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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十二踏 ≪かいぎゅう島≫
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84. のんびりかいぎゅうに航海譚を語る

 ここ≪かいぎゅう島≫においても、海水はみどり色に明るく澄んでいた。


 しかし、かいぎゅう達に続いて湾の内側にゆくにつれ、ポトリーグの目にその下のが見えるようになる。



「……すげえ海藻が、もっさりしてんな~!?」



 幅広の長い葉が、ゆらんゆらんと波にたなびいている。


 トゥーレの人びとがポトリーグに教えていた、≪らっこ寝床≫みたいに見える。すなわち、こんぶ。



『わたし達は、これを食べて生きているのよ』



 小舟カラハの脇にぷかっと浮いてきた、大きなおばさんかいぎゅうがポトリーグに教えた。



『たくさん種類があるんだけど、この島の周りには美味しいこんぶの林がいっぱいあるからねぇ。食べるには困りませんよ』


「こんぶッ」


『こんぶ……!』



 ポトリーグは煮汁として、うずは食後のまろやか口直しとして、こんぶに親しんでいるのである。



『えっ? こんぶだけですか。皆さん、おさかなや貝は食べないの?』



 しかしるるとんは、ぴくんと驚いておばさんかいぎゅうに問うている。



『ええ、そう。わたし達は、海藻しか食べないんですよ』



 こんなに大きな身体をしていると言うのに、かいぎゅう一族は菜食であるらしい。



『……おなか空きませんか?』


『うふふ。すきますよ、あざらしのお嬢さん。だから朝から晩までほぼずうっと、海藻を食べたべ暮らしているんですよ~』


『それに、ねえ。あたし達のんびりだから、おさかな捕まえるなんてむりだもーん。あはは』



 ぷかっと海面に浮いてきた、ねねぐいも言い添えた。



――あ~、そっかー! この辺が、海のなんかな~??



 ポトリーグは、妙に納得できた気がした。頭の中では故郷ヒベルニアの牛たちが、緑の野でむぉーと鳴いている……。と、白樫のかいがこんぶに絡まりかけた。ずるっ!



『さあ、この辺でいいかねぇ。静かなところだよ』



 おじいちゃんかいぎゅうが浮き、他のかいぎゅう達も次々に海面に頭を出した。



『今、ねねちゃんのおばさんも言ったがねぇ。かいぎゅう作法で、わしらひっきりなしにこんぶ食べ続けるけど。皆さんのお話はしっかり聞いてるし、ぜひいろいろ語ってみて~?』


「ようっし」



 小舟の上で、ポトリーグはうなづく。


 両脇にいるうず雄とるる波を見てから、この≪黒き島々≫にたどりついたいきさつを話し始めた。


 だいぶかいつまんだポトリーグの話と、合間にうまく挟まって補足する姉あざらしの話を、かいぎゅう達は真面目に聞いている。


 時々すーいと音なく水面下に沈み、またすうーいとこんぶをくわえて頭を出す。それをもぐもぐ咀嚼しつつ、しかし皆優しい目で、ポトリーグとあざらし姉弟を見ていた。


 後ろの方にいるかいぎゅう達は、ポトリーグ達の言葉を直接には理解できない者たちである。けれどかれらは、周りにいるかいぎゅう達にもしょもしょと低く耳うちしてもらって、話についてきているようだった。かいぎゅう同時通訳。


 それにしても≪かいぎゅう≫とは、共感性に秀でた生きものであるらしい。


 ポトリーグがたった一人で海に投げ出されたと知ると、おばさんお母さん達は、ばふうううと深いため息を吐く。先人マラキの話のところでは、そこかしこから鼻をすする音が聞こえてきた。



『さっきの歌は、そのひとが……』


『いい歌だ。うたってたひとも、良いひとだったに違いないさ』


 ……


「と~~。こんな感じで、俺らここんち≪かいぎゅう島≫までたどり着いたんだ!」



 ≪黒き島々≫へやってきてから、うず雄とるる波とともに経験してきた航海譚イムラヴァを大まかに語ったポトリーグは、首をかしげた。


 こうしてまとめると、本当にけっこう色々あったな~! と、自分でもしみじみ思うのである。危ない場面も、いくつかあったし……。



『それで、ですね。わたしと弟は、この先にあると言う≪氷の海≫へ、ポトリーグを送って行くつもりなんです。でもそこへ到る前には、蛇たちのすみかの島があるのでしょう?』



