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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十二踏 ≪かいぎゅう島≫
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87/101

87. ポトリーグ、寒中海中冒険に出る

 ・ ・ ・ ・ ・


「いいな、うずっち……きっかり六十だぞ。それ以上は、ほんとに無理だ。息ができなくなって、俺死んじまう」


『めちゃめちゃ、がんばるのん』


『……それ以前でもだめだと思ったら、うずちゃんの背中を叩くのよ。いいわね、ポトリーグ?』


「おう、るるっち。でもこえぇー」


『大丈夫よ。絶対、こんなところで死なせはしないからね』



 夕闇のせまる、波打ち際。ポトリーグは毛織りの修道衣と麻地の肌着を脱いで小舟カラハの下に突っ込み、下穿したばき一丁となって、うずの背中におんぶされていた。


 お腹まわりにくぐらせた細縄は、うず雄の首につながっている。これはまさに命綱。寒さの深まる中、ポトリーグは海中を旅する羽目になってしまったのである!


 かいぎゅう達のおさはポトリーグ一行に協力的だが、自身は海上に出て来られない。よって長のみが知る蛇のすみかの秘密を教えてもらうには、ポトリーグ達がそこへ行くっきゃないのである。


 るるとん、うず雄のあざらし姉弟が代理で行くことも考えたのだが、長はポトリーグ本人に大いに興味をいだいているらしい、と取り次いだおじいちゃんかいぎゅうが伝えていた。何とかして会えないものだろうか、とも。


 さいわい、長がいる海底のお宮というのは、お水のど真ん中と言うわけではないようだ。到達できれば、そこには空気があると言う。



『ポトリーグ、がんばってねぇ!』


『あんたはいい子だから、きっと大丈夫だよ』


『のりきれるよ、ポトリーグくんなら』



 ねねぐいはじめ集まってきたかいぎゅう達が、少し先の海中から励ましてくる。



『ぬうううう。そんだけ応援されたら、俺ぁ行くっきゃねえんだあ。行くぞぉ、うずっちぃ!? っっしゃあああッッ」


『の~~ん』


『はいっ、いーちっっ』



 ばしゃ、ぶっしゃーん!!



 ポトリーグの気合とともに、うず雄は勢いよく海中へと跳びこむ。六十を数え始めたるる波が、すぐ後ろに続く。


 盛大に息を吸い込んだポトリーグは、ぎう~~とうず雄の首っ玉、および背中にしがみつく。貼りつけ、四肢よッ!!



――んぎゃああああ、|つべ(冷)った――――!!!



 ポトリーグの全身に痛みが走った。しかしそれは、冷水との接触の衝撃なのである。


 次いで、わさわさと肩や腕をなでられる感触……ああ、こんぶの林だ!


 先導するおじいちゃんかいぎゅうの後を追い、うず雄はかなりの速度でぎゅうんと水中をかき分けてゆく。



――すげえっ……。うずっち、水ん中ではこうやって進んでんだな!



 細く開けたうす目に入ってくる視界は、ぼやけまくって何がなんだかさっぱりわからない。さらに夕暮れ時である。周りはすぐに暗くなり、ポトリーグには何も見えなくなった。


 大嵐の中に立ち尽くすかのよう――。水の流れに持ってゆかれないよう、ポトリーグはひたすら胸の中の息苦しさに耐えて、うず雄の首ったまを抱きしめていた。


 そう、抱きしめていた……



――うーん。



 抱き……



――ううううーん。



 ぎゅうううう、と力に手を込める。とと、混乱していた、手に力を込めたのだ。



――今、いくつ数えた~?? つか、すでにめっちゃ苦しいぞ。無理っぽ……



 るる波は、きつかったらすぐに叩けと言ってくれてはいたが。ポトリーグは耐えた。いや~だめかもと思いつつ、とにかく我慢した。



――はやくー、早く!! どっか着いてくれえっっ!!



 水の流れはますますきつく、身体を四方からぎりぎり押されて、ポトリーグはぺしゃんこになりそうな心もちだ。そしてむちゃくちゃ、寒いッッ!!


 圧とつめたさ、そして胸の苦しさに、閉じたまぶたの奥がさらに暗くなった気がした……その次の瞬間。



 ばっしゃあああああん!!!



 炉の中の火が大きくぜるように、ポトリーグは自分自身がまるごとはじけた、と思った。


 実際には盛大なる水しぶきを上げて、うず雄と一緒に水の外にとび出したのだが。



「ぶ、は――っっっ!!!」



 震える口中に、のどに、胸の奥に空気が入ってゆく。


 げへーっ、ごふえっっ! と派手に咳き込みうめきながら、これまで見ることのなかったものの在り方を、ポトリーグは強烈に思い知る。



「空気すえるって、いいなッ」


『だいじょぶか。ポトリーグ??』


『三十七、数えただけだけど……』



 心配してくるうず雄とるる波の声が、少しくぐもって聞こえた。頭をぶいんぶいんと振って、ポトリーグはずぶ濡れの黒い巻き毛から水滴をふりとばす。



『皆さん、そのまま奥に進んで。ゆっくりどうぞ』



 おじいちゃんかいぎゅうの声が聞こえて、ポトリーグはそちらへ顔を向ける。



「あれっ。ここんちって……?」



 全くの闇ではない……うすぼんやりと明るい。そこは青白く光る壁面に囲まれた、洞穴のようなところだった。


 あまり高い天井でもないが、あたかも天蓋つきの水路のようだ。


 おじいちゃんかいぎゅうは完全に水中に潜っているが、ポトリーグを背中におぶったまま、うず雄はその長い水の廊下をすいすい飛ばして進んでゆく。


 と、その先が明るくなった。



『あっ……。広いところに出たわ!?』



 ポトリーグもうず雄も、思わずひゅうっと息を飲む。


 そこは大きくひらけた大空洞、地の中深くにできた湖なのであった。



「……」



 小さな村くらいの広さである。湖のまん中には、ぽこんと突き出た岩があって、さながら小島のようだった。その上には、何か光るものがある。


 ……光る樹。


 そこから放たれた淡い輝きが、洞窟湖の中を照らして、周囲は明るいのだった。



おささまー。ポトリーグ君とあざらしさん達を、連れてきましたよ』



 水面に頭を出した、おじいちゃんかいぎゅうが呼びかける。その声が、もわあーんとやわらかく反響していった。


 する、するするする……。波が寄せないはずの湖で、水が動く。


 小島の近くに、もうひとつ島が盛り上がってきたものだから、ポトリーグはどきりとした。



『いらっしゃい』



 低い低い声が聞こえる。


 発したのは、暗い水底から浮上したその島……。


 いいや。年古としふりてあまりにおおきな生きものの頭、であった。



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