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第二十九話 外交宴席 ー上ー


宴席当日を迎えた。

もうまもなく開始の時間だ。


梅の花が咲き誇る庭には、既に席や舞台、幕が整えられている。

踊り子や楽師(がくし)達も、既に持ち場で待機している。


後は客人を迎えるだけ――のはずだが、会議が長引いているらしく始まる気配は全くない。


静かなのに、そこにいる誰もが落ち着かない様子だった。


「……」


厨房に引き返す。


生地は作って寝かせてある。

トッピングの準備もした。


あとは焼いてデコレーションするだけ。

飾りつけの梅も用意済みだ。


「……ゆの様、お茶でも飲んでゆっくり待ちましょうか」


千歳がそっとお茶を差し出してくれる。


「ありがとう」


(外交の会議……って、どんな話しているんだろ?)


ちょうどその時だった。

バタバタと廊下を走る音が近づいてくる。


「ゆの様!」


勢いよく戸が開く。


「只今会議が終わり、これから会場に移動されるそうです。料理方にも伝令が入りました」

「はい!」


――遂に始まる。


張りつめていた空気が、一気に動き出した。



***



とはいえ、デザートを出すのはラストだ。

まだ時間的に余裕がある。


幕の後ろから、宴席の様子を窺う。


そこには――


(えっ!?)


見れば外国人が、一、二、三……十人、いや十五人程いる。


(どういうこと!?)


近くにいた女官に確認する。


「お客様は四人と伺っていたのですが……」

「それが……四名のはずが、会議が終わった後、事前連絡なしにそのご家族も合流されたようで……今、厨房は大混乱しています」

「!?」


舞台では、音楽が奏でられ、踊り子たちが舞を舞っている。

何事もなかったかのように宴は進んでいるが、急遽増設された席や、位置をずらした舞台が混乱の名残を物語っていた。


酒は振舞われているものの料理は未だ運ばれていない。

外国人の子供達は庭をあちこち走り回り、聞いていたような厳かな宴とは随分様相が異なる。


(どら焼きの生地を追加で作らなきゃ……でも、今はそれより――)


足は自然と、料理方の厨房へと向かっていた。



***



料理方の厨房は、まさにカオスだった。

怒号が飛び交い、人があちこち行き来している。


用意された料理がワゴンに乗せられているものの、数が足りていない。

火の前で、料理長と副料理長が必死に鍋を動かしている。


とても話しかけられる雰囲気ではない。


近くにいた人に声をかける。


「……何かお手伝いできることはありますか?」

「いえ、今、私達も何をどうすれば……材料も足りないようで……急遽料理内容も変えているようなんです!」

「……」


二人の背中からは、焦りが痛い程伝わってくる。

でも料理方の人間でさえ、何もできない状態。


「……もし、人手がいるようでしたらお声かけください」

「ありがとうございます!」


後ろ髪引かれる思いだが、逆に邪魔になっては元も子もない。


(私は、私の仕事をしよう)


そう思って部屋に戻る途中、廊下から会場の庭が目に入った。


(……あ、危ない!)


子供達が庭木によじ登り始めている。


数人の女官達が木の下から何やら叫んでいるが、子供達はどんどん上の方へ登っていく。


英語が得意なわけじゃない――でも、気付けば庭に降りて、子供達がよじ登る木の下に向かい叫んでいた。


「Watch out, boys! These trees are important to us, so please come down」(みんな、危ないよ。大事な木だからお願い、降りてきてくれる?)


突然聞こえてきた英語に、子供達の動きが止まる。


「You can watch traditional Japanese performances over there. It will be a great experience for you」(みんな、あっちで日本の伝統芸能が見られるよ。きっとみんなも楽しめるはず)

「……Really?」(本当に?)

「Sure!」(うん!)


子供達は黙ったまま顔を見合わせると、静かに降りてくる。


(良かった……)


「You speak English?」(英語、喋れるの?)

