第十三話 理由
「湯呑は、ケーキの腕は一流だが、嘘をつくのは三流だな」
「!」
「出会った時から、ずっと――」
各務様の綺麗な瞳が、自分を真っ直ぐに射貫く。
その指が近づき、横に落ちた髪をそっと耳にかけた後、静かに背を向けられる。
「……別に、怒っているわけではない」
背を向けたままの各務の表情は窺い知れない。
(……顔は見えないけど、でも……)
「各務様」
「……」
「異世界に来てからの私、あまりに各務様に頼り過ぎです。だから生活費くらいは自分でどうにかしたいなって思って……だから、お菓子作りしようと思い立ちました」
各務様の視線が、ゆっくりとこちらに向けられる。
「それは湯呑にとって、俺が頼りないということか?」
ゆっくりと首を振る。
「そんな風に思ったことは一度もありません。逆に頼り過ぎて、各務様の負担になっていないか――」
「それはこの前言っただろう。“俺が好きでやってることだ。迷惑でないなら気にするな”と」
「……」
――聞くなら今しかない。
あの日、聞きたくても聞けなかった疑問――。
「……各務様は、どうして治安司になられたのですか?」
各務様の瞳の奥が揺れる。
「今、そのような話は――」
「温泉に連れて行ってくれた日、各務様はかつて陶器職人を目指していたことを生き生きと話してくださいました」
“俺もさっき言ったように陶器職人を目指していた。作品ができあがる過程も、完成した瞬間も、それを使う人が喜んでいる姿を見るのも幸せだった”
“もう触ることもないと思っていたが、まさかな……”
“それって、私のせいで……”
“そうではない。湯呑のおかげで……楽しめた”
(その時、自分と同じだって思った)
「――きっと、各務様は今でも陶器作りが好きなんだなって」
「!」
「だから、どうして三年前、治安司の仕事を選ばれたのか気になっていました」
「……」
「ご両親の仕事場と作品を見せてもらって、どうしてこんなに素敵な食器をご自宅で使わないのか尋ねた時、明らかに各務様の表情が変わりました。もしかして、それと何か関係しているのではないですか?」
その問いに各務様が目を伏せる。
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
「……湯呑」
「はい」
「前言撤回する」
「え……?」
「湯呑は嘘をつくのは三流だが、ケーキの腕も――そして人の心を見抜く力も一流だな」
「!」
一度天井を見上げた各務様が、静かに口を開く。
「……俺が治安司になったのは、両親を探すためだ」
「えっ?」
「三年半前、両親が突然姿を消した」
衝撃的な告白に、思わず固まってしまう。
「行方不明、ということですか?」
「ああ」
「しばらくは治安方で探してもらったが、手掛かりがないまま捜索は打ち切り。だから自ら治安司になった」
「!」
「だが、情けないことに未だに何も掴めていない。三年以上も前のことだ。生きているかどうかさえ――」
こんなに自信のなさそうな言葉を聞くのは初めてだった。
消え入るような声で呟く各務様に、できるだけ明るい声で伝える。
「私、異世界に来てから、各務様にたくさん助けてもらいました」
「……」
「だから今度は、私が各務様を応援させてください」
さっきより長い沈黙が続く。
「……ありがとう」
柔らかな微笑みが向けられる。
「……湯呑」
「はい」
「顔なじみの菓子店がある。そこに湯呑が今日作ったケーキを置いてもらおう」
「えっ?」
「また私のことばかり、という顔だな」
「はい、だって――」
「こんなに美味いもの、俺だけが独占するのはもったいない」
少し視線を逸らした各務様が、言葉を続ける。
「さっき湯呑が言ってただろう」
「……?」
「俺のことを応援するって」
「はい」
「それと同じだ」
「あ、ありがとうございます!」
***
各務様が仕事に戻られた後、先程作ったケーキをもう一切れ食べてみる。
黒糖のコクに、蜜柑の軽やかな酸味が重なって美味しい。
何より、オーブンで焼いたならではの香ばしさが最高だ。
(でも、どうやって販売しよう……)
グラシンやガセットのようなケーキ用包材がこの時代にあるはずがない。
(……あ、これにのせて販売したらどうかな?)
各務様が町で買ってきてくれた白いお皿。
淡い茶色の生地と蜜柑が、白い皿によく映える。
(うん、良い感じ♪)
***
しばらくして各務様が訪ねてくる。
「例の菓子店に置かせてもらえることになった。湯呑、ケーキの用意はできたか?」
「はい!」
台所に入ってきた各務様に、カットしたケーキと皿を見せる。
「このお皿にのせて販売しようと思うんですが、どうでしょうか?」
「ああ、ケーキが映えるな。十分だ」
各務様が手際よく皿を重ね、蓋付きの小鍋にケーキを入れて風呂敷で包む。
「ありがとうございます!」
「売れるといいな。明日になると思うが、また報告しにくる」
「各務様!」
「どうした?」
「良かったら……」
ケーキの残りを差し出す。
「ちょうど小腹が空いていた。ここで食べていって良いか?」
「もちろんです。お茶を淹れます」
***
――結局、縁側で一緒にケーキを食べている。
視線の先では、コッコがまた元気よく走り回っている。
「……やはり美味いな」
その一言に、胸の奥がふわりと軽くなる。
「この時代で通用するか心配ですが、各務様にそう言っていただけるなら」
「おそらく見た目で驚かれ、食べてまた驚かれる。こんなに珍しく美味い甘味は他にはない。俺が保証する」
力強い言葉に、つい嬉しくなる。
「はい!」
このケーキが、誰かの手に渡る。
全然知らない時代の誰かの手に。
(すごく不思議な気分。でも、楽しみだな……)
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