第二十七話 新たな席
「ゆの様」
「……はい」
戸の向こうから、千歳の声がする。
「ゆの様、田野上料理長と川幡副料理長が次回の宴席について打ち合わせがしたいと。本邸のいつもの場所へお願いします」
「はい」
そう言われて、宴席のスケジュールを取り出す。
(次の宴席は再来週。この前の宴席では事前打ち合わせなんてなかったのに、何だろう……?)
千歳も、その宴席については何も知らないと言っていた。
「……失礼いたします」
部屋に入ると、そこには田野上料理長と川幡副料理長の姿。
……川幡副料理長とちゃんと対面するのはあの日以来だ。
“あの、これまでどういうお菓子を作っていらっしゃったのですか?”
“……そなたが作る菓子とは真逆だ”
“え?”
“九頭見様より直接の御指名をいただき、これ程までの環境を与えられている。私のような一料理人の話など、参考になるとは思えないが”
“そんなことはありません! お客様の好みなども把握したいですし、これまでの宴席でどのような菓子を出していたか知りたいです”
“私は前任者より、そのようなことを聞いたことはないが”
“えっ……?”
“自分の思惑で、他人の時間を奪うな”
ちょっと気まずい。
「ゆの殿をお呼びしたのは他でもない。再来週の宴席についてです。先方との調整が長引き、つい先程詳細が届きました」
「はい」
慌ててメモを出す。
メモ――といっても、半紙を束ねて綴り紐で綴ったもの。
筆記具は、筆ペンのように墨を継ぎ足さずに書けるものだ。
「再来週の宴席は、西洋から招いた客人を迎えて催されます。九頭見邸に異国からの客人を招くのは、これが初めてのことです」
「え……」
(外国人が来るんだ……)
「先方の人数は最大で五名ほど。最終人数は調整中。九頭見邸で外交に関する会議を行い、その後宴席を設ける形です。ちょうど梅が美しい時期ゆえ、九頭見邸内の梅が最も美しい庭園で梅見をしながら行うことになります」
「屋外ということですか?」
「はい」
「問題は、宴席の開始時間がはっきりしないということ」
「会議が終わり次第、ということですね」
「一応昼過ぎには終わる予定ですが。こちらからは九頭見様、芳川様、都様、それに通訳も兼ねて治安司長の各務様が入られる」
「えっ!?」
思わず声が出てしまう。
「いかがされました?」
二人の視線がこちらに注がれる。
「い、いえ……」
(各務様、いらっしゃるんだ……しかも通訳……)
これまで英単語を知っていたのも納得だ。
「九頭見様からは、日本らしいおもてなしをするよう言い遣っています」
「はい」
「まだ二週間ありますが、準備をお願いします……川幡、この後ゆの殿を、宴席会場の下見へ」
「……承知いたしました」
(うっ、二人きりだ……)
***
宴席会場になる庭へと案内される。
「ここだ」
(わ……)
美しい日本庭園が目の前に現れる。
池を囲むように木々が配され、大きな石もあちこちに配置されている。
(九頭見邸内にこんな場所あったんだ……)
「こちらとこちらに幕を張り、あちらに客人。ここから料理を出す予定だ。詳細はまた来週追って話す」
それだけ言うと、すぐに背中を見せて去ってしまう。
川幡副料理長――、と呼び止めかけた言葉を、慌てて飲み込む。
“自分の思惑で、他人の時間を奪うな”
「……ありがとうございました!」
その背中にお礼を言って頭を下げる。
顔を上げた時には、既に川幡の背中は遠くへと消えていた。
視線を移し、もう一度庭を見渡す。
(広いな……)
木や石が配置され、THE日本庭園という感じだ。
蕾を付けているもの、中にはちらほら咲きかけの梅もある。
(日中ということは溶けにくいもの。屋外なら配膳もしやすいもの)
現代にいた頃も、屋外でケーキを振舞ったことはない。
(すごい経験だな……)
ここでしかできない経験に、自然と頬が緩む。
(それに各務様も来るなんて……)
***
「ゆの様、いかがでしたか?」
戻ってきた私に、千歳がお茶を入れてくれる。
「初めて九頭見邸に外国人を招待するんだって」
「えっ、それはすごいですね」
「和をテーマ……日本らしいおもてなしをするように言われました」
「日本らしいおもてなしですか」
「いつも作っている洋菓子でなく、和菓子が良いよね……あ、しかも屋外でやるんだって」
「九頭見邸では花見会など、時々外で宴席を設けることもございます」
「そうなんだ……」
あの広い庭なら納得だ。
「屋外だと風が吹くこともあります。なので粉が飛ぶようなものは避けた方がよいですね」
「なるほど……」
外でも食べやすい和菓子。
外国人に好まれやすいもの。
宴席まであと二週間。
(忙しくなりそう……でも楽しみ!)
その脳裏には、各務様の顔も浮かんでいた。




