80. るる姉ちゃんはしゃけが好き
かつおどりの兄貴たちは、林の中の岩場にいくつか湧水がある、とポトリーグに教えていた。
それを探してポトリーグは、ごつごつした松の樹々の合間を歩いてゆく。
大きな石がごろごろしているのは見かけるが、苔むした岩のまわりに水はない。
しばらく歩いて、ようやく一つ泉を見つけた。
少し高台になったところ、樹々も草すらもひらけて、かめの手のような岩が空に向かい突き出している。
その岩々の、掌の部分に水がたまっているのがわかった。
「おっ。けっこう、いっぱいある!」
ほたての貝殻でいちいちすくい取らなくても、鉄鍋でそのままざぶんと汲めそうである。
ポトリーグは細縄に両の取っ手を結び、肩にひっかけていた鍋を外す。岩々の表面に足をふんばり、両手で鉄鍋に半分ほど、水を汲んだ。
「これで十分だろ。……んー?」
ポトリーグは鉄鍋をのぞき込んで、目を疑った。
「小魚が入ってやがら!」
ちろちろッと銀に光る身体をひるがえして、ポトリーグの小指くらいの魚が、鍋の中で泳いでいるのだ。
きらきら、すばしっこく泳ぎ回るその魚の可憐な造形と銀の輝きに、ポトリーグはつかのま魅了される。
きれいなものを見た時の、あの喜びだった。しかし食欲はいっさい感じない。
「お前じゃ、腹の足しになんねーしぃ。汲み直すか」
言って、ポトリーグはじゃばっと鉄鍋の中身を泉にあけた。どのみちうず雄とるる波が、お腹に満ちるうまい魚、でっかいさかなをくれるはずである。ちっとも惜しくはなかった。
「ばーい。次は、鍋ん中入るなよ~?」
声をかけてから、ポトリーグは改めてもう一度、鉄鍋に水を汲む。
その中に小魚がまぎれこんでいないことをよく確かめてから、泉を後にした。
ごろごろ大きな岩のすきまに湧いた、小さな泉……。せせらぎに全く通じていないその水中に魚がいるのは妙なことなのだが、ポトリーグは深く考えなかった。
ここんち、≪黒き島々≫では不思議なことばかり見聞きする。
けれどその妙なことは、ポトリーグにとって変なだけ。ここに暮らす生きものにとっては、おそらく何でもない普通なのだろう。
そういう感覚にだいぶ慣れてきているから、とっとこ歩いて小舟のもとへ水を持ち帰ったのであった。
・ ・ ・ ・ ・
『ちょっと~、ポトリーグってば。ほんとの本当に、この島の名前は≪しゃけ肉島≫なんでしょうね~??』
「いや、るるっち。はじめっから俺は、≪しゃけ泉島≫だって言ってんぞ?」
どかーん、と立派なうみすずきをポトリーグに押しつけてから、自由になったお口で開口一発! るる波はポトリーグに不満を言ったのである。
いつも冷静公平で優しい、このあざらしのお姉さんにしては、たいへん珍しい現象だ。
「そんなぷりぷりして、一体どうしちまったんだよう。るるっち!」
『だってぇー! どこを探しても、鮭なんて一匹も泳いでいないのよ!? 島のまわりを一周したけど、うみすずきばっかり!!』
ぷりぷりたぷたぷ、厚いおにくをたゆませながら、るる波は悲痛な声で言った。
『わたしのしゃけ肉楽園は、どこなのー!!』
「なんてこった、るるっちはそこまでしゃけ肉推しなのかよッ」
微妙にあきれつつ、ポトリーグは小首をかしげた。たしかに変だ、かつおどりの兄貴たちは、≪しゃけ泉島≫って何度も言っていた……。それに従うなら、近辺海中に鮭がうじゃうじゃいそうな所なのに?
「……で、うみすずきは嫌いなんか」
『いい~え! これはこれで、めちゃくちゃおいしかったわッ』
両手にもらっていたうみすずきを、ぬるッとポトリーグは取り落としかけた。
『じゃあ、べつに良いでないのん……』
ぺたぺた上がってきて、ポトリーグの前に小さなすけとうだらを置いたうず雄が、まろやかに突っ込んでいる。
『まあ、るるちゃんは無類の鮭好きだから。期待もった分、切なくもなるのん』
『ぐすん』
「るるっち~」
弟に鼻づらをひっつけられ、ポトリーグにひげを握られて。
しゃけ理想郷の幻想にやぶれたるる波は、ふたりになぐさめられて、しょぼーんとしていた。




