第四十二話 主役
九頭見邸全体がそわそわしているのが分かる。
いよいよ九頭見様の誕生日会が近づいているからだ。
開催される場所は、九頭見邸内にある唯一の洋館。
着席スタイルでなく、現代の立食パーティーのような形式で、大皿に盛られた料理やデザートを好きに取るらしい。
(進んでるな……)
そしてその誕生日会には、九頭見様の婚約者候補と言われる女性が一堂に会する。
その中で最有力と言われているのが、都様。
「今度の誕生日会で九頭見様の御結婚相手が決まるかもしれませんね」
「……九頭見様は、どなたか好きな方はいないの?」
千歳と話しながら、脳裏には都様の顔が浮かぶ。
「女性に人気なのは間違いございませんが、あのようなご性格ですので、どなたにも本心が分からないのですよ」
「……」
――分かる気がする。
いつも飄々としていて、どれが本心なのか分からない。
でもあの日……私にとって九頭見邸での初宴席が終わった後、二人が部屋で寄り添っていた姿を思い出す。
「やっぱり都様が一番なのかな」
「どうでしょうね……。きっと今頃、書斎の窓辺に腰かけていらっしゃる頃ではないでしょうか。何かに悩まれている時は、いつもそうされていましたから」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「……以前、そのようなお姿を拝見したことがございまして」
「そうなんだ」
都様が九頭見様をお好きなのは間違いないだろう。
側で見ていて分かる。
九頭見様もきっと――。
(今度の誕生日会で決まると良いな……)
大きな銀盆を箱から取り出す。
「随分大きいですね」
「うん。この銀盆いっぱいにお菓子を作るように言われていて」
「これを全てお菓子で埋めるなんて、大変そうですね」
「うん」
――でも、こういうのを見ると腕が鳴る。
「誕生日会は毎年あるんだよね? いつもどんなお菓子が出ていたか知ってる?」
「そうですね……例年は団子や饅頭、あとは果物の盛り合わせですね」
「そっか」
「今年はどのようなお菓子が並ぶのかと、屋敷内はもっぱらの噂ですよ。ゆの様のお菓子は唯一無二ですから」
「そんな……」
九頭見様の誕生日会だ。
もしかしたら、将来の結婚相手が決まる場になるかもしれない。
(喜んでもらえるものにしないと……)
頭の中には構想が次々と浮かぶ。
(段差のある台にホールケーキを飾って、小さなカップにゼリーやプリンを入れて、銀盆にはフルーツを敷き詰めて……いや、それともプチケーキをたくさん作っても面白いかも……)
あれこれと思い描いているうちに、気付けば時間を忘れていた。
◇ ◇ ◇
書斎の窓辺に腰かけていた九頭見は、小さく息を吐いた。
先程、側近から渡された誕生日会の招待客名簿。
そこにはご丁寧に、婚約者候補の女性の名前に線が引かれている。
「……」
九頭見家に生まれた以上、避けられない定めであることは承知している。
皆が楽しみにしている。
皆が期待している。
皆が待ち望んでいる。
それに応えるために自分は存在している。
――いつの頃からだろう。
誕生日会で純粋に誕生日を祝ってくれる人がいないことに気付いたのは。
九頭見家。
婚約。
権力。
皆が見ているのは、ただその先にあるものだけ――。
「……」
名簿を机に置くと、窓枠に座ったまま庭を眺める。
視線の先では、庭師が木を剪定していた。
使用人達も忙しく行き交い、誕生日会の準備は着々と進んでいる。
――その中心にいるはずの自分だけが、蚊帳の外にいる気分だった。
「失礼いたします。九頭見様、お茶をお持ちいたしました」
障子の外から控えめな声がする。
室内に入ってきたのは世話役の八重だった。
お茶を机に置きながら、八重は側に置かれた招待客名簿に気付く。
「名簿、ご覧になられていたのですね。素敵な会になると良いですね」
「……」
九頭見は何も答えない。
「……しっ、失礼しました!」
八重は慌てて部屋を出ようとする。
「謝るべきは何も答えなかった私の方だ。そなたが謝ることではない」
障子に手をかけた八重に、背中から言葉がかけられる。
「いえ、本当に出過ぎた真似を。申し訳ございません……やはり千歳様のようにはまいりませんね」
「そなたはそなただ。千歳になる必要はない」
「あ、ありがとうございます!」
八重は深く一礼すると、音もなく障子を閉めた。
部屋に静寂が戻る。
九頭見は再び窓の外へ視線を向けた。




