第二十三話 初顔合わせ
翌日には、リクエストした全ての材料が揃えられた。
千歳を通じて料理方から届けられたどれもが、見たことがないほど質が良い。
(さすが九頭見邸だな……)
広いキッチンに並べられた食材を前に、自然と気持ちが高まる。
絶対に手に入らないと思っていたホワイトチョコレート。
(瑞果時代にもあるんだ……)
手に入ったことで、作るものは自ずと決まった。
抹茶のテリーヌだ。
店舗にいた時代と変わらないレベルの広い作業台。
ボウルも泡立て器もある。
今日ケーキを作ると知った九頭見様から、九頭見邸の顔合わせも兼ねた食事会で振舞うよう言われた。
自然と気合いが入る。
(よし……)
静かに息を整え、作業台に向かった。
***
生地を型に流し込み、壺に入れて窯へくべる。
(温度低めだから、この位かな……)
薪の量や壺の位置を細かく調整する。
様子を見ながら火を入れ、焼き上げていく。
途中で何度か壺の中を確認しながら――。
場所が変わっても、各務様が整えてくれた窯はいつも通りの仕事をしてくれた。
(各務様、本当にありがとう……!)
感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
焼き上がったケーキを型ごと氷の入った金属の箱へ移す。
(冷蔵庫よりも冷たいんだ……)
滑らかに締まっていく感触を確かめている内に、もう一つケーキを作りたくなってくる。
(ブラックチョコレートもあるから……よし、ガトーショコラを作ろう!)
湯気の立つチョコレートを混ぜながら、ふとパティシエ時代のことが蘇る。
――小さい頃からケーキ作りが好きだった。
最初はお母さんのケーキ作りの手伝い――クッキーの型抜き、トッピングの飾りつけ、しばらくすると粉ふるいや泡立ても任せてもらえた。
それが、今時代を超えてケーキを作ることになるなんて……。
それでもやっぱりケーキ作りは楽しい。
やがて、二つのケーキが形になる。
仕上げに抹茶と粉砂糖をそれぞれにふるいかける。
(できた……)
九頭見邸で初めて作ったケーキを前に、安堵と僅かな疲れが一気に押し寄せてくる。
出来上がったケーキを前に、しばらくその場を動けなかった。
***
初顔合わせを兼ねた食事会が始まった。
(九頭見様の真横の席なんて……)
大広間に二十人ほどの人間が集まっている。
重々しい装束に身を包んだ武士。
華やかな着物を身に纏った女性達。
その誰もが、この場に相応しい者達ばかりだった。
(うっ……めちゃめちゃ見られてる)
九頭見様の隣に座る得体の知れない自分。
値踏みするような目。
好奇と警戒が入り混じった視線。
料理人と思しき二名の男達は、探るような視線をこちらに向けている。
――言葉はなくても分かる。
この場で、自分を一番測ろうとしているのは彼らだ。
(デザート、この人達に喜んでもらえるかな……)
豪華な膳が並んでいるのに、味に集中できない。
周囲の視線を痛い程感じながら、話しかけてくれる九頭見様の言葉に返すのに精一杯だ。
無性に喉ばかりが渇き、お茶を何度もおかわりしてしまった。
***
食事会は滞りなく進み、やがて――
「では、例の菓子を」
九頭見の一声で、空気が僅かに変わった。
運ばれてきたのは一つの皿に盛られた二つのケーキ。
配膳係が全員の前に並べていく。
しーんと静まり返った広間。
これまで見たことのない菓子を、皆訝し気な視線で見つめる。
(大丈夫かな……)
「ゆの、紹介してくれ」
「はい。こちらの緑のものは抹茶を使った洋風のお菓子、茶色の方は……チョコレートという材料を使った洋風のお菓子でございます」
周囲がざわつくのと裏腹に、九頭見様が皿を持ち上げ、まじまじとケーキを見つめる。
「見た目も美しいな」
「……ありがとうございます」
九頭見は興味深げにそれを見つめた後、迷いなく口に運ぶ。
場の空気が緊張で満ちる。
誰もが九頭見様の次の言葉を、固唾を呑んで見守る。
