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第四十八話 宴前


誕生日会の会場である洋館に、下見のため一人足を運ぶ。


「……?」


そこに佇んでいたのは――。


「九頭見様……?」


その声に驚いたように、九頭見が振り向く。


「……ゆのか。どうした?」

「誕生日会の下見に来ました」

「そうか……」


いつもに比べて、元気のなさそうな表情――。


「どうかされたのですか?」

「いや……」


いつもならすぐに何か返ってくるのに、その視線は洋館の窓へと向けられたままだ。


「――当日お伝えする機会はなさそうですので、今よろしいですか?」

「?」

「お誕生日おめでとうございます。一週間早いですが……」

「!!」


九頭見が一瞬驚いた後、いつもの顔に戻る。


「告白でもされるのかと思ったのに、肩透かしを喰らったな」

「へっ?」

「婚約者候補に名乗りでもあげるかのような口ぶりだったからな」

「ちっ、違います!」

「違うのか、残念だ」


いつもの九頭見様だ。


(良かった……)


「準備はどうだ?」

「はい、出来るだけのことは」

「そうか」

「九頭見様は?」

「――所詮、品定めの日だ」

「え……?」


(今、何て……)


見ればまた先程の表情に戻りかけている。


「……あ!」

「どうした?」


良いことを思いつく。

帯をごぞごそと探る。


「これ――」


取り出したのはコッコのぬいぐるみ。

それを見た九頭見様が、思い出したように大声で笑い出す。


「あはははは。さすがだ、ゆの」



“宴席ではあれほど堂々としていたのに、このような物を持ち歩くのだな”

“うっ……”

“御守りのようなものか?”

“そ、そうです……”

“ならば御利益がありそうだな”

“そ、それは……”

“次、私も大きな席ではこれを借りるとしようか”

“ええっ!?”



あの時の会話――。


「覚えていてくださったのですね」

「当然だ。あまりに印象的だったからな」

「う……」


それでもコッコを見て笑顔になってくれて良かった――そう思って帯にしまおうとした瞬間、九頭見様がコッコを掠めるように手にする。


「えっ……?」

「貸してくれるのだろう?」

「いや、冗談のつもりで――」

「私は本気だ」

「ええっ!?」


そう言って袖口に忍ばせる。


「最強の御守りだ。誕生日会が終わるまで貸してくれるか?」

「あ……」


開いた口が塞がらない、というのはこういうことだろう。

でも、九頭見様の目は冗談ではなく本気だ。


「……あまり綺麗じゃないですが」

「縁起物は年季が入ったものほど価値がある」

「!!」

「じゃあな」


九頭見様が足取り軽く洋館を去っていく。

私は呆気に取られたまま、ただただ後ろ姿を見送るしかなかった。



◇ ◇ ◇



「各務司長、失礼いたします」


入ってきたのは藪内だ。


「過去の記録が散逸しておりましたが、ようやく裏付けが取れました」


各務は静かに筆を置き、藪内を見上げた。


「どうだった?」

「五名のうち一名が該当いたしました」

「……そうか」


(やはりいたのか……)


「この者になります」


差し出された紙には、一人の若い女の情報が記載されていた。


「……この者の家族は?」

「身内は母一人だけのようです」

「その者とは会えたのか?」

「まだです。ただ、その者は現在九頭見家で働いております」

「九頭見家で!?」

「はい」

「名は――」



◇ ◇ ◇



遂に九頭見様の誕生日会当日を迎えた。

早朝からケーキ作りに追われている。


会が始まるのは正午。


「千歳、これ混ぜてくれる?」

「はい!」


その傍らで、フルーツのカットやケーキの飾りつけなどを並行して行う。

何せホールケーキだけで九個も作らなくてはならない。


現代のような大きな業務用冷蔵庫があるわけでもなく、当日作るしかない。

時間との戦いだ。


「次はそっちをやりましょうか?」

「ありがとう!」


一緒にケーキを作るのは何度目だろう?

千歳とはどんどん阿吽(あうん)の呼吸になってきた。


川幡副料理長のアドバイス通り、銀盆と台座を先に運び、出来上がったケーキはギリギリまで冷やす。


用意してもらった台車に銀盆や台座、食器類を乗せ、千歳と共に慎重に運ぶ。


「わぁ……」


洋館は既に花々で美しく飾られ、丸いテーブルにテーブルクロスがかけられていた。

思わず見惚れてしまうほど華やかな空間だ。


大勢の人が行き交い準備に追われている。


料理の方も着々と準備が進んでいるようだ。

次々と長机に大皿が並べられている。


祝宴を前に、高揚感が屋敷中を静かに満たしていた。



◇ ◇ ◇



最後のケーキを静かに台座に置く。


「……できた! やった、間に合った……」


銀盆に聳(そび)える九種類のケーキ。

千歳と顔を見合わせ、安堵の息をつく。


その時だった。

背後からざわざわと声がする。


振り返ると、いつの間にかそこには人だかりができていた。

九頭見邸で働く使用人達だ。


「すごいな、あれ」

「わ、すごい……」

「何だ、あんなの見たことないぞ」


そこへ川幡副料理長がやってきて、野次馬を大声で制す。


「皆、持ち場に戻れ! まもなく受付が始まるぞ!」


その声に一同が急いで持ち場へと戻っていく。


ちょうどその瞬間――。


洋館の外から鐘の音が響く。

開門の合図だ。


「お客様が入られます!」


その言葉に、会場の空気が一変する。


ついに九頭見様の誕生日会が幕を開けた――。


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