表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十一踏 ≪しゃけ泉島≫
PR
79/101

79. さよならまで、あとちょっと

 ・ ・ ・ ・ ・


 かつおどり兄貴たちのおすすめ通り、≪しゃけ泉島≫の西海岸から南側へまわりこんだ一帯に、美しい浜があった。


 せり出した岩棚が、実にあざらし向け物件である。


 ポトリーグが乗り上げ、小舟カラハをひっくり返したのを見届けると、あざらし姉弟はそそくさと海に戻っていった。と言うかるるとんが鼻息を荒くふかし、率先してしゃけ漁に向かったのである。



『しゃけーッッ』



 好きなものに向かって突っ走れ……違った、突きおよげ。


 かつおどりの兄貴たちも、蛇はここのところ見ていないし特に危険はない、と言っていた。安心して水と食べ物を探せそうである。



「さーて、俺も。何かうまいもん見つけよっと」



 とねりこカモーンを手に、鉄鍋を肩にひっさげて、ポトリーグは島の内陸部に向かって歩く。


 だいぶ空気が冷たい。


 海上で風に吹かれている時よりはずっとましで、ぬくいとすら思える。しかし距離を進むたび、陸地上での温度がどんどん下がっている、と言うことにポトリーグは気づいていた。


 しばらく歩いてから振り返ってみる。浜続きにのぼってきた砂丘は、けっこうな高さがあった。


 ひっくり返した黒い小舟カラハと夜営地が見える。


 夕陽に明るく照らされ始めた海原が、おだやかに輝く――――その先の水平線に、もりっとした影が薄く見えた。



「おっ。あれか、≪かいぎゅう島≫ってやつ」



 今、空はずいぶん晴れ渡ってきていた。かつおどり兄貴たちの言った通り、その島影がみえているのである。



――あれが、≪黒き島々≫の南端かあ。



 そう思った途端、ポトリーグの胸の奥がずきり、とした。


 あそこを越えれば、その先にあるのは≪氷の海≫。ブレンダン修道院長の一行とはぐれた地点がある。


 そこへ……。振り出し地点に戻れさえすれば、ポトリーグは故郷ヒベルニアへ帰ることができるのだ。



「……」



 細長い≪かいぎゅう島≫の島影を見つめながら、ポトリーグは唇を噛んだ。



――どうしてそこで、悲しくなるんだよ?? 俺。



 不思議だった。ポトリーグはひたすら、ヒベルニアへ帰ることを願っていたのに。


 今になって――かなしいのである。ずうっとついてきてくれた、うず雄とるる波に別れを告げるのが。


 ポトリーグが≪氷の海≫へと渡るのを見届けたら、あざらし姉弟はうちへ帰るのだ。北へ北へ、≪ひげあざらし島≫へ。


 ポトリーグもうず雄もるる波も、元いたところへ戻る……けれど、別々に。


 当たり前のこと。


 そう決めて、わかりきっていたことなのに。


 ポトリーグはもしゃもしゃ黒い巻き毛を風になびかせ、うつむいた。


 自分ではもちろん気づいていないが、生気そのままにあおい輝きを放つ双眸が、いま暗くかげりを帯びている。


 くるり。


 海とその向こうの≪かいぎゅう島≫に背を向けて、再びポトリーグは歩き出す。


 転々と渡り歩いたうちの親戚たちも、最期をみとった大おばも、シャナキール修道院の修道士たちも、それぞれにいい人たちだった。皆、ポトリーグに優しくしてくれた、と思っている。


 ……けれど誰もが、ポトリーグからはなれて行った。


 そこまで考えて、ポトリーグはふと気づく。そう、これまで彼と一緒にいた人びととは、そうやってさよならするのが当たり前だった。


 だからこそこの間、白蛇に丸め込まれそうになった時も……。うっかりやすやすと、信じかけてしまったのだ。うず雄とるる波もまた、ポトリーグから離れ、去って行ったのだと。


 それはただの白蛇のまやかしで、あざらし姉弟はちゃんとポトリーグの前に戻ってきてくれた。しかしこのふたりとも、やはりいつかは別れなくてはならない。


 その日その時は確実に、ポトリーグの前に近づいてきている。



「……さよならまで、あとちょっと……かぁ」



 あまり目には見えなくても、晩秋は確かに深まっている。冬が迫っているのだ。


 踏み分ける草の乾き方にそれを感じつつ、ポトリーグはとねりこカモーンを持つ右手を、そして左手のひらを握りしめた。


 うず雄とるる波の、じゃらじゃらした長いひげ。しなやかなそれらをにぎると、ポトリーグはなぜか心底おちつく。


 あの安堵の感触を手のなかに握ることができるのは、あとほんのちょっとの間だけ……。


 そう思うと、たまらなく寂しくなる。


 ポトリーグにさかなを食べさせ、雨風や寒さから守り、……そしていつまでも、ひたすらポトリーグのそばにいてくれるあざらし姉弟。


 ここまで長く密に、自分のそばに【いてくれた】ひとを、ポトリーグは他に知らない。


 ふう、小さくため息をつく。


 うず雄とるる波。ふたりと別れるのが、あんまり惜しいとポトリーグは思った。


 これまで生きてきたうちで、いちばん。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