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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十三踏 ≪蛇の島≫
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93/101

93. 敵のねじろのまっ只中へ

 ・ ・ ・ ・ ・


 その島は、薄闇の中に忽然と現れた。



「……?!」



 南方はるか彼方の水平線が、ぼんやりと明るいのはなぜなのか。


 小舟カラハの脇を泳ぐ≪知恵の鮭≫の白銀の輝き、空から降る星のにぶい明るさとも違うその光に、ポトリーグはいびつさ・・・・を感じていたが……。


 とにかく、その手前にそそり立つ島影が、今はっきりと一行の前に姿をあらわしたのである。蛇たちの棲まうねじろの島……≪蛇の島≫!!



『――いいわね、皆? あいつらを奇襲できる機会は、一度こっきり。そして絶対に、深入りして内陸に行ってはだめよッ』


「ああ、るるっち」


『うん』



 ポトリーグは小舟の帆をたたみ、うずとるるとんは水面に頭を出して、ほとんど音をたてずに泳いでいた。


 目的地を前に進む速度を落とし、浅くなった小湾を慎重に入ってゆくのは、ポトリーグたちだけではない。


 前を行く蛇たちの群れが、ポトリーグがしっかり目視できるまでに近づいている。


 うねうねと寄り集まり重なりあって、蛇どもは海面すれすれのところを移動しているのだ。


 そのおぞましい黒いまゆの中に、てかてか星明りを照り返す大きな生きものがとらわれているのも、よくわかる。



『ああーん。うわああん、あああん。おかあちゃーん、おじいちゃーん』



 浮き沈みする生きた蛇どもの籠の中から、泣きじゃくる仔かいぎゅう・ねねぐいのあわれな声が時々もれた。


 それはポトリーグの耳に、あざらし姉弟のもとに届いて、しっかりと彼らを導き続けている。



『ああーん、ああん!! たすけてようー! 怖いようー』



――こらえろよ、ねねっち! あと、ほんのちょっとの我慢だかんな!?



 ねね風に声をかけて、安心させてやりたい。それをぐっとこらえて、ポトリーグ達は蛇の群れを追ってゆく。


 やがて広い浜が見えてきた。……浜、なのだろうか?



『六角石柱だたみの≪海の下の道≫が陸に続いて、そのまま浅瀬になり岩棚になっとる。蛇どももそのまま乗り上げるだろうし、お前らもそうして大丈夫だ。行け』



 耳元にまた、光る鮭のささやき声がはっきりと聞こえてくる。


 ばしゃ、ばしゃばしゃ……。


 前方で水しぶきの立つ、激しい音があがった。とうとう蛇どもが、ねね風を地上に引き上げるところだ!


 黒くもぞつく蛇どものかたまりに舳先へさきを向けて、ポトリーグはぐいっとかいを押しだす。


 ずううーっ、と波に乗って進んだ小舟から、ばっしゃん!!


 跳び下りた。


 ひざのあたりまでの水、その下はやはり硬い石だたみ。



「おらぁーっっっ」



 走り寄りつつポトリーグは、思いっきり後ろから振りかぶった鉄鍋を、黒いかたまりに振り下ろした!


 どばあっ!!


 その鍋の一撃が触れたとたん、うねる蛇たちが宙にはじけ飛ぶ。


 ぶおんっっ!!


 互いにぴったりと絡み合っていた蛇たちの集まりがほどけ、黒い群れは大きく膨張したかのように見えた。


 そこへすかさず、割り込んで来たあざらし姉弟が、左右から貫禄の体当たりを入れる。ぶぁっっしーん!!



 蛇たちは文字通り吹き飛ばされ、べしゃばしゃと周りの水に落ちた。



「離れねえか、てめえらッッ」



 がふッ、べしッッ!!


 もりっとしたねね風の背中をよけて、ポトリーグはいまだ仔かいぎゅうの身体を拘束している蛇たちのかたまりに、鉄鍋の打撃を加えていった。



『おんどりゃあああッッ』



 がふうッ、ものすごい勢いでるる波が、ねね風の尾びれの方に突進してゆく。べり、ばりーっと何かの叩き割れるような音がした。


 きしゃああああッ!


