89. ≪海の下の道≫の秘密
『光ってしゃべるしゃけ、だなんて……。お鮭が好き過ぎて、どうかしちゃったのかしら。わたし』
『のん、るるちゃん。自分にもしゃけ声、聞こえるど』
「そうだ、るるっちが変になったわけじゃねぇ。鮭、光ってるしよ」
『まばゆく輝く、お鮭……』
『……まぁるるちゃんは、別の意味でしゃけ過ぎるけど』
もそもそと言い合うポトリーグとあざらし姉弟をよそに、摩訶不思議なる鮭は銀の身体を水面すれすれに光らせた。ちょいと頭を出しつつ、長かいぎゅうのそばを泳いでいる。
『良かったな? うまい具合に、かいぎゅう≪海の下の道≫のことから話がずれたぞ。秘密は謎のまま忘れ去られ、記憶の片隅に埋もれる』
長かいぎゅうに向かって言った鮭の言葉を、しかしポトリーグはちゃんと聞き取っていた。
「そこ、忘れてないって。どういうことなんだ? でもってお鮭は、長じいちゃんの友達なのか?」
『そうだ、人間の子ポトリーグ。お前は小っさい俺を食わずに、放流しなおした。持続可能な生態資源を見据えて行動できる偉いやつだから、これから話す色々も、ちゃんと受け止められるであろう』
「いや全然わかんねぇし??」
鮭は何やらポトリーグを、見知ったもののように話しているが……?
『うん。俺たちはな、食い食われてまたぐるぐる世界に戻ってくる、っちゅう話だ。俺もそうだしかいぎゅう達もそう。そしてここいら一帯では、特にそれが顕著なのであーる。六角石柱の敷かれた≪海の下の道≫が、道しるべになっている分な』
「……??」
『まだわからんか。あのな、昨日の日暮れ前。お前は≪しゃけ泉島≫の泉で、鍋に小魚つかまえたろうが? ポトリーグよ』
「うん」
『それ、俺』
うず雄、ポトリーグ、るる波。鮭の話を聞く三者のお目々が、ひじょうに描きやすい点となった。いや、るる波がすぐに元通りにきりっと戻る。
『知らなかったわ……! しゃけって、育つの速いのね? 安心してたべられる……』
『ちがう。俺だけ特別なんだよ。でもあの泉でポトリーグに放してもらえたからこそ、俺は二つの島の間にある地下水路をたどって、ここ≪かいぎゅう島≫へ戻ってこられた。そうして長年の親友である、長かいぎゅうの話を補佐することができている』
『説明するより、ややこしくしてるだけって気がするのんですけど……。それで、蛇とかいぎゅうってどう関係してるのん?』
のんびりもっさり口調ながら、うず雄がするどく核心の問いを放った。ポトリーグは黙って、うず雄のひげをにぎる。いいぞ、うずっち!
長かいぎゅうが、ゆっくりとうなづいたらしい。
『うむ。蛇がかいぎゅうを襲わない、ということは知っているね?』
「ああ、水ん中では狩りができないからだろ?」
『……もちろんそれもあるがね、ポトリーグや。≪やって来た者≫どうし、私と蛇の王の間には、盟約があるからなのだよ』
「めいやく??」
『死期をさとった老かいぎゅうは、ひとりで旅に出る。私がその旅路の、道を教えるのだ……。六角石柱の≪海の下の道≫をここから半日、南へたどるように、と』
静かに言った長かいぎゅうの顔を、ポトリーグとうず雄、るる波は凝視した。
『ちょっと待って……長さま。それじゃ、そのかいぎゅうは……』
『そう。旅路の果てで、蛇の王にのまれる』
「は??」
ポトリーグの頭は、混乱してきた。
『何それ……。じゃあかいぎゅうは皆、蛇に食われに行くのん??』
少々取り乱したのは、うず雄も同じらしい。震える声で、長かいぎゅうに聞き返している。
『もちろん、その最期を拒むかいぎゅうも時々いる。家族たちに囲まれ看取られて、海の藻屑に散ってゆくことを望むなら、私はそれを認めている。しかし大方のかいぎゅうは、楽しかった生のしめくくりを未来への糧としておさめるために、≪蛇の島≫に向かうんだ』
蛇たちを統べる王は、巨大だった。その巨躯を維持するためには、一年に数頭のかいぎゅうを飲む必要がある。しかし話の通じる者どうし、蛇の王とかいぎゅうの長とはこの取り決めをすることで、お互いを生かす道を選んだのである。
すなわち、蛇の王とその眷族たちは、≪かいぎゅう島≫のかいぎゅうには一切の手出しをしない。
生きている間の平穏を保障するから、死ぬときは蛇の王のもとにきて、肉となれ――と言うことなのだ。
『もう……何百の冬と夏とを越えたかな。私たちがやってきて、蛇たちがやってきて、そして≪はじめのかいぎゅう≫が私ひとりとなった時――。蛇の王と私は話し合って、そう決めたんだ』
静かに長かいぎゅうは語る。しかしポトリーグは、聞き逃さなかった。
――何百の冬と夏??
「……長じいちゃん、何歳なんだ?」
『いくつだったかね。鮭や?』
『三百七十五歳だよ』
「……すげッ。かいぎゅうって、めっちゃ長生きなんだな」
『いいや違うよ、ポトリーグや。私たちはおよそ八十の冬を越えたあたりで、寿命を尽かすんだ。……どういうわけなのか、私にだけは一向に、その終わりが見えないと言うだけでね』
『いわゆる不死ってやつだな』
『お前もそうでないのかい、鮭や』
『いや~、俺は生まれるたんびに死んでるんだから、違うって。何回も自分に生まれ変わるってのは、不死じゃないよ』
巨大な長かいぎゅうと銀の鮭とは、ぽんぽんしゃべり合っている。いかにも仲良し、という感じだ。
『私もそうだし、この鮭やもそう。蛇たちの王も、そう。あの≪氷の海≫を越えてここへやってきたものは、身体を大きくしたり、寿命を永らえたりする。どうしてなのかは賢い鮭やにもわからないが、他の種の生きものとも話すことができるのだよ』
「うえええーっっっ?!」
これにはさすがに、ポトリーグも驚いた!
「つまり、俺なんじゃねえかよーッ!?」




