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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十三踏 ≪蛇の島≫
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98. 小さき者、巨大を前に怯むことなかれ

『さあポトリーグ、鉄のうつわを捨てるのだ。そして選びなさい。≪あわいを越えてきた者≫として、わたしのしもべになるか? あるいは悩みなき温かな死の中へ、生まれ変わる来世へと送ってやろうか??』



 くはあっ……。


 言いつつ蛇の王は、その巨大な口をとうとう縦に広げた。


 生温かい息が風のように吹きつけて、ポトリーグの黒い巻き毛を揺らす。


 ポトリーグは腰をかがめ――ゆっくりと、鉄鍋を舟底におろした。



『ちょっと、……ポトリーグ!?』



 うずがぎょっとして、ひげを震わせる。



『だめよっ、やつの言うことなんか――』



 るるとんが悲鳴に近い声をあげかけた、その時。



 と、すッ。


 立ち上がりざま、ポトリーグは何かを素早く宙に放り投げた。


 それを、すこ――――んっっっ!


 両腕に構えたとねりこカモーンの一閃、腰を切って思い切り・ぶっ叩いた――撃った!!


 びしッ。



『え』



 蛇の王は、一瞬まぬけな声を出した。


 何が起こったのかわからない……。目の前にいる小さな人間の子どもが、棒切れを振ったように見えたが。攻撃をしかけてきた、とも思えなかった。


 だからとりあえず、ぱちぱちとまばたきをするべく……あれっ??



いだっ、……いたたたたたたぁッッ』



 その目が……。右の眼が閉まらない、と言うか強烈にいたいっっ!!



「おいこら、シルワ・ケルヌア。お前いろいろ知ったかぶりしてっけど、ダビデの話は知らねえんだろがッッ」


『なッッ……』



 蛇の王は驚いた。予想してもみなかった、こんなちっぽけな存在が、まさか自分に歯向かってくるなどと!?


 ポトリーグが自分に従うか、食われるか、それ以外の行動を選ぶと全く思っていなかった蛇の王は、激高した。



『おまええええ――』



 びしッ!!


 すると左眼にも、かすかな衝撃が走った。永遠を生きる蛇の王シルワ・ケルヌアは、愕然とする。


 両眼がしまらなくなってしまった……。まぶたを閉じようとすれば、そこからじんじんと激痛が目に身体にはしる! ……まばたきが、できない!?



「見たか、俺の制球力!! 涙目むいて、かかってきやがれ! ごるぁッ」



 とねりこカモーンをびしっと突きつけ、ポトリーグはどや顔でどなった。



「自分よか小っせえやつが、全部いいなりになると思うんじゃねえッ」



 蛇の王シルワ・ケルヌアの、眼とまぶたの間のわずかな隙間に、ポトリーグはとねりこ杖でほたて殻を撃ち込んだのである。


 あざらし姉弟の大おばがくれた、聖ヤコブ貝の大きな殻を!!


 きしゃあああああッッ!


 蛇の王は怒り狂い、たけった。そうして野生の怒りに引きつられるまま、目の前のちっぽけな人間を乗り物ごと、ひとのみにする気で口を開く。食いつきかける。


 じゅああああ――――ッッッ!!


 蛇の唇の先から、息ではない白いけむりが噴き出した。


 鉄鍋を頭にかぶって小舟にふんばったポトリーグ、その珍妙なかぶとに、シルワ・ケルヌアが触れた瞬間。


 太古の蛇の王の口先は、赤くなって焼けただれていった。


 閉じることのできない双眸に、涙の膜がにじむ。その痛みの向こうにシルワ・ケルヌアは、思いだしていた。これは二度目だ。


 百年の昔、蛇に同じ痛みを与えて故郷から追い出した人間の男の姿が、はっきりと脳裏に思い浮かぶ。



――この私、ポドリーグが命じる。よこしまなる支配者のお前は、この島から去れ!!


『ぎゃあああああ、ああ――ッッッ』



 外側そして内側から身体に襲いかかる、強烈な痛み。シルワ・ケルヌアは耐えられず、ぐいっと首をのけぞらせた。


 しかし目を……。痛む両眼を、とじることができない!!


 ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃああああああ!!


 ようやく癒えてきた古傷をぱっくりとこじ開けられて、シルワ・ケルヌアは身も心も千々ちぢに引きちぎられる思いでいる。


 ば、っしゃ――ん!!


 苛立ちまぎれ、小賢こざかしいちっぽけな人間・・のいる辺りを乱暴てきとうに尾の先で一打撃した後、ずぶずぶと海中へ沈んでいった。



『あの男! ≪ポドリーグ≫という名の、あの人間! わたし達を追い出した、あの男の威光なんざ、永遠に続くものか。あの緑の島にもいずれ人間がみち満ちて、たがいに喰いあいを始めるのだ! そこを追い出される人間どもこそ、≪氷の海≫でみこごえて死ぬがいい。滅びよ人間、滅びよヒベルニア! 滅びよ、いとおしきエリウの地! ≪ポドリーグ≫とその眷属に、矮小なるポトリーグに! 呪いあれぇぇぇぇぇ』



 耳に入れた者がそのまま吐きたくなるような、おぞましい呪詛を水中に叫びながら、蛇の王は深みに消えていった。巨体が海を引きつらせ、そこに渦が発生する。


 暗い混沌へ、死の淵へ、ポトリーグの黒い皮の小舟カラハを引き込もうとする、その強力な流れ。


 それに力の限りあらがって、湾の外へと向かうのは――――自らもその名にうずをもつ、弟あざらし。


 うず雄だった。



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