 もそそそそ……。


 るる波が≪へび≫と口にした途端、かいぎゅう達の頭の輪郭が、ふるふるした波線描写に変わってしまった。こんなに大きなかいぎゅう達だが、やはり蛇は怖いようだ。



『ポトリーグを群れに返すためには、どうしてもそこを越えなくっちゃいけません。だからわたし達、その蛇のねじろを避けて通りたいのです。≪黒き島々≫の南の端に住む、大きなかいぎゅうの皆さん。そのありかを、ご存じありませんか?』



 かいぎゅう達はこんぶをくわえたまま首をかしげたり、隣の親戚と顔を見合わせたりしている。しかし皆一様に、とまどった様子だった。



『あたし、全然しらなーい』



 無邪気に答えたのは、ねねぐいだ。それまで小舟カラハの手前に浮いて、ポトリーグの航海譚に熱心に聞き入っていたのだが。



『……ねねちゃんや。ちょっと、お下がり……ね?』



 ふがほご、とおじいちゃんかいぎゅうがその近くに寄ってくる。



『え~~? なんでー』



 しかしねね風は聞き分けよく、すいっと後ろのおばさん達のあたりへ退く。



『……ポトリーグ君にるる波さん、うず雄さん。わしらは、全てのお客を歓迎します。そうして知っていることなら、何でも教えるようにしているのだが……。彼ら・・、蛇についてだけは、ふるい決まりがあってね。おさかいぎゅうを通さなければならんのですよ』


「おさ? そういうかいぎゅうが、いるんだな」


『ええ……わかります。重要なことですものね』



 ポトリーグは、長とはどんだけでっかいかいぎゅうなのだろう、と単純な疑問を持ったのだが。るる波はしかつめらしく、おじいちゃんかいぎゅうにうなづいて見せる。



『確かにここ≪かいぎゅう島≫は、≪黒き島々≫の南の終わりにあります。蛇たちの住まいにも、一番近いはずなのですが……。実はわしら普通のかいぎゅうは、その所在を全く知りません。知っているのは、わしらの長ひとりなのですよ』


『えっ』


『そうなのん……?』



 あざらし姉弟はひげを、ポトリーグはもしゃもしゃ黒い巻き毛を揺らして驚いた。



「かいぎゅうのみんなは、蛇にいじめられないんか?」


『鳥さんに聞いた話だけど、蛇たちは陸に上がって狩りをするんでしょう? 僕らはそもそも、陸にあがれないから』



 つやっとした頭のかいぎゅうが、若者の声で言った。



『群れをなして、ものすごい勢いで遠い沖を泳いでいくのは、時々見かけますよ。でも、僕らかいぎゅうには目もくれずに、ひたすら泳いで行ってしまうだけなんだ』


「へえ。そうなんか……」



 そう言えば、蛇は魚を食べないと言うことだった。泳げはするが海中にて狩りをしたり、えものを食べることはできないらしい。


 ≪やどりぎ島≫で白蛇の一味は、水中のるる波とうず雄に、嫌がらせのあおり追跡をしかけてきたと言う。しかし決定的な攻撃としての狩りはしなかった……できなかったのだ。よって水の中だけで行動しているかいぎゅうは、魚同様に捕食の対象外なのだろう。


 のんびりしたかいぎゅう達が、あの残忍な蛇の群れにたかられ苛まれていると想像するだけで、あんちくしょうと胸が痛くなる。それがないのだと知って、ポトリーグは内心でこっそり安堵していた。



『それではどうか、皆さんのおささまに、とりついではいただけないでしょうか』



 るる波は丁寧に、しかしきっぱりとした言い方で、かいぎゅう達に頼んだ。



『何らかの秘密を守らなければならないのなら、それは必ず長さまのおっしゃる通りにしますから。わたし達はただ、ポトリーグを無事に群れに戻したいだけなんです』


『ええ、わかりますよ』



 姉あざらしの懇願に、かいぎゅう達はゆっくりうなづいている。もわんもわわん、と水の波動で小舟が揺らいだ。



『それではこれから、長さまにうかがってきましょう。すぐに話がつくとは思いませんので……。しばらくくつろいで、待っていてくださいよ』



 やさしく言って、おじいちゃんと他の数頭が、たぷんたぷんと海中へ消えていった。


 長さまと言うのは、ちと特別なところに住んでいるようだ。そこもまた、秘密なのだろうか?


 とにかく長の返事を待つ間、ポトリーグとうず雄、るる波は、≪かいぎゅう島≫にて休むことにする。



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