第三十六話 芳川邸 ー上ー
※ 7/1より、毎週水曜日0:20更新予定です
「ゆの様、九頭見様がお呼びです」
「えっ……はい」
(昨日に引き続きどうしたんだろう……?)
思い当たる節はないが、とりあえず九頭見様の元に急ぐ。
「失礼いたします」
九頭見様のお付きの方に通され、九頭見様に面会する。
「お待たせいたしました」
「忙しいところ悪いな」
「いえ、とんでもないです」
「……芳川家からそなたを招待したいとの依頼があった」
「えっ、芳川家……?」
思わず声が出てしまう。
(どうして芳川家が私を……?)
「……どのようなご用件ですか?」
「ゆのが作った菓子が忘れられないゆえ、また食べたいと都様からのご要望だ。もちろん芳川殿も楽しみにしている」
「え……?」
(都様が……?)
意外な言葉だ。
でも断る理由もないし、断れるはずもないだろう。
「承知いたしました」
***
後日、芳川家の従者を通じ、日程の調整と都様や芳川様の好みを聞く。
芳川家にはもちろん自分が使いこなせるような窯はない。
ゆえに、事前に作ったものを持参する形となった。
(何を作ろうかな……)
旬の果物をふんだんに使ったケーキをリクエストされている。
(持参する時に崩れにくいものがいいよね……あっ、フレジェにしようかな)
“フランス版ショートケーキ”と言われているフレジェ。
表面はジュレでコーティングして、スポンジの間に苺やクリームを挟むケーキだ。
(それよりも、芳川家なんて緊張するな……)
招かれたのは私一人。
芳川様と都様に会ったことはあるとはいえ、そう大して話したわけでもない。
そこに千歳がやってくる。
「ゆの様、芳川家にお持ちするものは決まりましたか?」
「うん」
「……緊張されていますか?」
「うん」
千歳の前では正直に頷ける。
「でも私も一緒に参りますのでご安心ください」
「えっ、千歳も!?」
「はい。九頭見様にも許可をいただきました」
その言葉を聞いて安心する。
「良かった……」
「お一人ですと心細いですよね。初めて行く場所ですし」
「うん、本当良かった……」
それは心の底からの言葉だった。
***
そして、芳川邸へ出かける日――。
九頭見家の立派な駕籠に揺られ、千歳と共に九頭見家を後にする。
身に纏っているのは、先日九頭見様から贈られた淡い水色の着物。
傍らに置いた冷蔵庫代わりの金属の箱にはフレジェが入っている。
「千歳は芳川邸には行ったことあるの?」
「……いえ、初めてです」
「そっか、どんなお屋敷なんだろう」
「とても大きく立派だと聞いたことがございます」
芳川様は九頭見様に次ぐ地位にある方だと聞いた。
駕籠に揺られながら、緊張感が増していく。
(お二人とも気に入ってくれるかな……)
***
やがて駕籠が止まった。
御簾が上げられ、外に出ると目の前には木々に囲まれた大きな屋敷。
門からして、圧倒される大きさだ。
「ゆの様、よくぞお越しくださいました」
恭しく頭を下げられ、中へ通される。
チラッと振り返る。
すると、少し下がったところに千歳の姿――。
駕籠の中で千歳に言われたことを思い出す。
“客として招かれているのはゆの様だけにございます。私は離れたところにおりますが、ちゃんと見守っていますのでご安心ください”
「――では、こちらでお待ちください」
「はい」
通された客間は、また豪華絢爛だ。
(九頭見様の家ももちろんすごいけど、芳川家もすごい……)
部屋の扉近くに控える千歳と目が合い、思わず微笑み合う。
少しして襖が開き、芳川様、そして続いて都様が来られ、深々とお辞儀をする。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
「気張らずともよい。こちらが呼んだのだ。な、都」
「ええ。ゆの様、よくぞお越しくださいました」
(相変わらず綺麗……)
同性でも見とれてしまう美しさだ。
「……こちら、お持ちいたしました」
ケーキが入った箱を差し出す。
「せっかくのものだ。どうせなら庭で食べよう。直ぐに用意を」
「はっ」
お付きの人がケーキを持って一旦下がり、客間の目の前の庭へと案内される。
「さ、ゆの殿も庭で一緒に食べよう」
(私も……?)
「は、はい……」
「どうぞ、こちらへ」
庭には、鮮やかな牡丹があちらこちらで咲き誇り、中央には現代と変わらない洋風の真っ白なテーブルセットが置かれている。
別のお付きの人に案内され、椅子を引いてもらう。
丸いテーブルを囲むのは、芳川様、都様、私――の三人。
(緊張するな……)
振り向くと、庭の片隅に千歳が立っている。
私に気付くと、微笑んでくれる。
(……よし、大丈夫)
深呼吸して心を落ち着ける。
やがて、ケーキとお茶が運ばれてくる。
「失礼いたします」
――考えてみたら不思議な光景だ。
異世界で重鎮と同じテーブルを囲んで、自分が作ったケーキを食べるなんて……。
「ゆの殿、こちらはどのような菓子ですか?」
「今が旬の苺を使った洋風の菓子になります」
「見た目もとても美しいですね」
「ありがとうございます」
「……では、皆の者、早速いただこう」
芳川様と都様が召し上がられる様子を緊張しながら見つめる。
(どうだろう……?)
「おお、これは、何という……」
「甘いだけでなく、酸味と上手く合わさりとても美味しいですわ」
そう言った後、その後は二人とも無言で食べ進める。
(良かった……)
その様子に安心しながら、私もフレジェを口に運んだ。
***
ケーキを食べ終え、やがて話が私の話へと移る。
「それにしても先日の宴席ではゆの殿は大活躍でしたな」
「本当にあんなに外国語ができるとは、素晴らしいですわ」
「いえ……そんな……」
褒められるのが苦手だ。
ましてや自分よりはるかに身分が高い人に褒められるなんて――。
縋るような気持ちで、つい千歳の方を振り向いてしまう。
「!?」
あれ……?
そこに千歳の姿は見当たらない。
(千歳……?)




