87. ポトリーグ、寒中海中冒険に出る
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「いいな、うずっち……きっかり六十だぞ。それ以上は、ほんとに無理だ。息ができなくなって、俺死んじまう」
『めちゃめちゃ、がんばるのん』
『……それ以前でもだめだと思ったら、うずちゃんの背中を叩くのよ。いいわね、ポトリーグ?』
「おう、るるっち。でも怖ぇー」
『大丈夫よ。絶対、こんなところで死なせはしないからね』
夕闇のせまる、波打ち際。ポトリーグは毛織りの修道衣と麻地の肌着を脱いで小舟の下に突っ込み、下穿き一丁となって、うず雄の背中におんぶされていた。
お腹まわりにくぐらせた細縄は、うず雄の首につながっている。これはまさに命綱。寒さの深まる中、ポトリーグは海中を旅する羽目になってしまったのである!
かいぎゅう達の長はポトリーグ一行に協力的だが、自身は海上に出て来られない。よって長のみが知る蛇のすみかの秘密を教えてもらうには、ポトリーグ達がそこへ行くっきゃないのである。
るる波、うず雄のあざらし姉弟が代理で行くことも考えたのだが、長はポトリーグ本人に大いに興味をいだいているらしい、と取り次いだおじいちゃんかいぎゅうが伝えていた。何とかして会えないものだろうか、とも。
さいわい、長がいる海底のお宮というのは、お水のど真ん中と言うわけではないようだ。到達できれば、そこには空気があると言う。
『ポトリーグ、がんばってねぇ!』
『あんたはいい子だから、きっと大丈夫だよ』
『のりきれるよ、ポトリーグくんなら』
ねね風はじめ集まってきたかいぎゅう達が、少し先の海中から励ましてくる。
『ぬうううう。そんだけ応援されたら、俺ぁ行くっきゃねえんだあ。行くぞぉ、うずっちぃ!? っっしゃあああッッ」
『の~~ん』
『はいっ、いーちっっ』
ばしゃ、ぶっしゃーん!!
ポトリーグの気合とともに、うず雄は勢いよく海中へと跳びこむ。六十を数え始めたるる波が、すぐ後ろに続く。
盛大に息を吸い込んだポトリーグは、ぎう~~とうず雄の首っ玉、および背中にしがみつく。貼りつけ、四肢よッ!!
――んぎゃああああ、|つべ(冷)った――――!!!
ポトリーグの全身に痛みが走った。しかしそれは、冷水との接触の衝撃なのである。
次いで、わさわさと肩や腕をなでられる感触……ああ、こんぶの林だ!
先導するおじいちゃんかいぎゅうの後を追い、うず雄はかなりの速度でぎゅうんと水中をかき分けてゆく。
――すげえっ……。うずっち、水ん中ではこうやって進んでんだな!
細く開けたうす目に入ってくる視界は、ぼやけまくって何がなんだかさっぱりわからない。さらに夕暮れ時である。周りはすぐに暗くなり、ポトリーグには何も見えなくなった。
大嵐の中に立ち尽くすかのよう――。水の流れに持ってゆかれないよう、ポトリーグはひたすら胸の中の息苦しさに耐えて、うず雄の首ったまを抱きしめていた。
そう、抱きしめていた……
――うーん。
抱き……
――ううううーん。
ぎゅうううう、と力に手を込める。とと、混乱していた、手に力を込めたのだ。
――今、いくつ数えた~?? つか、すでにめっちゃ苦しいぞ。無理っぽ……
るる波は、きつかったらすぐに叩けと言ってくれてはいたが。ポトリーグは耐えた。いや~だめかもと思いつつ、とにかく我慢した。
――はやくー、早く!! どっか着いてくれえっっ!!
水の流れはますますきつく、身体を四方からぎりぎり押されて、ポトリーグはぺしゃんこになりそうな心もちだ。そしてむちゃくちゃ、寒いッッ!!
圧とつめたさ、そして胸の苦しさに、閉じたまぶたの奥がさらに暗くなった気がした……その次の瞬間。
ばっしゃあああああん!!!
炉の中の火が大きく爆ぜるように、ポトリーグは自分自身がまるごとはじけた、と思った。
実際には盛大なる水しぶきを上げて、うず雄と一緒に水の外にとび出したのだが。
「ぶ、は――っっっ!!!」
震える口中に、のどに、胸の奥に空気が入ってゆく。
げへーっ、ごふえっっ! と派手に咳き込みうめきながら、これまで見ることのなかったものの在り方を、ポトリーグは強烈に思い知る。
「空気すえるって、いいなッ」
『だいじょぶか。ポトリーグ??』
『三十七、数えただけだけど……』
心配してくるうず雄とるる波の声が、少しくぐもって聞こえた。頭をぶいんぶいんと振って、ポトリーグはずぶ濡れの黒い巻き毛から水滴をふりとばす。
『皆さん、そのまま奥に進んで。ゆっくりどうぞ』
おじいちゃんかいぎゅうの声が聞こえて、ポトリーグはそちらへ顔を向ける。
「あれっ。ここんちって……?」
全くの闇ではない……うすぼんやりと明るい。そこは青白く光る壁面に囲まれた、洞穴のようなところだった。
あまり高い天井でもないが、あたかも天蓋つきの水路のようだ。
おじいちゃんかいぎゅうは完全に水中に潜っているが、ポトリーグを背中におぶったまま、うず雄はその長い水の廊下をすいすい飛ばして進んでゆく。
と、その先が明るくなった。
『あっ……。広いところに出たわ!?』
ポトリーグもうず雄も、思わずひゅうっと息を飲む。
そこは大きくひらけた大空洞、地の中深くにできた湖なのであった。
「……」
小さな村くらいの広さである。湖のまん中には、ぽこんと突き出た岩があって、さながら小島のようだった。その上には、何か光るものがある。
……光る樹。
そこから放たれた淡い輝きが、洞窟湖の中を照らして、周囲は明るいのだった。
『長さまー。ポトリーグ君とあざらしさん達を、連れてきましたよ』
水面に頭を出した、おじいちゃんかいぎゅうが呼びかける。その声が、もわあーんとやわらかく反響していった。
する、するするする……。波が寄せないはずの湖で、水が動く。
小島の近くに、もうひとつ島が盛り上がってきたものだから、ポトリーグはどきりとした。
『いらっしゃい』
低い低い声が聞こえる。
発したのは、暗い水底から浮上したその島……。
いいや。年古りてあまりに巨きな生きものの頭、であった。




