表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十二踏 ≪かいぎゅう島≫
PR
83/101

83. ポトリーグとあざらし姉弟、かいぎゅうにびびる

『るるちゃんに、うずちゃんに、ポトリーグ、だねー。あたしは、ねねぐいだよ。よろしくねー』



 巨大な頭を海面に出してぷかぷかと浮きながら、その≪かいぎゅう≫の女の子は言った。


 ポトリーグは目を凝らして、水面下の身体を見る……本当に、でかい。


 話し方はごくごく若く幼くて、人間で言うところの五つ六つの子どもと思える。しかし身体の大きさが、ゆうにるるとんの四倍はあるのだ。


 かいぎゅう。海の牛、なのだが……。幼獣でこの大きさ、牛どころじゃねえのでは、とポトリーグは圧倒されまくっていた。


 しかしねねぐい自身は、いたってのんびりしている。



『向こうの方の浅瀬にねぇ、みんな住んでるの。あたし達お客さん大好きだし、遊びにおいでよー』


『いいの? ねねちゃん。お邪魔でないかしら』


『うん。おばあちゃんたちにも、ポトリーグ歌ってあげてー』



 その大きさゆえに、びくついて問うたるる波に、ねね風はもんわりとうなづいている。



『こっちー。ついてきて』



 そう言うと、ねね風はたぷんと海中にもぐった。そのまま水面すれすれを泳いでいく。


 一行は後を追った……。あざらしと異なり、かいぎゅうは主に潜水したままで進むもののようだ。


 うずとるる波は、少々とまどった様子だった。水上に頭を出して時々振り返り、ポトリーグを見ながら泳ぐ。


 確かに≪かいぎゅう≫は、ものすごい大きさの生きものである……。けれどこれまでに聞いた話、≪かたばみ四つ子島≫のつのめどりや、≪しゃけ泉島≫のかつおどり兄貴たちは、かれらが賢くていいひとら・・・・・と言っていた。


 ねね風に悪さは感じない。よってポトリーグは、あざらし姉弟に平静を装った顔でうなづいて見せつつ、白樫のかいをぐいぐい漕いでいった……。


 だいぶ東へ来たあたりで崖がとぎれ、低い岩棚に移り変わってゆく。


 ぷかっと頭を出して、ねね風が言った。



『ここの湾に、みんなで住んでるのー』


「岩棚んとこか?」


『ちがうよー、海のなか。あたしたち、陸には上がれないもん』


「え、そうなんかい?」



 海のひょうたるあざらしとは、だいぶ勝手が違うのだろうか。海の牛と言うからには、地上にも駆けるものかも、と思っていたのだが……。



『はあい』



 その時ねね風とは別に、ぷかっと浮いてきた頭がある。


 もわーんと波が湧きたって、ポトリーグと小舟カラハは揺れた。



『あっ。みんな、あたしのおばあちゃんと、お母ちゃんだよー』


『はあーい』



 ぷか! ぷかぷかぷか、ぷか!



『叔父ちゃんと、いとこのお姉ちゃんと、そのだんなさんも来たよー』


『はあーい』


『はあーい』


『はあーい』



 のっぺりした平和な顔……。しかしみな、一様にでかい。


 ねね風が子どもであることを、今はっきりポトリーグは理解した。成獣かいぎゅうは、うず雄とるる波とポトリーグの小舟をたてに並べたよりも、さらに長くてでっかいらしい。立派な雄牛の、三倍以上はある!


 もりもりと小山のような体の後ろには、形だけ魚のようなひれ・・がくっついているようだ。どのかいぎゅうも巨大すぎて、全貌なんてしっかりとは見渡せないのだが。


 ポトリーグの皮の小舟とあざらし姉弟は、いまやそういう壮大なかいぎゅうの群れに取り囲まれていた。



「……こんちはー! ポトリーグっす。かいぎゅうさんちに、聖母さまの祝福をー、……」



 ぐるーっと四方を見回しながら、ポトリーグはびびりつつ挨拶をした。語尾が震えてしまう。


 何ということだ。取り巻く顔はすでに海上に、二重の環をなしている。


 ぶおーん! もわーん!!


