78. かつおどりの地元兄貴たち
♪波に抱かれ 海を騎くあなた
永遠にかわらぬ ぬくもりを
この胸のなかに 灯し
私はともにゆく 尊きあなたと――――
明るい緑の空と、深い緑の海原。
その真ん中で、風を受けて進むポトリーグの歌声がたなびく。
少年にとって≪黒き島々≫航海の先達である、聖マラキの歌だ。
『あなたの歌は、そのまんま風になるみたいね。ポトリーグ』
小舟の脇にならんで泳ぐるる波が、ふわりと言ってよこした。
「ご清聴ありがとう、るるっち。けどよう! 俺、ヒベルニアのみんなからは、おんち上王って呼ばれてたんだぜ~? 野良しごと中にがなると、うるせぇーって苦情が来たんだ」
『そうなのん? あざらし的には、なかなかいけてると思うのんけど』
うひ、とポトリーグは頬をゆるめつつ帆をあやつった。気を良くしている。
「そうなんか~~?? あ、ちなみにあざらしは歌うんかい?」
≪マラキのいた島≫を出た後、あざらし姉弟は時々一緒にうなっていたが……。♪ろ~~ん♪、と。あれがあざらし流の、歌唱なのだろうか。
『歌うわよ。でも泳いでいる時は、息継ぎ優先だからね。長く、ずうっと歌い続けるのはちょっと無理』
「そりゃそうだな」
『だから、ポトリーグの歌と一緒に進むのは、楽しいし気持ちいいわ』
本日の風はなごやか。強すぎず弱すぎず、一行は順調に距離をかせいでゆく。
やがて前方に、また島影が見えてきた。
『だいぶ大きな島のようね。いよいよ、≪かいぎゅう島≫へ来たのかしらッ』
るる波の声に、期待と緊張がいくらか含まれているのが、ポトリーグにもわかった。旅の終着点が近づいている!
と、その時。ポトリーグの頭上、右手上空を高く飛んで行く鳥の気配があった。
「うおーい」
ポトリーグはその数羽にむけて、呼びかけてみる。
「道、聞いていいかあー??」
ひゅるるるる! 島影に向かって飛んでいった鳥の群れが……。おお、Uの字なりにこちらへ引き返してきた!
『よーう♪』
『よーっっ♪』
『よよよ♪』
ふわりふわり、と小舟のまわりを旋回してから、その鳥たちは船尾にしゅたっと降り立ち、とまった。優美にうつくしい、かつおどり達だ!
『いい風いい陽気だな! でも君、見ない顔だぜ~?』
『はっはー、だからこそ道きいてんじゃねえかよう』
『珍しいがたいしてんじゃん。なに、君、新手のあざらしか何か~~??』
純白の羽毛に曙光のさしたような頭、青みがかった目のくまどりと、かれんな姿なのに……。中身はやたら軽い兄ちゃん達である。
しかも、未知のはずの人間ポトリーグが同じ言葉をしゃべることについて、かつおどり達はまったく抵抗感を抱いていないらしい。
こういう反応されるの初めてだなー、と思いつつポトリーグは気やすく聞いた。
「いや、俺は人間なー。かつおどりの兄ちゃん達、あの島に住んでんの?」
『おう、そうー』
『いえー』
『生まれも育ちも、≪しゃけ泉島≫の西海岸だぜ~』
「≪しゃけ泉島≫? ≪かいぎゅう島≫でなくて?」
『君、≪かいぎゅう島≫はもうちっと先だぜ。つっても天気の良い日には、南の浜から島影見えるくらいには、近所だけどよ~』
『女の子を誘って、日帰り遠足すんのに最適距離な~』
『ひゃっはー(笑)』
『あー、そう言やぁこないだも~、……』
かつおどり兄貴たちがうちわで盛り上がってきたため、ポトリーグはきょとんと海上から見ているうず雄とるる波に、顔を向ける。
『≪しゃけ肉島≫ですってええ!?』
いつも落ち着いて冷静なお姉さん、るる波がなぜだか、裏返った声を上げた。珍しい。
