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第十八話 守るため


「宗真」

「はっ」

「堅苦しい席ではない」

「はっ」


再び九頭見邸の私邸に招かれ、酒を酌み交わしていた。


今宵は一人、隣に湯呑はいない。

目の前には九頭見様。


一対一で飲むことなど初めてだ。

緊張しないはずがない。


「ゆのは元気にしているか?」

「はっ」

「……そう緊張していては、酒も美味くないだろう」

「はい」


緊張を解くために酒を口にする。


「ゆのからの返事はまだか?」

「……はい、申し訳ございません」

「そうか……」


月明かりに、酒を酌む二人の影が映し出される。


「宗真」

「はい」

「大袈裟でなく、あの者の作った菓子は国宝ものだ」

「え……」

「宗真もそう思うだろう?」


穏やかな語り口だが、その目は真剣そのものだった。


「……」

「国を挙げて守らねばならぬ――そうは思わないか?」



***



(国宝もの、か……)


馬に揺られ、九頭見邸が遠ざかる。


あの時の眼差しが、脳裏に焼き付いて離れない。



“国を挙げて守らねばならぬ――そうは思わないか?”


その言葉に、胸の奥を掴まれたような感覚が走る。


“……確かに、あの菓子は他に類を見ません”


ようやく返した言葉に、九頭見様は静かに頷いた。


“ゆのは菓子を作る時、幸せそうか?”

“……はい、とても”

“ならば尚更だ”


間髪を入れないその一言に、思わず顔を上げる。


“あの才が埋もれるのは、あまりに惜しい”

“……”

“ゆのの返事を急かすつもりはない”


穏やかな声色とは裏腹に、瞳の奥には確かな意思が宿っている。


“だが、いずれ決めねばならぬ時が来る”

“……はい”

“ゆのが最善の道を選べるよう――そなたが導いてやってくれ”



九頭見様の言葉が、胸の奥に重く沈む。


(……湯呑にとって最善の道……)



“分かりません。自分がどうしたいのか、まだ……”


本心を聞いた時、そう答えた湯呑。


九頭見邸という最高の環境の中で、大好きなお菓子作りに専念できる。

それでも、自分がどうしたいのか分からないということは――


(それは……やはり元いた場所に戻りたい、ということだろうな)


あの言葉を耳にした瞬間、湯呑を元いた場所に帰したい。

いや、帰すべきだ。

本能的に思った。



***



提灯を灯した見回りの馬隊が、前方からやってくる。


「各務様、お疲れ様です」

「ああ、ご苦労」


馬上で会話を交わし、馬隊とすれ違う。


「……各務司長」


最後尾にいた男が不意に呼び止め、帽子の(つば)を上げる。


「!」


藪内だ。

動揺を隠し、冷静な声で返す。


「……どうした?」

「今日はあの女性と一緒ではないのですね」

「……ああ」

「遠戚、と偽ったあの女性と」

「!」


馬上で視線が絡む。


「……僭越(せんえつ)ながら調べさせていただきました」


その一言に、背筋に冷たいものが走る。


「出自も戸籍も。しかし――該当する方は見つかりませんでした」


淡々と告げられる言葉。


「……何が言いたい」


低く問うその言葉に、藪内は僅かに口元を緩めた。


「いえ。ただ、事実をお伝えしたまでです――ただ残念です」


そこまで言って、藪内が各務の耳元に口を寄せる。


「各務司長ほどの御方が、まさか虚偽を口にされるとは思っておりませんでしたゆえ」


冷静を装って問い返す。


「……それで?」


「藪内様!」


馬隊の後方にいた者が、藪内を呼ぶ。


「……失礼いたします」



馬隊に戻った藪内の後ろ姿に視線を向ける。


「……」



***



昨年――。


治安司から大抜擢され、治安司長の座に就いた。


これほどの短期間で治安司長になった例は、過去に一度もない。

陶器職人だった自分が治安司長になるなど、自分も含め、誰もが微塵も予想していなかった。


任命されたその日。

治安司長の部屋から、聞こえた声――。


“どうしてあのような毛色の分からない者を次期司長にされるのですか!? 優秀であることは否定しません。だが、経験も浅く、若すぎる。そのような大役、到底務まるとは思いません!”

“……私の采配に不服とでも?”

“そうではございません! ただ、私は長年、次期治安司長の候補と言われてまいりました。その心づもりもしてきたつもりです。それをお忘れですか?”

“……藪内、そなたはあくまで候補の一人だ”


「……」


その場を静かに後にする。


それから事あるごとに、突っかかってくる存在ではあった。


(だが、最近になって急にどうして――)


湯呑の出自を調べ、先日は両親の失踪事件の資料を手にしていた。


(目的は何だ……?)


自分に対する嫉妬や嫌悪は構わない。

だが、無関係の湯呑を巻き添えにすることは許せない。


(元いた世界に戻すか、或いはここにいる間は――)



“ゆのが最善の道を選べるよう――そなたが導いてやってくれ”



その唇は強く結ばれていた。




※毎週水曜・日曜を目安に投稿してまいります※


お読みいただき、またブックマークや評価をしてくださった皆さま、本当にありがとうございます。とても励みになっています。

これからも丁寧に書いてまいりますので、今後の更新も見守っていただけたら嬉しいです。


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