 その外側わっかを成したかいぎゅうたちからは、くぐもったうなり声が聞こえてくる。



『あれはねえ、分家のおじいちゃんたちと、はとこなんだけどー。ポトリーグの言うこと、わかんないって。でも、いらっしゃーい、って』


「え……?」



 かいぎゅうの全てと、話が通じるわけではないようだ。



『いらっしゃい。あざらしさんも、よく来たね。ここまでみえる方は、めずらしいよ~』



 ふがほごした声で、小舟近くに浮かぶかいぎゅうが言う。


 これまた、ものすごく大きい……。その身体は、しわしわのくちゃくちゃだ。おじいちゃんなのであろう。



『ええと、……わたし達は、ですね……!!』



 毅然とした態度で話そうとはしているが、小舟すぐ脇のるる波は言葉を詰まらせている。うず雄にいたっては、姉の後ろで茫然と委縮しているようだった。


 あざらし姉弟が極度に緊張しているのは、ポトリーグにも伝わってきている。そういうポトリーグだって、本当はかなり、けっこう……むちゃくちゃ怖いのである、実は!!


 身体のでかさは≪いさな≫並み、そういうのが十数体と群れをなして、ぐるりと自分たちを取り囲んでいるのだ。おっかなくないわけがない。


 巨大なるものへの畏怖、原始の恐怖はどうしようもなかった。



『……』



 ポトリーグは手をのばして、黙り込んでしまったるる波のひげを握る。



――――♪波に抱かれ 海をくあなた



 どうしてなのかは、わからない。


 けれどポトリーグは、歌い始めた……。いや、歌がポトリーグの口から、すすんで生まれ出てきたのである。




――――♪永遠とわにかわらぬ ぬくもりを



 恐るおそる、かすれた調子で始まった歌は、しだいに大きくなってゆく。


 そう、ちょうど微風をとらえて膨らみ始めた、帆のように!



――――♪この胸のなかに とも



 歌がポトリーグの身体に、そのまわりの大気にみち満ちた。


 胸につっかえていた緊張、そしてるる波とうず雄を捕えていた恐怖が……どこかに、溶けて消える。




――――♪私はともにゆく とうときあなたと



 マラキの歌、その一節を終えた瞬間。ポトリーグは確かなるを感じていた。


 自分の中に、すぐ傍らにいるあざらし姉弟の中に、そうして小舟を取り巻いている巨大なかいぎゅう達の笑顔の中に。


 かいぎゅう達はみな、老いも若いもわらっていた……いいや? かれらはひょっとしたら、初めっから笑って寄って来ていたのかもしれない。かれら独特の笑顔・・が、ポトリーグとるる波、うず雄にしっかり判別できるようになったと言うだけで。



『すてき』


『すてき』


『すてきに、すてき』



 もそもそもそ……。でっかい顔いっぱいに、かいぎゅう達は喜んでいる。



『ねー! みんな、いいでしょう? ポトリーグのお歌!!』



 ねね風がそう言った時に、でっかいしわしわおじいちゃんがうなづいた。ゆっくりとした動作なのは、できる波でポトリーグの小舟が揺れないよう配慮してくれているのだろうか。



『ほんとだねぇ、小っちゃいねねちゃんや。ときにポトリーグ君、きみは≪にんげん≫と言ったが……。もしかして、陸の生きものなのかな?』


「うん。そうなんだ」



 もう怖気づくことなく、ポトリーグは答えた。



『そうかい。じゃあ、もうちっと小湾の奥の方へ行こうかね? 風が静かになるから。わしと皆に、きみらの話を聞かしておくれ。いいかね、あざらしさん?』


『ええ……喜んで!』



 いつもの、しっかり者のお姉さん調に戻ったるる波が、しゃっきりと答えている。



『こっちだようー』



 かいぎゅう群に囲まれて、ポトリーグの小舟とあざらし姉弟は、ゆっくり小湾の内側へと進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