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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十一踏 ≪しゃけ泉島≫
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81/101

81. サーモンクエスト・るるちゃん

 ・ ・ ・


 ポトリーグにもらった野りんごをしゃくしゃく食べて、るるとんはようやく機嫌を直したらしかった。たくさん採った金と紅の実も、じきに終わりそうだ。


 夕陽の落ちる中、ポトリーグがぶつ切りうみすずきとたらを煮て食べるのを、あざらし姉弟はその近くにぐでんと寝そべって見守っていた。



「るるっち! このうみすずき、めっちゃうまいぞっ」


『……あら、ポトリーグは食べたことがあるの? わたしがとってあげたのは、初めてのはずだけど』


「うん。ヒベルニアの湖とか川にも、≪すずき≫はけっこういるんだ。鮭もだけど」


『えっ』


『そうなのん!?』



 そうなのだ。鮭と並んで、すずきはポトリーグが小さい頃からなじんでいる魚のひとつだった。


 特にすずきは、夏の間によく獲れる。同じく夏の風物詩、つるこけももビルベリー湿地いちごクランベリーの酸味さわやかなたれ・・をつけて、大おばが食べさせてくれたのはうまかった!



「俺は、ずっと内陸のほうに住んでたから。シャナキール修道院に来て、ブレンダン修道院長たちと航海に出るまで、海の魚のことあんまり知らなかったんだよなー。けどすずきって、海にもいたんだなあ。うまッ」



 ほたて殻をさじのように使って、魚の身を食べるポトリーグを、あざらし姉弟はまじまじと見ている。



『……ちょっと待って、ポトリーグ。いま……内陸の湖に、鮭がいるって言った? それともしゃけ妄想のせいで、わたし聞き違えたの?』


「いや、ほんとにいるぞ。海から川をさかのぼって、あいつら湖とかにたまご産みに来るから……って、おい、るるっちー!! 押すなあああ」



 むいむいぐいぐい、ひげを震わせて迫ってきた姉あざらし!!



『どういうことなの!? ポトリーグ、しゃけって内陸に旅するのッ!?』


『る、るるちゃん落ち着いて……。ポトリーグをつぶしたら、だめなのんッ』



 ≪ひげあざらし島≫に、幅の広い川はなかった。よってそこにさかのぼる鮭もいないゆえ、あざらしは鮭が淡水に棲めることを知らなかったらしい。海にいるだけの魚だと信じていたのだ。


 ポトリーグだって、はっきり詳しく知っているわけではないのだが。


 とにかく鮭が産卵のために川をさかのぼること、大きくなって海に出てゆくことなどを、るる波とうずに話した。



「あとー、川だとか湖だけに棲んでるやつらもいるんだ。それは≪ます≫って言うんだけど」


『へえっ。同じ種族と言うわけね? やっぱりおいしいの?』


「うん。ほとんど同じ味だな……もも色の身でよう。あ、でも鮭にくらべたら微妙に淡白っつうか」


『ふ~~む!! 実に興味深いわ。知的食欲をそそられるわ!』


「どんな食欲なんだよ」


『……るるちゃん。川をさかのぼって、島の内陸に行きたくなってない?』


『ぎくり。でもあの大きな鮭が、余裕で泳げるほどに幅と深さのある川って……。あざらしが知っている島のうちにはないわね。まったく聞いたことがないわ』



 熱心に話するる波をながめているうち、ポトリーグは何となく心配になってきた。


 あの冷静で常識的な姉あざらし、るる波がここまで執着するとは……。もしや鮭とは、彼女の弱点というか泣きどころなのかもしれない。


 しゃけに目のくらんだるる波が川をさかのぼり、慣れない内陸部の河川敷だの湖だので、迷いあざらしにならないだろうか、と不安も感じる。



「いやでも、るるっち。でかい鮭が海にいるんなら、そこで捕まえるに越したことないんでないのか?」


『ふふふふふ。でもその、≪ます≫っていうのも食べてみたいじゃないの……』


『だめだこりゃ、うっとりしてる。るるちゃんの目が、ここではないどこか遠くをみてるど』


『しゃーけ。あかつきの曙光のごとき・ばら色のおにく。しゃ~~け』



 ひげを揺らしてもぐもぐつぶやいたるる波の顔を、やはり焼きじゃけ色の夕陽があたたかく照らしている……。


 そんな浜辺の、宵であった。



 ・ ・ ・ ・ ・



 翌朝はだいぶ早く、起き出した。


 うず雄とるる波はいつものことだが、ポトリーグもなぜだか早めに覚めてしまって、ちゃっちゃと昨夜の食べ残し……うしお煮汁の中のうみすずきと、すけとうだらのしっぽ近くを温めてがっつく。


 戻ってきたうず雄・るる波と一緒に、ポトリーグは深緑の海に今朝もり出した。


 すらり、とすべり出す小さな黒い皮舟カラハの中、白樫のかいでぐいっと沖に向け水を後ろに押しやる。


 右脇に並び泳ぐるる波。少しだけ先をゆくうず雄の首には、舳先からの縄が引っかけられているけれど、これを弟あざらしが引っぱることは、もうほとんどなくなっていた。ポトリーグはあざらし姉弟と同じ速さで、なめらかに海上を走ることができるようになっていたのだ。


 ぼろっちい帆を上げて、そこに風を受け止める。



「俺の航海譚イムラヴァ、第十一踏。≪しゃけ泉島≫、完了! ――――でもって次は。いよいよ、≪かいぎゅう島≫ッ」



 ほのぼのとした白っぽい湿気が、雲からたちこめているのか……。


 今朝の水平線は空にとけこんで、あいまいだ。


 しかしそこにあるはずの島影、あざらし姉弟との旅の最終目的地にまなざしを向け、ポトリーグは声をあげた。


 ……そう。もといた場所へ帰るための、終わりの地へ……。



『しゃ~~け~~』


「るるっちぃ……」



 低く聞こえてきたるる波のじゅもんに、かくッとポトリーグはうなだれる。




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