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第三十九話 友情


「……わぁ……!」


窯から取り出されたばかりのパウンドケーキを見て、都様が目を輝かせる。


こんがりと焼き色のついた表面。

ふわりと漂う甘い香り。


「本当にできた……」


ケーキを前に言葉を失う都様。


「まだ熱いので少し冷ましましょう。その間に隣に添えるホイップクリームを作りましょう」

「ホイップ、クリーム……?」

「はい、そのままでももちろん美味しいですが、これを付けるとまた絶品です」

「ぜひ教えてください」


そして、ホイップクリームが完成する。

粗熱が取れたパウンドケーキをカットし、ホイップクリームを添えたものを都様の前にお出しする。


「都様が初めて作られたものです。九頭見様にお出しする前に、一度召し上がってみてください」

「はい!」


緊張の面持ちで、都様がケーキを口にする。


「美味しい……すごく」


噛みしめるように都様が呟く。


「次はホイップクリームを付けて召し上がってみてください」

「はい」


皿の隅に添えたクリームを付けて口に運ぶ。


「わ……すごい……美味しいです!」


大きな瞳が輝く。


「これなら九頭見様にも喜んでいただけますね」

「本当にゆの様のおかげです。ありがとうございます」

「……」


さっきからずっと気になっていたことを伝える。


「都様、丁寧語で話さないでください」

「でも……ゆの様も私に丁寧語でお話されるので」

「都様は芳川様の娘です」

「でも、ゆの様も九頭見邸の専属の菓子職人なんですよね。その若さで。尊敬してしまいます。それに……この前の宴席も……私は何もできなくて……」

「……」


あの外交宴席の事を言っているのだろう。

そんな都様の耳元に口を近づけ、自分の年齢を伝える。


「……えっ! 私、同じ年です!」

「本当ですか!?」


近い年齢だとは思っていた。が、まさかの同じ年齢とは――。

一気に親近感が湧く。


「なので、都様、私にはフランク……丁寧語でなくて大丈夫です」

「じゃあ、ゆの様も私に丁寧語を使わないでください」

「それは――」


都様の瞳がこちらを見上げる。


「私、芳川の娘という理由で、友達がいないんです」

「え……?」

「私は生まれた時からずっと“都様”でしたから」

「……」

「皆、私に芳川の娘として接してくれます。それが悪いわけではないんです。ただ――」


都様が一度俯く。


「ただ、時々……誰にも私自身を見てもらえていない気がするんです」

「そんな……」


そこまで言って口を噤む。

“そんなことない!”なんて言えるはずがない。


だってそれは――ずっと都様が生まれた時から感じてきた重み。

都様にしか分からない痛み。


「ゆの」

「!」

「友達になってくれる……?」

「!!」


焼いたばかりのケーキの匂いが立ち込めるキッチンで、都様がはにかみながら、そう言った。



***



千歳を通じて、都様を九頭見様の元にお連れする。

自分が行けば二人きりの時間が減ってしまう、そう思ったからだ。


(都様、上手くやってるかな……)


廊下から庭で遊ぶコッコの姿を見つめる。

九頭見様を見つめる都様の熱い視線を思い出す。


(婚約者候補の最有力者……ってことは他にもライバルがいるのかな)


九頭見様の結婚相手となれば、それ相応の身分、あとは教養や美貌も必要だろう。


(都様ならきっと……)



“ゆの”

“!”

“……私と、友達になってくれる?”

“!!”


大人になって、そんなことを言われたのは初めてだ。


“もちろん”


思わず手を差し出す。

都様が戸惑いながら、その手を握り返してくれる。


細くて冷たい手。


“他の方がいる時はこれまで通りにする。でも、二人きりの時は……都、って呼ぶね“

“うん!”



(お姫様の気持ちなんて考えたこともなかったけど……そんな悩みがあるんだな……)


確かに近寄りがたい。

気軽に話せる相手ではない。

つい(かしこ)まってしまう。


でも本当の都様は、一生懸命で、美しくて、すごく純粋だ――。



***



芳川邸――。


娘が戻ってきたと聞き、芳川は自ら門まで足を運ぶ。


「都、どうだった?」

「ゆの様に良くしていただき、作ったお菓子を九頭見様に召し上がっていただきました」

「続きは中で聞こう」

「はい」


そのまま自身の居室に招き、娘に茶を振舞う。


「で、九頭見様のご感想は?」

「大変喜んでいただきました」

「そうか、それは良かった」

「また九頭見邸に伺ってもよろしいですか?」

「ああ、もちろん構わない。九頭見様にお会いできる機会が増えるなんて願ったり叶ったりだろう」

「九頭見様にお会いしたい気持ちもありますが、私、お菓子作りが楽しくて」


芳川は驚いて娘を見つめる。

これまで包丁さえ握ったことのない娘だ。


「無理に料理などせずとも良い。火傷でもしたらどうする? 刃物も扱うのだろう」

「大丈夫ですわ。その辺りはゆの様にもご配慮いただいておりますし」


娘の言葉に芳川が溜め息をつく。


「都。そなた、九頭見様のことをどう思っている?」

「え?」

「九頭見様の誕生日会も控えている。表向きには誕生日会だが、実際は御婚約の相手を見極める場であることは都も分かっているはずだ。他の候補者達は、その日の為に既に準備を始めていると聞いたが」

「……私は……」


そこまで言って、都は言い淀んだ。


「何もせずとも九頭見様に選んでもらえる程甘くはない。皆、九頭見様の妻の座を得る為に必死だ。都がもし九頭見家に嫁ぐとなれば、芳川家にとっても初の名誉。家を背負っていることを忘れるな」

「……はい、父上」


都が静かに部屋を後にする。

襖が閉まる音を聞き届けると、芳川はふっと息を吐いた。


妻を失ってから、一人娘を手塩にかけて育ててきた。

元々後ろ盾のない家。

遠回りしながらも今の地位を築き上げた。


(望むことは――)


芳川の視線は、暗くなり始めた庭へと向けられていた。


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