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第二十六話 さざめき


「昨日はお疲れ様でした。ちゃんとお見送りには間に合いましたか?」

「はい、間に合いました」


あの後――九頭見様と都様のツーショットを見た後、無事正門に辿り着いた。


少しして九頭見様も姿を現し、何事もなかったように帰る客をにこやかに見送る。

芳川様と都様も、九頭見様と数言交わし去っていった。


都様とも親し気な様子はなかった――少なくとも、人前では。


「ゆの様、まだ慣れていないのですか? 敬語」

「あ……」


千歳に指摘されてハッと気づく。

気を抜くとついつい出てしまう。


「でも良かったですね。昨日の大福、非常に評判が高かったとのことで」

「うん。喜んでもらえて良かった……」

「芳川様は辛口で有名な方です。その方に褒めてもらえるなんてよっぽどですよ。滅多にないことです」

「そうなの!?」


(知らなかった……)


「私も予備で作った物をいただきましたが、あのような菓子、これまで口にしたことはございません」

「……ありがとう」


こういう感想に、いつも何と答えればいいのか迷ってしまう。


「私もかねてより評判は耳にしていましたが、まさかこれ程とは……九頭見邸の女官の間でも、なかなか入手できない幻の品との噂でもちきりだったんですよ」

「九頭見邸にまで知られていたんですね」

「ええ。でも数ある菓子屋の中から、どうしてそのお店で菓子を出されることになったのですか?」

「各務様……いえ、知り合いの方に紹介してもらって置かせていただけることになったんです」

「各務様、ってもしかして治安司長の!?」


千歳が珍しく驚いた声を上げる。


「はい。ご存じですか?」

「もちろんです。非常に優秀な方で、難しい事件もいくつも解決されているとか。あの若さで治安司長になられて、本当にご立派な方ですよね」


(そうなんだ……)


それを知って何だか嬉しくなる。

多分エリートだろうなとは思っていたものの、仕事の話はほとんど聞いたことがなかったから――。


「ゆの様は、すごい方と繋がっていらっしゃるのですね」

「は、はい……色々とお世話になって……」


とはいえ、どうして知り合ったかなどはとても言えない。


「最近、町で誘拐事件が連続で起こっているそうですよ」

「誘拐事件?」

「ええ。でも各務様でしたら、すぐ解決できるかもしれませんね」



***



「――各務様、どうぞお気をつけてお出かけください」

「ああ」


馬に跨る。


空は闇のように暗く、風がひんやりと頬を掠める。


治安司達と共に、治安方の門を発ち、夜の町へ馬を走らせる。

町は静かなはずなのに、どこか落ち着きのないざわめきが漂っていた。



“各務様、これで今年に入って四件目です!“

“本日、行方不明になった者の詳細は?“

“はい。南町に住む、五人の子供をもつ三十代女性です。特に失踪(しっそう)する理由もなく、子供を置いていなくなることはあり得ないと”



(今年に入って四名……)


行方不明になった四名とも、年齢も性別も住処も職業も全く異なっている。

いなくなった時間も早朝、昼間、夜だったりとばらばらだ。


「……」


馬に揺られながら、どうしても両親の失踪と重ねてしまう。


(早く見つけ出さねば……)


これ以上、行方不明者を出すわけにはいかない。


「そなた達は東町側を、我々は西町側を回る。細い路地に至るまで、徹底的に巡回せよ。現場を押さえることも大事だが、犯人に警戒されていることを知らしめることも大切だ」

「はっ!」


司長の立場が自ら巡回に(おもむ)くことはあまりない。

しかし、焦る気持ちがそうさせていた。



***



治安方に戻ってきたのは、もう夜も明け始めた頃だった。


治安司長室で、行方不明者の情報を書き抜く。

自ら行方不明者の家族や友人に聞き取りを行い、書き留めたものだ。


共通項が分からないことには、具体的な対策が取れない。


いなくなった者を探すこと、五人目の行方不明者を出さないこと――どちらも大切だ。


書き抜いた紙を一つひとつ見比べる。


「……」


各務の視線が、書き抜いた紙の一点で止まる。


(共通しているのは……いや、弱いか……でもほんの僅かでも可能性があるなら……)


次の瞬間、各務は立ち上がっていた。

自分の目で確認しないことには始まらない。


再び治安方の門を飛び出し、町へと向かう。


夜明けの空が白み始める。


だが、その先にあるものは、まだ輪郭さえ見えていなかった――。



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