 るる波の牙に首を貫かれ、そのまま引っぺがされたのは、ポトリーグの太ももくらいもありそうな、ぶっとい蛇である。


 いつか、≪かたばみ四つ子島≫の洞窟でやっつけたやつと同じくらいでかい蛇が、ねね風のさかな型尾びれにぐるぐる絡まって、動きを封じていたのだ。


 ずしゃっっ!


 そいつの頭めがけて、ポトリーグは鍋底を叩き落とす。


 だらりとなった大蛇の身体をすばやく押しのけて、るる波は仔かいぎゅうに呼びかけた。



『ねねちゃん! さあ、海に戻って泳ぐのよッ』


『るるちゃぁーん!!』



 しかしねね風は、びたびたと身体をもぞつかせるばかり。



「ああ、くそッ。水が浅すぎんだっ」



 しゃあああっ、とそろって鎌首をもたげたやつらを、まとめてとねりこカモーンでなぎ払いながら、ポトリーグは歯ぎしりする。


 あざらし達と違い、かいぎゅうは陸では這うことすらできない!



『大丈夫なのん、ねねちゃん。ぐるっと寝返り、うつんだよう』



 一度は離れた蛇どもの群れが、またじわじわと集まりかけてこちらに向かっている……!! ポトリーグが焦りかけた時、うず雄の優しい声がはっきりと響いた。



『うずちゃあん!? たすけてぇえ』


『がんばれねねちゃん、そら行くよう』



 まとわりついてくる小さな蛇を頭でぶんぶん振り払いながら、うず雄は自分の倍以上ある巨大な仔かいぎゅうの脇腹にくっつく。その胴体と石だたみの間に、ぐうっと頭を突っ込んだ。



『ぐるーっと行くのん! ねねちゃーん!!』


『うわあああん!!』



 仔かいぎゅうは、必死に身体をひねりかける。



「その調子だ、ねねっち! ごろごろ行けっ」



 ポトリーグもうず雄の脇、ねね風の胴体に背中を押し当て、両脚でぐぐうと踏ん張る! ねね風を海に向かって押し出す。



『がんばれ、ねねちゃーん!!』



 そのポトリーグの隣に、ばしゃぶしゃ突進してきたるる波が、ずどーん! ゆるく追突した。


 ど・すーん!!


 ごろごろごろん、ばっしゃーん、と派手に水しぶきを上げて、ねね風は必死に転がって行った。その巨体が、水の中に沈む。



『ようっし、ねねちゃんは海の中に戻ったわ!』


「おっしゃああああっ。皆、ずらかれーっっっ」



 ポトリーグは走って行って、浜側の岩だたみに乗り上げていた小舟をひっつかむ。海の方へ向かって押し出す、とび乗る、波にった!



『ポトリーグ! わっか、よこすのんッ』



 すぐ脇を泳ぎ出したうず雄の首に、舳先へさきにつないだ縄の端の環を素早く引っかける。ポトリーグは白樫のかいで、思いっきり水を押した。沖へ!!



「るるっち! ねねっちは水ん中で、大丈夫か!?」


『ええ、泳げているわ! ねねちゃん、そのまんま進むのよッ』


『かいぎゅう達の群れも、じきに追いつく。湾を出て、合流しろ!』



 光る鮭が励ますように言った言葉が、ポトリーグの耳に近く聞こえたその時だった。



『まあ、待て』



 ぶるっと腹底に響いてくる、つめたい声があった。


 ぬ、う――……。


 ≪海の下の道≫の終着点である、蛇の島の東側小湾。ポトリーグとあざらし姉弟は、そこの半ばにいる。穏やかだった海に、異様な大波が盛り上がった。


 ざあ――……!!!


 大波と見えたものは――蛇。


 波がしだいに形をとり、悪夢としか思えないような大きさの蛇が、いま一行の眼前に出現したのであった。



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