第三十四話 贋物(にせもの)
〈今後の投稿について〉
◎~2026年6月 →毎週水・日投稿(時間不定期)
◎2026年7月以降 →毎週水曜日 基本0:20投稿予定
“……外出が禁じられるわけではない。落ち着いたらまたあの温泉にでも行こう”
(まさかそれが実現するなんて……)
各務様から預かった文をしまう。
待ち合わせ場所の馬預かり処で各務様を待つ間も、何だか落ち着かない。
顔には頭巾。
風呂敷の中には今朝作ったケーキ、そして例の皿――。
少しして、同じく頭巾を被った各務様が馬で現れる。
「ゆの、待たせたな」
「いえ」
各務様が手を伸ばしてくれる。
(この感じ、何だか久しぶり……)
馬上に引き上げられると、ゆっくりと馬が動き出す。
「……各務様、今日はありがとうございます。急にすみません」
「いや、こちらこそなかなかそちらに行けないせいで申し訳なかった」
「いえ……相変わらずお忙しいですか?」
「少し落ち着いたところだ」
互いの近況を話しているうちに、やがてあの湯宿に到着する。
立ち込める硫黄の匂いさえ、何だか懐かしい。
着いて早々、まずは温泉に入る。
(はぁ……)
――あの日と何も変わらない。
(昼間から幸せ……)
湯に身体を沈めると、自然と肩の力が抜けていく。
(各務様、お皿を見たらどう思うかな……)
温泉から上がり、急に沸き上がってきた不安を抱えて部屋へと向かう。
「各務様、お待たせしました」
そこには、あの日と同じように豪華な料理が並ぶ。
外の景色を座って眺めていた各務様が立ち上がる。
「食事にしよう」
「はい!」
向かい合って座る。
こうして各務様と向かい合うなんて久しぶりだ。
(ちょっとドキドキするかも……)
以前より日に焼け、しかも相変わらずイケメンのままだ。
一旦皿のことを忘れ、とりあえず食事に集中する。
そして食後。
持ってきたケーキを振舞う。
今日のケーキは抹茶のテリーヌとガトーショコラ。
九頭見邸に着いて最初に作ったのと同じメニュー。
「久しぶりに食べるが、本当に美味いな……」
心の奥から漏れるような各務様の言葉に、こちらも笑顔になる。
「良かったです!」
ケーキを食べ終わり、食後のお茶を飲み始めたところで本題を切り出す。
「各務様、お話したいことがあります」
「改まってどうした?」
「……こちらをご覧いただけますか?」
風呂敷から皿を取り出し、周囲を覆っていた半紙をはずす。
「これは……?」
「料理方からもらった皿です。触れてみてください」
各務様が皿の縁に手を触れると、その目が大きく見開く。
「これは……この皿はどこで手に入れた!?」
「料理方から譲られた食器の中の一枚です。他にこのような皿はなく、この皿一枚だけが紛れ込んでいました」
各務様の指が触れた箇所には、赤い花の模様が浮かび上がっている。
「これはやはり各務様のご両親が――」
「作ったものではないな……」
その言葉に顔を見上げる。
「ち、違うんですか!?」
想像もしなかった言葉。
「ああ、似せて作ってはある。だが、これは両親が作ったものではない」
「……どういうことですか?」
頭の中が混乱する。
「指や食材などが触れた箇所に、絵柄が浮かび上がる技術は間違いなく両親しか作れないものだ。だが、これは――」
各務様が再び皿に視線を落とす。
「似て非なるものだ」
「!!」
「技術的には間違いなく各務家のもの。だがこの出来栄えは各務家のものではない」
「確かに……この花のクオリティ……」
「ああ。皿自体も非常に雑な造りだ。だが、どうしてこのようなものが……」
言葉を失った各務様は、唇を噛みしめている。
確かに以前に見た桜や紅葉の淡くて繊細なタッチは、この皿からは全く感じられない。
「料理方が購入したと言っていたが、いつ購入したものか分かるか?」
「貰った時に料理方が昨日購入したと言っていたので……二週間位前です」
「どういうことだ……?」
各務様が頭を抱える。
「二週間前にこの皿……どこで買ったかなどは尋ねたか?」
「いえ、まずは各務様にお知らせしようと」
「ああ、それで助かった……だが、これは……」
各務様の両親しか作れない技術を誰かが模倣して作った、ということなのだろうか?
でもこの技術は各務家だけのもの……ということは、各務様の両親が誰かに教えたということ?
――各務様の両親にはもちろん会ったことなどない。
でも、そんな技術を簡単に教えるだろうか。
しかもその技術を模して作られた皿は粗悪品……。
各務様はあれからじっと皿の裏面に視線を落としたままだ。
「……」
――なんて声をかければよいのか分からない。
「各務さ――」
「裏印があるんだ……」
「えっ?」
消え入りそうな各務様の言葉に、思わず机を回り込んで各務様の手元の皿を覗き込む。
「これって――」
(確か、各務様の両親が作った器の裏面にもあった模様……)
「この印は……両親が作った証拠だ」
「え……」
「しかもこの皿は古くはない。おそらく最近作られたものだ」
「そんなことが分かるのですか!?」
「……ああ。見れば嫌でも分かる……」
掠れるような声で呟いた後、長い睫毛が伏せられる。
「そんな……でも、各務様の両親がどうして……」
「……いっそ偽物や模倣品なら良かったのにな」
各務様は机に皿を置くと、力を失ったように壁に背を預ける。
「だが……一つ分かったことがある」
「分かったこと……?」
「両親は生きているということだ」
「え……」
「……行方不明になって三年以上経っている。ある程度の覚悟はしていた」
「!!」
「だが、両親は生きている」
自分に言い聞かせるように呟いた後、各務様が体を起こす。
「湯呑のおかげだ」
目と目が間近で合う。
「……私は何も」
「だが、偶然にしては出来過ぎている」
「え……」
「湯呑の元へ流れることまで、そしてそれを俺に見せるであろうことまで計算されていた可能性もある」
「どうしてそんなことを……」
「相手はこちらに気付かせたがっている。それは手助けなのか、罠なのか――」
「罠!?」
その言葉に、部屋の空気が一気に冷える。
湯宿の外では、静かに風が木々を揺らしていた――。




