第四十三話 九種類のケーキ
三百名程の治安司に聞き取りを終えた頃には、机の上に百枚近い記録が積み上がっていた。
一枚一枚に目を通していると、扉が叩かれる。
「失礼いたします」
「ああ」
入ってきたのは藪内だった。
いつもの“ご多忙のところ大変恐縮ではございますが――”という、あの慇懃無礼な台詞が今日は放たれない。
なぜなら、自分が藪内を呼んだからだ。
「そなたに手伝ってもらいたいことがある」
その第一声に驚きながらも、藪内が頷く。
「何なりと」
「聞き取った内容を整理したい」
藪内がちらっと机の上の紙の山に目を向ける。
「承知いたしました」
◇ ◇ ◇
気付けば、夜はすっかり更けていた。
「――今日はここまでにしよう。遅くまで助かった」
そう言って、各務がまとめた紙を揃える。
「もしや抜け駆けですか?」
「!!」
そこには口元に笑みを浮かべた藪内。
各務の唇も自然と弧を描く。
「まさか。長期戦に無理は禁物だ。明日また続きを頼む」
「承知いたしました」
藪内が去り、書類を片付けながら、ふと白い湯呑みが目に入る。
「……」
(九頭見様に促されて以来、会っていないな……明日、九頭見邸に寄った帰りに会いに行くか)
◇ ◇ ◇
誕生日会で出すイメージをスケッチにしてみる。
真夏の九頭見様の誕生日に合わせて、テーマは“海”だ。
「ゆの様は、絵がお上手ですね」
「ありがとう」
銀盆に海を思わせる水色と白色のゼリーを敷き詰め、その上に九種類のケーキを並べる。
“九”にしたのは、もちろん九頭見様の名字「九」からだ。
「九種類も作られるなんて……すごく大変ですね」
「うん、頑張らないと。千歳もよろしくね」
「もちろんです!」
早速、試作に取りかかる。
でも、一番の問題はケーキを乗せる台座だ。
先程、前任者の川幡副料理長に相談すると、高坏を提案してくれた。
ところが実際に見せてもらった高坏は、どれも饅頭や果物を盛るための小さめのものだった。
ホールケーキを乗せられる程の大きさはない。
色も朱塗りや黒塗り。
高さも均一。
九種類のケーキを立体的に並べるには物足りない。
丁重に礼を述べて遠慮したものの、ケーキスタンドの代わりになるものが他に思い浮かばない。
(各務様なら……陶器職人である各務様なら、何か知恵を貸してくださるかもしれない)
――とりあえず、今はまず試作だ。
何せ作るケーキは全部で九種類。
「……じゃあ、千歳。これ混ぜてくれる?」
「はい」
まずはゼリー作り。
ゼラチンを溶かし、瑠璃花という青い花から絞ったエキスと混ぜ合わせる。
二層にするため、今度は牛乳と水、砂糖も混ぜ合わせる。
型に入れて土台の白い方をまず冷やして固めていく。
並行してケーキ作りも行う。
今朝届けられたばかりの果物を順に切り分けていく。
ムースケーキ、レアチーズケーキ、メロンのタルトなど、涼やかさを感じさせる果物をふんだんに使ったケーキ。
(瑞果時代に果物が豊富にあって、本当に良かった……)
千歳に手伝ってもらいながら、ケーキが一個、二個と出来上がっていく。
「綺麗ですね」
千歳がうっとりとケーキを見つめる。
桃を美しく並べたヨーグルトムースケーキ。
レモンを花弁のように見立てたレアチーズケーキ。
「食べるのが勿体ない位、美しいです」
「ありがとう」
(あ……)
その時、廊下の向こうから足音が聞こえる――聞き覚えのある足音だ。
足音が近づく程に鼓動が高鳴る。
(もしかして……)
開いた扉の向こうにいたのは、やはり各務様だった。
「……ゆの」
「各務様」
台所に足を踏み入れた途端、各務が目にしたのは鮮やかな二種類のケーキ。
「これはもしかして、九頭見様の――」
「はい。今、試作していました」
「すごいな……」
華やかで涼やかさも感じるケーキ。
これまで見てきたケーキともまた違う。
「今焼いている最中のものや、冷やしている最中のものもありますが、九頭見様のお名前に合わせて九種類のケーキを作ろうかと」
「なるほどな」
思いがけない発想に感心する。
「あの……各務様に一つ相談があるのですが……宜しいですか?」
「相談?」
「はい。良かったらケーキを召し上がりながら、聞いていただけますか?」
「ああ、もちろんだ」
九頭見様への報告も終わり、今日は戻るだけだ。
前回のように急いではいない。
「ではお持ちしますので、隣の客間でお待ちください」
「ああ」
少しして、ケーキとお茶を持って湯呑が現れる。
「お待たせいたしました」
差し出された皿には、先程目にしたケーキ二種類が並んでいる。
「まるで芸術品だな……」
各務が感嘆の声を漏らす。
「ありがとうございます。どうぞお召し上がりください」
「ああ、いただく」
各務が最初に選んだのは、桃のヨーグルトムースケーキ。
「……美味い。初めて食べる味と食感だ」
あまりの美味しさに頬が緩む。
「良かったです」
湯呑がほっとした表情を見せる。
「――で、相談というのは?」
「こちらをご覧いただけますか?」
そこには、九頭見様の誕生日会向けのケーキの絵が描かれている。
「この銀盆に海に見立てたゼリーを敷き詰め、その上に高さを変えた台座にケーキを並べたいのですが、台座になるようなものがなくて……何か知恵を貸してもらえないでしょうか」
「ケーキを乗せる台座か……」
「はい。ケーキと同じく九個必要で……ご覧の通り、滑りやすいケーキもあり、安定感も必要ですが、と言ってあまりに台座が目立ってしまうと、銀盆に置ききれなくなる可能性があります」
「なるほどな……どのような形のものを想定しているんだ?」
「そうですね――」
そう言いながら、湯呑が紙にその形を描く。
「このような感じです。このように並べたいので、全て少しずつ高さを変えたいのですが」
「なるほど。色は白で良いか?」
「はい」
「その話引き受ける」
「えっ?」
「作ってみる」
「各務様が!?」
「ああ。このような形の陶器は作ったことないが、一度作ってみよう」
「え……あ、ありがとうございます!」
まさか各務自身が作ってくれるとは思っていなかった湯呑の顔が、ぱっと輝く。
「……」
障子を隔てた向こう――千歳は、じっと耳を澄ませていた。




