事に視線を移す。投稿のボタンが点滅している。
「てめえは一生、炎上の炎に閉じ込めてやるよ」
『カケル、そいつを止めろ!』
シュウが叫んだ。
「もうおせえ!じゃあなくそがき!」
捨て台詞を吐いて、御影が投稿ボタンを押した。
「ははは!あーはっははっははははは!」
御影の悪辣な笑い声だけが部屋中に響いた。
「記事は発信された!担任教師の家族を殺した、最悪の学生の記事!さあ、燃え上がれ!悪意を燃料に、炎上を巻き起こせええええ――」
『報道規程違反を確認』
その場にいる全員が凍り付いた。カケルが混乱していると、
「な、なんだてめえは!こっちくんじゃねえ!」
御影が声を上げた。
その視線は何もない空間に向けられていた。
「上等じゃねえか!ぶち殺してやるよ!」
御影がスクープギアを展開する両掌を開いた。しかし、いつまで経っても炎の円刃は現れない。
「な、なんだ。どうなってやがる」
理解不能な状態に、御影が焦燥を募らせる。
「ぎゃ!」
唐突に、御影がくぐもった悲鳴を上げた。
見ると、胸元の辺りを大きな袈裟懸けの傷が出ていた。
その傷口からは、なぜか血が溢れておらず、内部の構造が丸見えになっている。
まるで、肉体が一瞬で消失してしまったように。
たまらず、御影は尻もちをついた。
「やめろ、くるな、くるんじゃねえ」
座ったまま不格好に後ずさり、やがて壁に追い詰められた。
身を縮こまらせるその姿には、さきほどまでの傲慢さは微塵もなかった。
御影は徐々に近づく来る何かを見ているようだった。
「ぎゃあああああああっ――」
叫び声が唐突に途切れる。御影の頭ががくりと下がり、全身から一気に力が抜けた。御影の心臓の部分には、大きな穴が開いていた。
『執行完了。この世の中に、秩序ある報道を』
電子音声が鳴り響く。そして、御影の体が徐々に、風に吹かれる砂のように消えていく。
(一体、何が起こってるんだ)
カケルは、目の前の出来事をただ見守ることしか出来なかった。
(つっ!)
不意に、カケルの頭に痛みが走った。脳の奥底に何かが干渉しているような不快感。
(この感覚……どこかで)
小さな虫が脳を這いまわっているような不快感をかみ殺して、カケルは顔を上げる。
目の前には、何か人のようなものが形を崩していくのが見える。
(これは何だ?)
謎の物体が消えて、ようやく頭の痛みが治まった。
辺りを見回すと、そこは広い部屋のような空間だった。家具はなく、なぜかそこかしこに黒いすすのようなものがこべりついている。
まるで、何かが激しく燃えたような。
(ここは一体……それに、俺はここで何を)
思い出そうとして、それが出来ない。頭の中から、何かが抜け落ちたような感覚だ。
しばらく思案するも、結局答えは出なかった。
(とにかく、オルビスに戻ろう)
首をかしげながら、カケルはその部屋を辞去した。
何か大切なことを忘れたような気がした。
早瀬カケル スクープギア「真実の言ノ刃(The pen is mighter than the sword」 武器形態:大剣 種類:強化系
光の大剣による攻撃。カケルの「真実を信じる想い」が強いほど、威力があがる。




