第四十話 中断
「九頭見様、料理方の責任者に面会したいのですが」
九頭見邸での定例の報告会を終えたところで、各務が九頭見様に切り出す。
「料理方……? ゆのではなく、か?」
「はい」
「何用だ?」
「少し尋ねたいことがありまして」
「構わないが……それより宗真。そなた全然ゆのに会わないではないか。週に一度こうして九頭見邸に来ているというのに」
「……ゆのも忙しいかと思いまして」
しばらく各務の顔を見つめた九頭見が、意味ありげに笑う。
「宗真、そなた女心が分かっていないのではないか?」
そう言われ、思わずたじろいでしまう。
「時間の長さなど関係ない。顔を見るだけでも嬉しいはずだ……互いにな」
「!!」
「そうだな、ゆのに会うならば、料理方にも会わせることにしよう」
「く、九頭見様!」
愉快気に九頭見様が笑う。
「どうだ?」
そう言われては、断る理由もない。
「先にゆのに会ってまいれ。その間に田野上をここに呼んでおく」
「……ありがとうございます」
深々とお辞儀をして去った各務を、九頭見は面白そうに笑って見送った。
***
千歳に案内され、台所にいるというゆのの元に向かう。
廊下から、懐かしい甘い香りが漂ってくる。
未だに“湯呑”でなく、“ゆの”と呼ぶことに慣れていない。
「……ゆの」
「各務様!?」
突然台所に現れた自分に、ゆのは驚きの表情を隠せない。
「仕事で九頭見邸に来ていた。元気にやっているか?」
「はい!」
声も明るく、元気そうだ。
「ならば良かった。ケーキを作っているのか?」
「はい、今冷やしているところです。まだ冷めきっていないですが、お時間あるようでしたらケーキを――」
「ありがたいが、この後、人に会う約束がある」
「そうなんですね……」
ゆのが少しだけ残念そうに目を伏せた。
「あと、あの……」
ゆのが、周囲を警戒するように視線を配る。
「……皿の件か?」
ゆのの耳元で小さく尋ねる。
「はい」
「まだ見えてきていない。だが、持ってきてくれて本当に助かった」
その言葉にゆのが小さく頭を下げる。
「では、そろそろ行く。元気そうで良かった」
「はい、各務様も」
会っていた時間は、僅か数分。
“忙しいかも知れないが、顔を見るだけでも嬉しいはずだ……互いにな”
(――あの言葉は本当、だな……)
***
部屋に戻ると、そこには二人の男が頭を下げていた。
てっきり料理長だけだと思っていたが、二人が顔を上げ、もう一人が川幡副料理長であることに気付く。
「お忙しいところ申し訳ない。手短に済ませる」
「はっ」
二人の前に腰を下ろす。
「料理方は、いつも食材はどこで購入をされている?」
「食材の購入場所、ですか?」
治安司長からの思いがけない問いに、二人が明らかに困惑の表情を見せる。
田野上が前に進み出て答える。
「……九頭見家と提携している店や農家から直接買い付けております」
「そうか……では、調理器具や食器は?」
「調理器具や食器も同様です。しょっちゅう買い足すわけではございませんが、購入の際は九頭見家御用達の商人より買い付けております」
「代々使用しているところからしか購入しないということか?」
「はい」
「私的に購入したものを使用するといったことは?」
二人が顔を見合わせる。
「そのようなことはございません」
「では、購入の流れは?」
「それは――」
「各務様」
話し始めようとした田野上を、川幡の言葉が遮る。
「どうした?」
「……その問いはどのような意図ですか? 料理方にも守秘義務がございます。治安司長として正式な捜査のためというのでしたら、正式な書面をもって、正式な手続きをお踏みください」
「おい、川幡!」
田野上の制止を振り切り、川幡が続ける。
「失礼は承知で申し上げております。しかし、私は間違えたことを言ったとは思っておりません」
それだけ言うと、川幡は立ち上がり部屋を出て行く。
「……」
「各務様、申し訳ございません」
田野上が頭を下げる。
「……いや、こちらこそ申し訳なかった。気を悪くしないでくれ」
「他にもご質問がございましたら、私がお答えいたしますが――」
「いや、構わぬ。こちらこそ、突然妙なことを尋ねて申し訳なかった」
立ち上がり、今度は自分が部屋を後にする。
廊下を曲がった先に、川幡の後ろ姿が小さく見えた。