「Just a little」(少しだけね)


そう答えると、女の子の表情がパッと和らぐ。

次の瞬間、小さな手がきゅっとこちらの袖を掴む。


「Come with us!」(一緒に来て!)

「えっ?」


引っ張られるように、そのまま来賓側の席に着く。


子供達と共に、宴席の場に現れた自分の姿に、四方八方から視線が集まる。

各務様とも視線が合う。


ちょうどその時――最初の料理が運ばれてくる。


「The food is here!」(ご飯が来たよ!)


とりあえず、子供達を全員席に着かせる。


運ばれてきたのは、目にも鮮やかな菜の花のお浸しと、胡麻豆腐だ。


「What’s this?」(これって何?)

「This is boiled vegetables with soy sauce, and this one is sesame tofu」(これがお浸し、こっちが胡麻豆腐だよ)

「……I want a hamburger」(……ハンバーガー食べたい)

「Me too!」(僕も!)

「I want ice cream!」(私はアイスクリーム!)

「I want pizza!」(私はピザがいい!)

「え……」


子供達が次々に訴え始める。


各務様もそれに気づいて、心配そうにこちらを見つめる。

しかし、九頭見様や他の人間の通訳で動けそうにない。


(どうしよう……)


ちゃんと食べないとダメ、と言ってしまっていいのか。

それとも――


(私じゃ判断できない。会の主催者である九頭見様に聞かないと……)


九頭見様の席の傍に行き、話が途切れた合間を狙って小声で事情を説明する。


「……その“ハンバーガー”や“アイスクリーム”というのは、料理の名前なのか? 全く聞いたことないが、料理方に言えば用意できるものなのか?」


(九頭見様でさえ知らない料理……って用意できるのかな)


「作り方でしたら分かります。料理方に伝えて、作ってもらうよう頼んでみます」

「ゆのはその料理を知っているのか?」

「はい。ただ、材料があるか――」

「じゃあ頼んでみてくれ。あと……そなた英語が話せるのか?」

「少しですが」

「ならば、念のため子供達の両親にもそうして良いか確認してくれ」

「承知いたしました」

「頼む」

「はい」


隣から、芳川様と都様の視線を感じる。

驚きと戸惑いが入り混じったような眼差しだったが、今は気にしている場合ではなかった。


立ち上がると、今度は向かいに座る外国人の来賓の元に腰を下げて近づく。


「Excuse me――」


できる限りの英語を駆使して、事情を話す。


「Oh, I’m so sorry. They’re picky eaters. But if possible, could you prepare something for them?」(ごめんなさい、好き嫌いが多くて。でももしできるなら、作ってもらえると助かります)


その言葉を聞き、料理方へと走った。



***



厨房は相変わらず戦場さながらだった。

しかし、躊躇っている場合ではない。


「田野上料理長、川幡副料理長!」


厨房の奥の方にいた二人が同時に振り向く。


「ゆの殿、どうされた?」

「実はお子様達が、ハンバーガーとピザとアイスクリームが食べたいとおっしゃっています。九頭見様からも親御さんからも許可を得て、作ってほしいとのことです」


二人が顔を見合わせる。


「……それは一体どういう料理なのですか?」


(やっぱ知らない、よね……でもレシピを説明して作ってもらう時間なんて、今のこの状況じゃ……)


混乱が収まる気配のない厨房を見つめる。

私とこうやって話している時間でさえ惜しいだろう。


「……お前、その料理を知っているのか?」

「え?」


川幡副料理長がこちらを鋭く見つめる。


「……は、はい。材料があれば作れます」

「おい、鳥井」


川幡副料理長が、近くにいた料理人を呼び止める。


「この者に言われた材料を用意してやれ。ここは場所がない。お前の台所で作れるか?」

「はい!」



***



貰った材料を受け取り、急ぎ自分の台所へ戻る。


肉や野菜、チーズまであるが、パンもピザ生地もない。

加えて、抹茶どら焼きもアイスクリームも作らなくてはいけない。


その間も宴席は進んでいる。


――次々と降りかかる想定外の出来事に、息をつく暇すらなかった。



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