82. 海の巨大UMA出現!
ポトリーグをのせた黒い皮の小舟、るる波・うず雄のあざらし姉弟は、すいすいと海上を飛ぶように進んだ。
そうしてあまり日の高くならないうちに、≪かいぎゅう島≫の手前まで来てしまったのである。ついに到達した、≪黒き島々≫の南端!
昨日≪しゃけ泉島≫から見た時は、そんなに近いとも思えなかったのだが。
「でっけえ島なんだな……!」
ポトリーグが、トゥーレと≪氷の海≫を越えて以降に見た中で、それはまちがいなく最大の島である。
こちら北側には、切り立った崖が長く広がっていた。それもだいぶ、高さのある崖だ。
「るるっち。ここんち≪かいぎゅう島≫には、必ず寄ってった方がいいんだよな?」
『ええそうよ、ポトリーグ。≪かたばみ四つ子島≫のつのめどりも言っていたけど、長く生きて物知りの≪かいぎゅう≫がいると言うし……』
と言っても、珍しいもの見たさや好奇心で、≪かいぎゅう≫に会いに行くのではない。
ポトリーグがこの先にある≪氷の海≫を渡り、元いた場所へ帰る海路方向をより確実に知るために、るる波は≪かいぎゅう≫に接触しようとしているのだ。
ここ≪黒き島々≫南端の近くにあるとされる、蛇たちの棲む島の位置を、≪かいぎゅう≫は知っているかもしれない。教えてもらえればそこを避けて、ポトリーグをより安全に≪氷の海≫へと送り出すことができる――。姉あざらしは、そう考えていた。
「にしても、接岸しにくい所が続いてんなぁ。どこも崖ばっかしじゃね?」
とりあえず、西側の端から東に向かって進みつつ、一行は≪かいぎゅう島≫を眺めた。
あざらし姉弟が上がって、くつろぐくらいの岩棚はある。しかしポトリーグが平和的に小舟を乗り上げられそうな浜は、まったく見えない。
ごつごつした巌のような≪マラキのいた島≫ほどではないが、うず雄に会った≪ひげあざらし島≫支島と、いい勝負である。
しかし仰ぎ見る内陸部には、そそり立つ岩山の上に緑が散っているのが見えた。
厳しい環境のようだが、全く住むもののない場所ではない……と思われる。
『……つうか。≪かいぎゅう≫って、どこに住んでるのん?』
間延びしたうず雄の問いに、ポトリーグは帆を操る手を止める。
『ここが≪かいぎゅう島≫なら、まぁ島にいるんだろうけど。島の内なのか外側の海ん中なのか、……どうなのん??』
「……海牛、つうからには海の中なんでないか?」
この辺は、まったく考えていなかった。ポトリーグだけではない、るる波もだ。
『魚みたいに? じゃあ前の島にいたかつおどり達は、一体どうやって話したのかしらね。あの鳥たち、そんなに長く海に潜れたっけ……?』
盲点であった。おしゃべりなかつおどりの兄貴たちに、詳しく聞いときゃよかったと思っても後の祭り。航海に後悔役立たずである。
「あざらしみたいに、海も陸も両方いけるくちかもしんねえぞ? ……あー、そうだ。その辺にいる生きものに、聞いてみよっと」
そこで鳥でもいないかと探しつつ、一行はゆっくり≪かいぎゅう島≫の周りを進んでいった。
と、そそり立つ崖の上空に、ちらちら舞い飛んでいる影がみえる。
「あっ! べにはしがらすだ。うおーいっっ」
シャナキール修道院の近くで、頻繁に見かけて慣れ親しんでいるその姿を、ポトリーグはすぐに判別することができた。たぶんこの近くに、群巣地があるのだろう。
「おーい、おおおーい」
何羽かが、ゆるく走る小舟とあざらし姉弟の上を飛んでいくのだが……。くるくるっと上空高くを回るだけで、それ以上は近寄ってこない。警戒しているのだろうか。
『うーん。避けられちゃってるわね』
「だなあ、るるっち」
肩をすくめ、ポトリーグはさっさと諦めかけたのだが、うず雄がもそりと言った。
『歌ってみたら? ポトリーグ』
「へっ??」
『べにはしがらすが怖がってるのんなら。ポトリーグの歌きけば、気もゆるむのん』
「そういうもんか~? 逆におんち上王の俺を、よけいに避けるんでは……」
まあ、だめでもともと。ポトリーグはすうーと息を吸い込み、歌い出す。
「♪俺はエリンの、土地うーまーーれぇ~~♪」
『♪ろ~ん。いいぞ~!』
『♪ろ~ん。いいどー』
あざらし姉弟が、ろんろんとあいの手を入れてくれるので、ポトリーグは良い気になってこぶしを込めた。
「♪きれぇなあの子を・おぅ~、とりこにすんのさーーーぁぁ♪」
どすん!!
