第二十一話 最後の夜
あれから九頭見邸に新たな窯が設えられた。
各務様が作ってくれた”各務式オーブン“の要である壺も、もちろん持っていく。
その他、コッコも一緒に連れていくことが許可された。
専属の菓子職人として、専用のキッチンまで用意された。
部屋も、料理長と同等のものが与えられるらしい。
「……」
竹串を束ねて作った泡立て器を静かに置く。
(菓子屋への定期的な納品もこれで終わりか……)
各務様の実家で作る最後のケーキ生地。
明日には九頭見邸に移動し、それからしばらくは九頭見邸専属の菓子職人として働くことになる。
(名残惜しいな……)
すっかり使い慣れた台所。
「……」
部屋も。
土間も。
縁側も。
この家の全てが、思い出になってしまうなんて……。
***
”本当か、ゆの“
九頭見様の目がパッと輝く。
直接、私から返事が聞きたいとのことで、九頭見邸に再び赴き、専属の菓子職人として働かせてもらいたいと伝える。
“はい。返事が遅くなってしまい申し訳ございません”
“それだけ、しっかりと悩んだ上で決断してくれたということだろう”
隣には各務様も控えている。
“宗真、そなたも時々顔を出すように。ゆのの要望はできる限り飲みたい”
“はっ”
「……」
各務様のご両親の仕事場に向かう。
(ここも最後か……。)
各務式オーブンを入れた窯の目の前に屈み、薪をくべる。
生まれたばかりの炎の揺らめきが、ゆっくりとこれまでの記憶を呼び起こす。
(各務様には、本当にたくさん助けてもらったな……)
異世界に来てから、どんな時もいてくれた。
困った時も、嬉しい時も――必ず。
ここに来てからのことが、浮かんでは消えていく。
(これから各務様がいなくてやっていけるかな……)
あまりにその存在が大きすぎて、いないことの想像がつかない。
(それでも……やるしかない)
火を見つめていると、ふと扉が開く。
「……湯呑」
「各務様! お疲れ様です」
「上手くいきそうか?」
「はい」
隣に各務様も屈む。
「最後だ、と思っているのか?」
「……はい」
「……別に、最後にする必要はない」
「へっ?」
喉の奥から変な声が出る。
「す、すみません」
「俺のせいだからな……俺がどうにか……」
「……」
呟くような声。
横顔を見つめるが、その視線は火を見つめたままだった。
「……不安だよな」
パチパチと規則的に音を立てる火が、本音を口走らせる。
「……さっき、ここに来てからのこと思い出していました。いつでも各務様がいてくださったなって」
そこで一息止める。
「なので不安です、すごく」
各務様の視線が、言い切った私の横顔を見つめる。
「でも……頑張ります」
「そうか……」
各務様が、追加で薪をくべる。
「……外出が禁じられるわけではない。落ち着いたらまたあの温泉にでも行こう」
「はい!」
優しさが嬉しい。
なのに今は――この優しさが痛い。
***
焼き上がったケーキを各務様に預ける。
「よろしくお願いします」
「ああ」
その背中を見送った後、再びケーキ作りに取りかかる。
今度はお客様のためでなく、各務様のために。
仕事が終わったら、最後の売上金を持ってきてくれる約束だ。
その時に食べてもらいたい。
元いた場所とここの日にちが完全に一致しているかは分からない。
でも季節は合っている。
もし、現世と同じだとすれば、今日は十二月二十五日。
おのずと作るものは決まっていた。
クリスマスケーキ。
九頭見様からもらった材料の残り全てを使う。
足りない材料もある。
それでもこれまでの感謝の気持ちを込めて……。
***
戸を叩く音がしたのは、完全に日が落ちた頃。
「各務様!」
この出迎えもラストだ。
「……良い匂いがするな」
「はい、ケーキを作りました。召し上がりませんか?」
「ああ」
戸を閉めようとして気付く。
「雪……」
「ああ、ついさっきから少し降り始めたみたいだ」
(ホワイトクリスマス……)
クリスマスなんて、もちろんこの時代の各務様は知らないだろうけど。
緊張しながら、各務様の元にケーキを運ぶ。
生クリームとイチゴをふんだんに盛り付けたクリスマスケーキ。
「綺麗だな」
目の前でカットして皿に盛りつける。
「どうぞ」
「ああ、いただく」
二人で静かにケーキを口に運ぶ。
「……本当に美味いな」
「ありがとうございます」
縁側に座って、小雪の舞う外を眺める。
ただただ静かで音のない世界。
「湯呑、メリークリスマス」
「え!?」
まさかの言葉に固まってしまう。
「……このケーキは、そのためのものだろう?」
「どうしてクリスマスを知っているんですか!?」
「外国の資料を読むこともあるからな」
(そういえば、本名の“夢乃”の漢字を伝えた時にドリームって言葉知ってたよね……)
“ドリームの夢か……”
“えっ……英語、知ってるんですか?”
“ああ、少しな”
「……各務様、メリークリスマス」
お互い顔を見合わせて微笑む。
月明かりと行燈の僅かな光の中で、最後の夜が静かに更けていく。
――けれど、同じ夜はもう来ない。
粉雪がその静かな夜を優しく包み込んだ。
それはまるで永遠のようで……不思議と終わりではない気がしていた。
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