第二十五話 初宴席
九頭見邸に来て、二週間が過ぎた。
あれから各務様には一度も会えていない。
(やっぱ忙しいよね……)
材料を混ぜる手が止まりかけて、慌てて首を振る。
(集中、集中……)
今は、明日に控えた初めての宴席のための菓子作りに追われている。
出席者は五十名。
料理長と副料理長から聞いた献立に合わせ、用意するのはみかんと小豆、生クリームを求肥で包んだケーキのような大福。
千歳も手伝いに入ってくれている。
九頭見様のお客様だ。
失敗は許されない。
目の前にある工程を、一つひとつ丁寧にこなしていく。
***
全てが完成したのは夕方になってからだった。
瑞果時代式の冷蔵庫に入れ、ようやく息をつく。
「千歳、ありがとうございます」
「ゆの様、丁寧語はもうお使いにならないでください」
「あ、そうだった……」
母親のような年齢の女性に、丁寧語で話さないのは何だか慣れない。
それでも、今回のお菓子作りを通して他愛のない話をしたことで、少し距離が近づいた気がする。
「千歳、ありがとう」
「どういたしまして」
達成感に浸りながら、台布巾で作業台を拭き上げる。
(明日、喜んでもらえるといいな……)
***
翌日――。
遂に宴席が始まった。
当日することといえば、一皿分、盛り付け用の見本を作り、あとは用意したケーキを配膳係に引き渡すだけ。その後は自邸に戻り、上手くいく事を願うばかりだ。
(そろそろ宴席も終わる頃かな……)
何となく落ち着かないまま過ごしていたが、終わりに近づきようやく胸を撫で下ろす。
貰ったスケジュールの紙を静かに畳んでいたちょうどその時――慌ただしく廊下を走ってくる音が聞こえる。
「ゆの様!」
そこには息を切らした千歳の姿。
「どうしたの?」
「広間にお越しください」
「えっ、何か私やらかしちゃ――」
「その逆です。あまりに美味しいので作った職人を呼んでほしいと」
「えっ!?」
その言葉に、慌てて千歳の後を追って広間に向かう。
広間の前には、先日の顔合わせの時にいた重臣が立っていた。
私の顔を見るなり手招きする。
「九頭見様の大切なお客様だ。粗相のないように」
「……はい」
走ったばかりで上がってしまった息を整える。
「準備は良いか?」
「……お願いします」
重臣の後に続き、広間へと足を踏み入れる。
綺麗な屏風や絵。
床の間だけでなく、部屋のあちこちに飾られたた花々。
煌びやかな空間に、自分の姿は明らかに浮いているのか、人々の視線を感じる。
「……あちらの御方だ」
示された方を見ると、いかにも身分が高く、立派そうな年配の男性の姿。
しかも九見様の隣の席――ということは、かなり身分が高いのだろう。
「失礼いたします。芳川様、例の菓子職人を連れてまいりました」
芳川の視線と共に、隣の若い女性もこちらを見上げる。
控えの人間が差し出した座布団に座り、芳川という男性の前に座って挨拶をする。
「……本日の菓子を担当いたしました、ゆのと申します」
「おおお、このような娘が、あのような菓子を。これは驚きだな」
その言葉にもう一度深く頭を下げる。
「顔を上げてくれ。そうだ、そなた酒は飲むか?」
「いえ、そんな……」
「飲めないわけでないなら一杯くらい付き合ってくれ。な、都もそう思うだろう」
「……ええ」
隣に座る美しく華やかな女性が、静かにこちらを見つめる。
「初めまして、ゆのと申します」
「都と申します」
「これは私の娘でな」
「そうなんですね」
同性の自分でも目を奪われる程、美しく整った顔。
そこに、九頭見が入ってくる。
控えの者がもう一枚座布団を運び、四人での会話が始まる。
「この者の菓子は素晴らしいだろう。先月から九頭見邸専属の菓子職人として働いてもらっている」
「やはりそうですか。私もあまりの素晴らしさに感服し、ついお呼び立てしてしまいました。これは、なかなか見慣れない菓子ですな」
「ゆの、この大福の中に入っている白い物はなんだ?」
「こちらは――」
言葉を選びながらも、できるだけ分かりやすく答える。
「それを独学で学んだ、というのは外国の書物などを見てということかな?」
「え、そ、そうですね……」
何と答えれば良いのか、しどろもどろになってしまう。
「その本はどうやって入手されたのかな」
(うっ……)
興味を持ってくれたのはありがたいが、まだまだ追及が続く。
――結局、散会まで芳川の質問の嵐は止まなかった。
***
(うぅ、どうにか切り抜けた……)
どうにかごまかせた、と信じたい。
(……ケーキ作りより疲れた)
身体を布団に沈める。
「ゆの様、失礼いたします」
「!!」
その声に、慌てて体を起こす。
扉の向こうの声の主は――
「千歳」
「お疲れのところ申し訳ございません。お客様達がお帰りになるそうです。正門までお見送りを」
「あ、はい!」
一度髪に櫛を通すと、千歳の後に続いて正門へと向かう――が、途中で千歳が他の女官につかまってしまう。
「……ゆの様、すみません、正門の場所はお分かりですよね」
「はい!」
初日に九頭見邸を一通り案内してもらった。
少し不安になりつつも、庭を臨む長い廊下を急ぎ足で進む。
既に皆、門に向かっているのか、誰にも会わない。
何せ広い屋敷だ。
(あ、見えてきた……)
斜め前に正門と多くの人の気配を感じ、急いでそちらに向かう。
(早く行かないと……)
そう思った時だった。
(……ん?)
ちょうど曲がり角を曲がった部屋の隅に人影が見える。
「!?」
少し開いている障子の間から、そこにいるのが九頭見様と都様であることに気付く。
次の瞬間、二人の影が静かに重なった。
「!!」
そっと足音を立てないように、部屋の前を横切る。
(あの二人って……)