「うおうッ!?」
いきなり舟底に響くものがあって、ポトリーグは即座に両手両脚で這いつくばる。
『えっっ』
『ふえーっっっ!?』
るる波とうず雄は、全く予期していなかった方向……。すなわち自分たちの真下から、浮き上がって来たものの作り出す海水の流れに押しのけられて、海面近くで横向け・ころんと一回転した!
「ぎゃーっっ、なに、何、なんだぁぁぁ!? 島が出てきやがったぁぁぁッ」
ポトリーグは恐慌に陥った! 当たり前である、海上に浮いてたはずの小舟が何でか、突如せり上がってきた陸地の上に乗っかっているのだから!
『きゃあああああ、いさなーッッ!?』
るる波も、金切り声を上げた。
『そんなぁっ、まったく気配を感じなかったのに!? ちがう、これはいさなじゃないわッ』
「じゃあ座礁ってやつかあああ!? やべえーっっ」
ずりん、とまるい舟底がかしいで、ポトリーグは右側に投げ出されかける。あわてて、櫂でつっかえた……!
と。その突っかいをした先が、まったりぺかぺかとした、地面に当たったのである。
「???」
ポトリーグは岩棚や磯のようなざらざらを予想したのに、あまりになめらかなつるすべ表面だ。青みがかった明るい灰色なのも、なんだか変である!
『すてきなお歌をうたうのは、だーれ』
るる波のとは違う、かわいらしい女の子の声が聞こえた。
「……はいー?」
『あざらしちゃんかな』
乗り上げた地上の少し手前。目を回しかけながらも寄り添って、ポトリーグを助けに行こうとしていたあざらし姉弟は、がこッッとひげの下の口を四角く開けた。
『今うたってたひとー?』
『いえ、あの……ちがいます……』
あどけない声の問いに対し、るる波がどうにか答えている。
いったい誰としゃべっているのだろう、とポトリーグはかたむいた小舟にしがみつきながら思った。
『あの……あの、あなたは≪いさな≫なの?』
『おねがい……。上にのっかってる子、はなしてやって欲しいのん』
『えっ。上……? あっ』
ずずずず……。陸地は静かに、沈み始めた。
たっぷん! ポトリーグをのせた小舟は、再び海面に浸かる。
そこへ、すばやくあざらし姉弟が寄って、左右の舷にぴたっとくっついた。
『ポトリーグ、けがしてないっ?』
「だ、大丈夫だ! うずっち。けど今のって……」
『……しっ。まだ、すぐ近くにいるわ!』
ついっ……。一行からほんの少し離れたところの海面に、まるいものが浮いた。
灰色あざらしよりずっと大きい、ひげあざらしのるる波とうず雄――――そのふたりよりも、遥かにでっかいまるい頭が……。海の上に突き出たのである!
それを前に、ポトリーグは驚愕のあまり口を四角く開けた。小舟の上の少年と同様、左右にいるうず雄とるる波も、あごを外しそうな勢いで口を四角く開けている。みんな、口がふさがらない……。
ひげも毛もない、つるぅんとした顔。鼻の穴ふたつ、そこから離れたところにつぶらな丸い瞳がふたつぶ。
巨大ながらかわゆいその生きものは、まさに牛のごとく、もぐもぐと口部分を動かして……おそらく、笑った。
『おどかしちゃって、ごめんねー。いま歌ってたの、あなたなのー?』
「お……おう。俺は人間の、ポトリーグだ」
『そうなの! ≪かいぎゅう島≫へいらっしゃーい、ポトリーグ』
うず雄といい勝負、まろやかのんきな調子で……その、でっかい女の子は話す。
『ええと……。あの、あなた、もしかして。かいぎゅう?』
恐るおそるたずねたるる波に、巨大な頭がぐぐぐ、と振り向いた。
『そうだよー。ようこそ、あざらしのお姉ちゃん』