「……これは、素晴らしい」
はっきりとした声が、広間に響いた。
「口当たりが良い。甘味も上品だ……このようなもの、初めて食べた」
そう言いながら、どんどん匙を進めていく。
しかし、それとは対照的に他の者達はなかなか手を付けない。
(やっぱり……)
――無理もない。
見たことのない代物。
そして、得体の知れない人間が作ったもの。
「遠慮はいらぬ。本当に美味い。皆の者、食べてみよ」
九頭見様の言葉に促され、ようやく皆、匙を手に取る。
ゆっくりと、口へ――。
息を潜め、その様子を見守る。
小さく器の触れ合う音と、咀嚼の微かな気配だけが流れる。
(……どう、だろう……)
誰も言葉を発しない。
特に気になるのは、料理人の二人だ。
やがて、一人がぽつりと呟いた。
「何だ、これは……」
「このようなもの、食べたことがない」
「何が入っているんだ」
怪訝さを含んだ声。
それでも誰も手を止めようとはしない。
もう一口。
さらにもう一口。
(食べて、くれてる……良かった……)
次々に皆、完食していく。
胸の奥で張り詰めていたものが僅かに緩む。
「ゆの、先日食べたものとはまた異なるな」
「はい。先日は果物をベース……主に使いましたが、今回は抹茶とチョコレートを使用いたしました」
「田野上、どう思う?」
料理人らしい中年の男性が感想を求められる。
「はっ、美味にございます」
簡潔な返答。
「川幡、そなたはどうだ?」
その隣に座る、同じく料理人らしい若い男性も同じように尋ねられる。
「私も田野上料理長と同意見です」
“美味”と言ってもらえたのは嬉しい。
――でも、二人が浮かべる表情は硬くて……本心が読み取れなかった。
***
散会となり、続々と皆席を立つ。
出口で皆に頭を下げるが、その反応は微妙なものだった。
「ゆの、こちらへ」
「……はい!」
九頭見様の声に振り返ると、そこには先程の料理人二名が残っていた。
「――そういうわけで、これからはゆのに菓子を担当してもらうことになった。台所は異なるが、材料を共用したり、宴会準備などで協力してもらうこともあるだろう。川幡、特にそなたはこれまで菓子担当だった身として、必要事項をゆのに伝えてくれ」
「……承知いたしました」
「私も行かねばならない。皆、頼んだぞ」
「はっ」
「はい」
***
九頭見様が離席し、大広間に三人取り残される。
(改めてちゃんと挨拶しないと……)
「ゆのと申します。よろしくお願いいたします」
「ああ」
――が、その後の会話が続かない。
「……宴席は、どの位の頻度であるのですか?」
「川幡、あとでゆの殿に今月の予定表を渡すように」
「承知いたしました」
「……」
再び沈黙が流れる。
「先程のお菓子は、お客様に喜んでもらえるでしょうか?」
「……人による」
「!!」
ぶっきらぼうに言い放たれた川幡の言葉に、返す言葉を失う。
「こ、これまでどのようなものを出していたかなど、教えていただけますか? お客様ごとの好みも把握――」
「その必要はない。九頭見様が良しとされれば、私としては何も言うことはない」
「川幡、それは言い過ぎだ」
料理長の田野上が、川幡を諫める。
「……先程、この者は我々が作った膳を、無理やりお茶で流し込んでいたんですよ。無礼にも程がある」
「えっ……?」
一瞬何のことか分からず、ぽかんとしてしまう。
(……あっ、もしかして緊張し過ぎてお茶ばっかり飲んじゃってた――)
「違います! 緊張して喉が渇いてしまって……すみません」
「……要は大して美味くはなかったということだ」
川幡の目が鋭くこちらを睨む。
「そんなことありません! 気分を害してしまったなら謝ります」
「言い訳無用」
それだけ言い残すと、川幡は無言で立ち上がり行ってしまう。
田野上も短く“よろしく”とだけ言うと、川幡の後を追うように去ってしまった。
(そんなつもりじゃ、なかったのに……)




