81. サーモンクエスト・るるちゃん
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ポトリーグにもらった野りんごをしゃくしゃく食べて、るる波はようやく機嫌を直したらしかった。たくさん採った金と紅の実も、じきに終わりそうだ。
夕陽の落ちる中、ポトリーグがぶつ切りうみすずきと鱈を煮て食べるのを、あざらし姉弟はその近くにぐでんと寝そべって見守っていた。
「るるっち! このうみすずき、めっちゃうまいぞっ」
『……あら、ポトリーグは食べたことがあるの? わたしがとってあげたのは、初めてのはずだけど』
「うん。ヒベルニアの湖とか川にも、≪すずき≫はけっこういるんだ。鮭もだけど」
『えっ』
『そうなのん!?』
そうなのだ。鮭と並んで、すずきはポトリーグが小さい頃からなじんでいる魚のひとつだった。
特にすずきは、夏の間によく獲れる。同じく夏の風物詩、つるこけももや湿地いちごの酸味さわやかなたれをつけて、大おばが食べさせてくれたのはうまかった!
「俺は、ずっと内陸のほうに住んでたから。シャナキール修道院に来て、ブレンダン修道院長たちと航海に出るまで、海の魚のことあんまり知らなかったんだよなー。けどすずきって、海にもいたんだなあ。うまッ」
ほたて殻をさじのように使って、魚の身を食べるポトリーグを、あざらし姉弟はまじまじと見ている。
『……ちょっと待って、ポトリーグ。いま……内陸の湖に、鮭がいるって言った? それともしゃけ妄想のせいで、わたし聞き違えたの?』
「いや、ほんとにいるぞ。海から川をさかのぼって、あいつら湖とかにたまご産みに来るから……って、おい、るるっちー!! 押すなあああ」
むいむいぐいぐい、ひげを震わせて迫ってきた姉あざらし!!
『どういうことなの!? ポトリーグ、しゃけって内陸に旅するのッ!?』
『る、るるちゃん落ち着いて……。ポトリーグをつぶしたら、だめなのんッ』
≪ひげあざらし島≫に、幅の広い川はなかった。よってそこにさかのぼる鮭もいないゆえ、あざらしは鮭が淡水に棲めることを知らなかったらしい。海にいるだけの魚だと信じていたのだ。
ポトリーグだって、はっきり詳しく知っているわけではないのだが。
とにかく鮭が産卵のために川をさかのぼること、大きくなって海に出てゆくことなどを、るる波とうず雄に話した。
「あとー、川だとか湖だけに棲んでるやつらもいるんだ。それは≪鱒≫って言うんだけど」
『へえっ。同じ種族と言うわけね? やっぱりおいしいの?』
「うん。ほとんど同じ味だな……もも色の身でよう。あ、でも鮭にくらべたら微妙に淡白っつうか」
『ふ~~む!! 実に興味深いわ。知的食欲をそそられるわ!』
「どんな食欲なんだよ」
『……るるちゃん。川をさかのぼって、島の内陸に行きたくなってない?』
『ぎくり。でもあの大きな鮭が、余裕で泳げるほどに幅と深さのある川って……。あざらしが知っている島のうちにはないわね。まったく聞いたことがないわ』
熱心に話するる波をながめているうち、ポトリーグは何となく心配になってきた。
あの冷静で常識的な姉あざらし、るる波がここまで執着するとは……。もしや鮭とは、彼女の弱点というか泣きどころなのかもしれない。
しゃけに目のくらんだるる波が川をさかのぼり、慣れない内陸部の河川敷だの湖だので、迷いあざらしにならないだろうか、と不安も感じる。
「いやでも、るるっち。でかい鮭が海にいるんなら、そこで捕まえるに越したことないんでないのか?」
『ふふふふふ。でもその、≪ます≫っていうのも食べてみたいじゃないの……』
『だめだこりゃ、うっとりしてる。るるちゃんの目が、ここではないどこか遠くをみてるど』
『しゃーけ。あかつきの曙光のごとき・ばら色のおにく。しゃ~~け』
ひげを揺らしてもぐもぐつぶやいたるる波の顔を、やはり焼きじゃけ色の夕陽があたたかく照らしている……。
そんな浜辺の、宵であった。
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翌朝はだいぶ早く、起き出した。
うず雄とるる波はいつものことだが、ポトリーグもなぜだか早めに覚めてしまって、ちゃっちゃと昨夜の食べ残し……潮煮汁の中のうみすずきと、すけとうだらのしっぽ近くを温めてがっつく。
戻ってきたうず雄・るる波と一緒に、ポトリーグは深緑の海に今朝も騎り出した。
すらり、とすべり出す小さな黒い皮舟の中、白樫の櫂でぐいっと沖に向け水を後ろに押しやる。
右脇に並び泳ぐるる波。少しだけ先をゆくうず雄の首には、舳先からの縄が引っかけられているけれど、これを弟あざらしが引っぱることは、もうほとんどなくなっていた。ポトリーグはあざらし姉弟と同じ速さで、なめらかに海上を走ることができるようになっていたのだ。
ぼろっちい帆を上げて、そこに風を受け止める。
「俺の航海譚、第十一踏。≪しゃけ泉島≫、完了! ――――でもって次は。いよいよ、≪かいぎゅう島≫ッ」
ほのぼのとした白っぽい湿気が、雲からたちこめているのか……。
今朝の水平線は空にとけこんで、あいまいだ。
しかしそこにあるはずの島影、あざらし姉弟との旅の最終目的地にまなざしを向け、ポトリーグは声をあげた。
……そう。もといた場所へ帰るための、終わりの地へ……。
『しゃ~~け~~』
「るるっちぃ……」
低く聞こえてきたるる波のじゅもんに、かくッとポトリーグはうなだれる。




