第三十三話 謎
“この四人がもし同一人物に攫われたとして、一緒のところに集められたとしたら、何が起こっていると思いますか?”
“この四人の共通項を探すよりも“攫ったことで、犯人が何を手に入れられるか”に着目した方が良いかもしれませんね“
湯呑の言葉一つひとつが鮮明に蘇る。
(犯人が何を手に入れられるか、か……)
その日の夜――。
司長室で捜査資料を読み直す。
(犯人が得られるもの――)
その視点で見ると、全員手に職を持っていることしか考えられない。
七十代の金細工職人。
五十代の美術修復師。
二十代の宮大工。
三十代の刺繍職人。
一人目と三人目は男性。二人目と四人目は女性。
(――だが、統央には手に職をもつ職人はごまんといる。しかも、この四人は分野も異なる。それが共通項というには弱すぎる……)
その時、不意に扉を叩く音がして顔を上げる。
「……ご多忙のところ大変恐縮ではございますが、各務司長、少々宜しいでしょうか」
「……どうぞ」
この声を聞くと、つい身構えてしまう。
「――こちら、本日の巡回報告です」
報告書に目を通しながら頷く。
「……問題はないようだな」
「ええ。ご指示の通り、見回りは二十四時間体制で行っております。結果として被害は拡大こそしていませんが、残念ながら進展も見られません。この点について、治安司長としてはどのようにお考えですか?」
まるで事前に暗記したかのような淡々とした物言い。
「……もちろん一日も早い解決を望んでいる」
「何か解決の糸口でも見つけられましたか?」
「……まだ分からぬ」
「そうですか。各務司長の町での評判が下がらないよう祈っております」
「……」
押し黙った自分を見て、藪内が部屋を出て行く。
(一日も早い解決をせねば……)
***
「ゆの様、お荷物が届いています」
「荷物……?」
「はい」
千歳に呼ばれて台所に向かうと、そこには蓋付きの大きな葛籠が置かれている。
「これって何……?」
「先程、料理方の人間がお持ちくださいました」
(料理方が……?)
「開けてみましょう」
「う、うん」
大きな蓋を開けると、そこには――
「食器!?」
「はい」
底の方までびっしりと食器が詰められている。
「料理方より、昨日購入したものの多く買い過ぎてしまったとのことで、よろしければゆの様に使っていただけたらとお持ちくださいました」
葛籠の前に屈んで、上の方の皿を手に取る。
白いシンプルな皿、縁取りに細かな装飾が施された皿、奥にはコーヒーポットやティーカップまで顔を覗かせている。
「すごい……」
この時代にコーヒーポットやティーカップがあることに驚く。
「洗いながら、一通り確認してみましょう」
「うん」
――結局、全ての食器を洗い終わるのに、二人がかりでも一時間程かかった。
***
千歳が用事のため去り、洗った食器を拭きながら一枚一枚確認していく。
食器を見ると、ついどんなお菓子を乗せようか考えてしまう。
もはや職業病だ。
(あ、これ素敵かも……この皿なら……)
想像を膨らませながら、一枚一枚丁寧に拭き上げていく。
白い小さな皿を持ち上げた瞬間だった。
「……えっ?」
布を置き、両手で皿に触れる。
「どうして……?」
思わず声が出てしまう。
手に触れた途端、そこから花びらの模様が映し出される。
――それは、各務様の両親が作った皿とそっくりだった。
“人の手の温度や、料理をのせると絵柄が浮かび上がるようになっている”
(確か以前見せてもらった皿は、桜の花びらや紅葉が浮かび上がったはず……)
目の前の皿に浮かび上がったのは、赤い縁取りの花。
何の花なのか分からないが、急いで他の皿にも触れてみる。
……しかし、絵柄が浮き上がったのはこの一枚だけだった。
しかも他の食器は何枚も同じものがあるのに、この皿だけ単体だ。
(何でこの皿がここに……? 各務様の両親は三年以上も前から行方不明なのに、どういうこと……?)
皿を持ったまま動けない。
鼓動がいつもより早く脈打つ。
――その姿を遠くから見つめる影が、音もなく背を翻した。
***
あの皿を見つけて一週間以上が経とうとしていた。
――しかし、各務様が来てくれる気配はない。
(田野上料理長や川幡副料理長にこの皿をどこで入手したか聞く手もあるけど……)
でも、食器を購入する係は別の人間かもしれない。
変に尋ねれば、ややこしいことになるかもしれない。
そう思うと、やはり先に各務様に伝えたい。
「千歳」
「はい」
「九頭見様に会うことってできるかな」
「九頭見様に?」
千歳が少し驚いた様子で、自分を見つめる。
「三分でいいの。取り次いでもらえる?」
「承知いたしました」
千歳が頭を下げて部屋を出て行く。
(九頭見邸は人の出入りも多い……この皿のことは落ち着いて二人きりで話したい)
***
その日の夜、九頭見様との面会が叶った。
「どうした、ゆの」
「お忙しいところ申し訳ございません」
「いや、良い。逢引きか?」
(逢引き……って、もしかしてこの時代でいうデートみたいなものじゃ……)
「ちっ、違います」
「何だ、違うのか残念だな」
本気なのかそうでないのか、九頭見様が拗ねた表情を見せる。
「で、どうした?」
「各務様にお会いしたくて……各務様のお休みをご存じですか?」
それを聞いた九頭見様が、突然目の前で笑い始める。
「ははははっ」
「!?」
「ゆの、そなた、なかなか大物だな。私を通じて他の男との逢引きを所望するとは」
「そんな逢引きなどでは――」
まだ九頭見様は笑っている。
「さすがだ、ゆの。その位の肝が据わっていないと、あのように外交が上手くいくはずがない」
(……よくよく考えてみたら、国のトップにとんでもないことを聞いてるかも!)
各務様のスケジュールを把握している人といえば、九頭見様しか思いつかなかった。
今さら物凄く失礼なことに気付く。
「も、申し訳ございません!」
九頭見様が笑いながら目元を拭う。
「いや、良い良い。宗真に会いたいなら、今度こちらに来る時に残るように伝えよう」
「いえ、あの……可能でしたら、私から各務様の元に赴きたく――」
九頭見様が再び笑い始める。
「見かけによらず、なかなか大胆だな」
「そういうわけでは――」
「私もゆのにその位の情熱を向けられたいものだ」
「えっ……」
冗談と分かっていても、あまりにサラッと言われ言葉を失う。
「……分かった、可愛いゆのの頼みだ。宗真の元に駕籠で送らせよう。日時については追って連絡する」
「ありがとうございます!」
***
――そして、その三日後。
非番の各務様と、例の温泉で会うことが決まった。