『まったく聞いたことがないわねッ、うずちゃんッ』
「≪しゃけ泉島≫な? るるっち」
ポトリーグは訂正しつつ、≪かいぎゅう島≫がもう目と鼻の先であるらしいことをあざらし姉弟に伝えた。
「どうする? このまま突っ走って、≪かいぎゅう島≫まで行っちまうか」
『うーんと! ええーと! でもちょっと微妙な距離ではないかしらね、ポトリーグっ!?』
「へ?」
『行って行けないことは、なさそう……。けど日の沈むぎりぎりに到着するのんは、ちょっとポトリーグの接岸が心配と言うか』
『そうね、その通りねぇ、うずちゃんッ。ポトリーグが心配よねえ、さすが気配りのできる優しい子だわ。うずちゃんはッ』
「……? まあ、それはそうなんだよなー。乗りつけやすい浜があるか、すぐに見つかるかもわかんねえしー」
あざらし姉弟と話すポトリーグの言葉を聞きつけて、かつおどりの兄貴たちが割り込んでくる。
『何ぃ。君ら、≪かいぎゅう島≫へこれから行く気~?』
『つうか俺らの≪しゃけ泉島≫、素通りする気でいるー?』
『寄ってきゃいいじゃ~ん。西海岸の夕陽とか、まじいけてんぜ』
『名前の通りにしゃけもいるし、泉もあるんだぜ~?』
かつおどりの兄貴たちは、地元を推してくるもようである。
『べつに急がなくたって、かいぎゅう達はどこにも行かねえしさあー。気楽でいい連中だからぁ、いつ行ったって話してくれるぞう~』
「……兄ちゃん達、かいぎゅう知ってんの?」
ふいに興味をそそられて、ポトリーグは聞いた。
『おう。めっちゃ良いひとらよ、もったりしゃべんのがちっととろいけど』
「話、通じんの?」
『通じるなあ』
あれっ、とポトリーグは思った。
これまで出会ってきた≪黒き島々≫の生きもの達……。あざらしはあざらし同士、つのめどりはつのめどりと、同じ種族の内輪でしか話ができていないようだった。
その境界を越えて、言っていることのわかる自分は例外なのだろう、とポトリーグは思っていたのに。かつおどりは、かいぎゅうと話せるのだろうか?
あるいはこの兄貴たちにだけ、自分と同じ例外的な能力が備わっているのか。
「それってつまり兄ちゃん達は、誰とでも話ができるっつうこと?」
『え~、そうゆうことじゃないんだなぁ。場合による~?』
『そこのあざらし大小の言ってることとか、わっかんねーもん』
『だから、なんぱもできねぇしぃ。かわゆいのにな、ああ~??』
船尾はじにとまる一羽に、いきなりばちばちと片目でまばたきされて、るる波は怪訝そうに水中で引いた。
『たまたまかいぎゅう達とはぁ、話が通じんだよな。だいたい』
『君とおんなしでな』
何だか妙である。しかしかつおどり兄貴たちの熱心なすすめにより、一行はこの日≪しゃけ泉島≫に宿ってゆくことにした。
岩棚につながる浜と、泉の場所を詳しくポトリーグに教えてから、かつおどり兄貴たちはばーいと飛び立ってゆく。
ちゃらいが親切な兄貴たちである、地元が好きすぎるだけなのかもしれないが。
『その名も≪しゃけ肉島≫ですものね……。鮭をしこたま食べていきましょう、うずちゃん。ポトリーグにも、とってくるわよおおおおおうッ』
「るるっち。≪しゃけ泉島≫な?」
眼前に広がる島影に向かって白樫の櫂をこぎながら、ポトリーグはふと気づいた。
右脇を泳ぐるる波の横顔の輪郭が、羽ペンの羽側でかいたような濃ゆい感じになっている……?
まっ黒い瞳の奥にも、何やら決意の炎が燃えたってはいないか。
『しゃけ、食べるわよッッ』
『好物なんだなぁ、るるちゃんの……』
うず雄がのんびり、言い添えた。




