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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十二踏 ≪かいぎゅう島≫
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91/101

91. いよいよ最後の航海を前に

 ポトリーグとうず、るるとんの一行は、おさかいぎゅうの宮を後にする。


 海の方へと続く長い通路を戻り、そしてそこからあざらし姉弟は、かいぎゅうたちのいる浅瀬の湾に向けて潜水した。


 うず雄の背中にしがみついていたポトリーグは、あのすさまじい海水との衝突に備え、身構えていたのだが……。


 今回は思いっきり短い間に済んでしまって、うず雄はぷかっと海上に出た!



「ええっ、もう!? やったら早くねえか、うずっち!」



 胸が苦しくなる前に夜空の下に出られて、ポトリーグは嬉しいよりもびっくりした。



『何でも、帰りのほうが短く感じたりするものよ~』



 るる波は脇で優しく言ったが、……本当のところは言わない。案内役のおじいちゃんかいぎゅうに続いて往路を行った時、あざらし姉弟はだいぶちんたら・・・・泳いでいたのである。彼らの水準では相当にとろかったのだ。


 道順を知った今、最短の距離をさらにひげ察知した最適水流にのせて、がつんとぶっ飛ばした。よってポトリーグがほんの一瞬と思う間に、帰ってくることができたのである!



「えー? でもよう、るるっち。俺は≪黒き島々≫に来た時のほうが、だんぜん速かったんだぞ~??」


『あー、そうだったのん』



 水面に顔を出したまま、するすると浜辺に向かいながらうず雄が相槌を打つ。



「ヒベルニアに帰る道の方が、長えなげえー」



 昏い夜空には、星々が淡く白く輝いている……。そこにまじるポトリーグとあざらし姉弟の息も、しろい。



 ・ ・ ・



 熾火おきびに残しておいた焚き火を再び燃え立たせ、ポトリーグは暖を取った。



「はー、毛織りの修道衣がぬくーい。あんちくしょう~」



 浅瀬の湾のほうは、しんと静まっている。かいぎゅう達の声は聞こえなかった。こんぶ林にくるまって、すでに眠ってしまったのだろうか。


 そのかいぎゅう達のけはいに気を配りつつ、るる波がそうっと言った。



『……何としてでも避けるべき道が、しっかりとわかったわね。明日の朝、早くにここをって、全力で南へ向かいましょう』



 とにかく、≪氷の海≫へ。危険な障壁、すなわち蛇たちさえ避けられれば、そこへ到達できる。



「帰るついでの蛇退治ってのは、やっぱなしか」



 ポトリーグは明るく言ったつもりだったが、るる波はかたい口調で答えた。



『だめだめ。かいぎゅうの長さまに会ったのは、あなたの安全を最優先したからでしょうが。ここまで来て、殴り込みだなんて……。大事なポトリーグに、危ないことは絶対にさせないわよ』


『のん!』



 うず雄も、きっぱりと否定する。



「……わかってるって。もう……、言ってみただけだしよー」



 あざらし姉弟の反発に、ポトリーグは首をすくめて下を向いた。箱入り末っ子あつかいされたことへの、照れを隠している。



『お天気は、しばらく持ちそうだし。それにかいぎゅう達よりも、わたし達はずっと速く進むことができるから……』



 長かいぎゅうが話の中で示した距離感を、るる波はちゃんと憶えていた。


 蛇たちのねじろの島までは、衰えた老かいぎゅうが泳いで半日弱。≪氷の海≫はそのすぐ後ろにあるらしいから、ポトリーグとあざらし姉弟がとばせば、日の上がりきる前にそこへ到達できるはずだった。



『そこからひたすら≪氷の海≫を進めば、ポトリーグは必ずたどり着けるはずよ。……あなたの群れのいるところに!』


「うん」



 ポトリーグはるる波にうなづく。


 そうなのだ……。ブレンダン修道院長たちとの合流まで、あとほんのちょっと。


 やるべきことはやった。あとは明日の航海、その最後のふんばりに備えて早めに休んでしまおう、となる。


 冷めた水を鉄鍋から皮ぶくろに移し、各種ふくろの口をしばってポトリーグが焚き火を消しかけた……その時だった。



――きゃーっっっ!!



 かなたに悲鳴を聞いた気がして、ポトリーグはさっと顔を上げた。


 ぐるぐるッ! 地べたに横になっていたうず雄とるる波が、即座に一回転して起き上がる。



――やだやだだあ、たすけてええええ――……



『女の子の声だわッ』


『海のほう』


「ねねっちでねえのか!?」



 ポトリーグとあざらし姉弟は、耳を澄ます。ねねぐいらしき悲鳴は、それっきり途絶える。


 不気味な沈黙が一拍、二拍、三拍……。



 ぐおおおおお!!


 むぅおおおお!!


 ぶぅああああ!!


 ポトリーグたちの夜営地の正面、浅瀬の一帯から低い鳴き声が一斉に吹き上がる。


 ぎゃあーっっっ……


 それに呼応するように、内陸側からは鳥たちの叫びがするどく上がった。



「どうしたんだぁ、かいぎゅうの皆ぁーっっ!?」



 少し高くなっていた脇の岩棚にひょいと乗って、ポトリーグは海に呼びかけてみた。



『たすけて、助けてーーっっ。誰かあああ』



 ぐおお、ぶおお、と低く響き続ける鳴き声の合間をぬって、ポトリーグは女性の声を聞き取った。



「行ってみよう、うずっちるるっち!」



 鉄鍋ととねりこカモーンをひっつかみ、ひっくり返してあった小舟カラハをかつぎ上げて、ポトリーグは海の方へ駆け出した。


 うねうねっと身体をたゆませそれに続きかけて、うず雄は姉がそこに立ち尽くしているのに気づく。



『るるちゃん?』


『……ごめん。いやな予感しかしないわ』



 姉あざらしは下を向いて、頭を振ったらしい。


 ひげをしゃらしゃら揺らしてから、るる波は弟とともに勢いよく這い始めた。……




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