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第三十話 外交宴席 ー下ー


既に宴席は始まっている。

子供達がそう待てるはずがない。


(パンやピザ生地を発酵させる時間なんて絶対にない……どうしよう)


「……ゆの様、どら焼きの生地の追加分、混ぜ終わりました」

「ありがとう」


混ぜ終えた二つのボウルを見て、ふと気付く。


(……これ、使えるかも……!)


別のボウルに、今度は砂糖なしの少し重めの生地を作る。


「この生地、また混ぜてくれる?」

「はい」


その間にパティを作り、野菜をカットする。


「生地、できました!」

「ありがとう」

「次は、これと同じような形にジャガイモを切ってくれる?」

「はい!」


受け取った生地を見つめる。

本来のバンズとは程遠い。


(でも、今は――)


鉄板へ生地を丸く広げ、両面を焼いていく。

その間にパティと玉ねぎやレタス、炙ったチーズを重ねる。


(いい感じかも……!)


美味しそうな匂いが立ち込める。


「千歳、半紙をこういう感じで折って、このハンバーガー……この料理をこんな感じに入れてくれる?」

「はい!」


カットしてもらったジャガイモを揚げていく。


(ハンバーガーって思ってくれるかな……)


不安を抱えながらも、大きなお盆に料理をのせ、急ぎ宴席へと向かう。


「Sorry to keep you waiting. Here’s your hamburger!」(お待たせ、ハンバーガーだよ!)

「Wow!」(わぁ!)

「Looks good!」(いい感じ!)


子供達が目を輝かせ、皆ハンバーガーにかぶりつく。


「How's that?」(どう?)

「So good!」(最高!)

「Delicious!」(美味しい!)


子供達の感想を聞いてホッと胸を撫で下ろす。


「Thank you! I’ll bring pizza next. Enjoy!」(ありがとう! 次はピザを持ってくるね!)


急いで戻りながら考える。


(ピザはクリスピー生地にしよう。窯を使って……具材は……)


「ゆの様、この位でいかがでしょうか?」


台所に戻ると、アイスクリームの材料を混ぜていた千歳が、ボウルに入った生地を見せる。


「ありがとう、良い感じ」


用意したのは、バニラ味と、チョコレート味の二種類。


「じゃあ、この壺に入った塩を、この箱にたくさん入れてくれる?」

「塩、ですか?」

「うん、氷だけより冷たくなるから」

「分かりました!」


千歳が氷の入った箱に塩を入れていく。

その間に小麦粉を練って薄く伸ばし、即席のクリスピー生地を作って、具材を上にのせていく。


各務様が作ってくれた窯に入れ、火加減を調整する。


(……各務様、ほとんど箸を付けていなかったな)


ハンバーガーを持って行った時に、ふと視界に入った各務様の膳。

一人忙しそうに動き回っていた――。


「……ゆの様、氷を入れ終わりました!」


その声にハッとする。


「ありがとう。今度は塩は入れずに、別の氷の箱でこの容器と匙を冷やしてくれる?」

「はい」


香ばしい匂いに、窯からピザを取り出す。


(いい感じ!)


程よく表面に焦げ目ができている。

熱いうちに切り分け、そのまま庭へ運ぶ。


「Pizza is ready!」(ピザができたよ!)


子供達が歓声を上げる。

その様子を見届けた後、今度はどら焼きづくりに取りかかる。


冷やしておいたどら焼きの生地を鉄板へ流す。


一つは抹茶を練り込んだ生地。

もう一つは通常の生地に抹茶クリームを挟む予定だ。


千歳にホイップクリームを作ってもらう間、中に入れる白玉団子や餡子、苺を用意する。


(それに、梅の花を添えて……)


気付けば、台所中が甘い香りと湯気に包まれていた。



***



(……ふぅ、切り抜けた)


抹茶どら焼きと子供達用のアイスクリームを運び終え、幕の後ろでようやく一息つく。


宴席もお酒が入り、最初に比べ、和やかな雰囲気が流れていた。

子供達も上機嫌だ。


見る限り、料理の方も上手くいったみたいだ。


(良かった……)


「ゆの様!」


お盆を持って立ち去ろうとした私を、誰かが呼び止める。

振り返ると、そこにいたのは田野上料理長だった。


「今回は助けていただき、感謝しています」

「いえ、こちらこそ。上手くいきましたか?」


菓子だけ担当の私より、料理全般を統括する田野上料理長は何倍も大変だっただろう。


「おかげさまで……」


幕の隙間から子供達を見つめる。

アイスクリームの器を持った女の子が、両親に得意気に見せている。


「本当にゆの殿のおかげで……」

「とんでもないです。材料もそちらからいただきましたし」

「料理方と菓子方、厨房は分かれていますが、今後もぜひ協力してやっていけたら嬉しいです」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


互いに何度も頭を下げながら、その場を立ち去る。


「……っ!」


目の前の誰かとぶつかる。


「す、すみません」


見上げると――


「川幡副料理長!」

「……」

「お、お疲れ様です」


川幡副料理長は、しばらく無言のままこちらを見つめる。

その視線に緊張が走る。


「……随分と目立ったな」

「え……」


意図が分からず、言葉が詰まる。


「今日はたまたま上手く回った。だが――裏方である料理人が表に出るということは、それなりの覚悟をしてのことだろうな」

「!!」

「ここは、善意だけで立ち回れる場所じゃない」

「!!」


それだけ言い残し、川幡副料理長が横をすり抜けていく。


「――だが、助かった」


すれ違いざまに、放たれた言葉。

振り向いた時には、既にその背中は小さくなっていた。



***



台所に戻り、千歳と共に後片付けをしていると、ふいに戸を叩く音がした。


千歳が対応のために廊下に出たかと思うと、直ぐに戻ってくる。


「ゆの様、至急、正門へ」

「え……?」


洗い物の手を止める。


「お子様達、来賓の皆様がゆの様にお礼が言いたいとお待ちです」

「えっ……」

「もう既に皆様お待ちだそうです。お急ぎください!」

「は、はい!」


促されるまま、急いで正門へと走る。



“今日はたまたま上手く回った。だが――裏方である料理人が表に出るということは、それなりの覚悟をしてのことだろうな”



先程の川幡副料理長の言葉がふと蘇る。


(とりあえず、今は――)


正門に着いた途端、私を見るなり子供達が抱きついてくる。


「Thank you, Yuno!」(ゆの、ありがとう!)

「You’re welcome」(どういたしまして)


私の周りに輪ができる。


「We can enjoy your hospitality and great food」(あなたのおかげでとても楽しめました)

「Thank you very much」(ありがとうございます)

「I want your hamburger again」(私はまたハンバーガー食べたい)

「I want to eat Yuno’s pizza again!」(僕はゆのが作ったピザがいいな)

「I want to play with you」(私はゆのと遊びたいわ)


梅の花が揺れる正門に笑い声が響く。


その輪の中心にいる自分を、幾つもの思惑が渦巻く視線が見つめていることに――この時の私はまだ気づいていなかった。



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