77. 海に沈んだ≪いすの都≫
うず雄・るる波に続いて、沖に出る前。ポトリーグは後ろにした≪いす島≫の風景を、じっと見つめた。
「……あの、石の柱。島のこっち……南側の岸にそって、三本線に並んでんのな」
それも長々と、一里以上にわたってだ。
かささぎのいた東の岬から西に向かって、ポトリーグは視線を横にずらしていく。
「あ」
『どうしたのん、ポトリーグ?』
「……見てみろよ、うずっち。西っかわの切り立った崖!」
ポトリーグがとねりこ杖でさし示した先を、あざらし姉弟はじっと見た。
「低いけど、切り立った崖があるだろ。その上にのっかってるやつが、見えるか? るるっち」
『あっ!』
るる波が小さく叫び声をあげた。
『陸の上にも、同じようなのっぽの石が立っているわ!?』
『一本しか、見えないのんけど~』
くるり、とうず雄が頭を回すと、小舟の上ではポトリーグがこぶしを握りしめている。
「……わかったぞッ。あの≪いすの首邑≫は、もともと海ん中にあったんじゃねえ。陸地に立てられてたやつが、ずどんと底抜けして水に落ちたんだッ!」
『あ……じゃあ、陸地に残ってるのは、落っこちなかった切れっぱしってこと?』
「たぶんな! 知らねえけどッ」
両手を腰にあててそばかす顔を赤くし、ポトリーグは自分の大発見に酔っている。
『でも、それなら説明つくんでないのん。崖の上に並んでた石が、そっくりそのまんま海に沈んだのんなら』
『よっぽど強く、地面が動いたってことね?』
「俺がここんち≪黒き島々≫に来る前に見た、火柱ずっきゅん・ばっきゅんのすんげえ混沌だったら。あのくらいの低い崖、くずれちまっても不思議とは思わねえなー」
ただその変動は、気の遠くなるほど旧い時代に起きたことなのだろう。石を立てた人びとは、とっくの大昔にどこかへ移り住んでしまった。置き去りにされ、忘れ去られた石の列だけが、大地の震えによって海に沈んだのだ。
おみやげにもらった三ツ環細工は、その人たちの持ち物だったのかもしれない。だとしたら、そんなに長い間水中で錆びなかったのが、本当に不思議なのだが。
――まあ、あんなでっかい石を立てて並べることのできた人らだ。昔の人は今の人間より、頭良かったっても言うしな~。すんげえ技を使って、さびないようにしてあるのかも。
石に刻まれていたのと同じ、渦巻き円の意匠。その意味するところがわかるまで、とりあえずきれいなこの細工は持っておこう、とポトリーグは思う。毛織り修道衣の上から三ツ環細工に触れると、それはそこにちゃんと在った。
『にしても。一体なにをするための、石の列だったのん?』
沖に向けてゆるゆると泳ぎ出しながら、うず雄がのんびりと言った。
『人間の巣じゃないのよね?』
「うん、るるっち。今はかにの巣になってるけど」
柳枝に張った帆を上げかけて、ポトリーグは一瞬振り返った。
≪いす島≫の南側、東西にまっすぐ三列に並んでいた巨石たち……。かれらは何のために、そこに置かれていたのだろうか?
『向きだけを見たら。なんだか南の方角を、真っ正面から見据えているようにも見えるわね』
たぷん!
まだまだ納得がいかない、と言う風につぶやいてから、るる波は水の下にもぐっていった。
『さあ、行くのん。ポトリーグ』
のんびりながらも気持ちを切り替えるように、うず雄が言う。
それでポトリーグも、南の水平線にその蒼い目を向けた。
「だな、うずっち! 俺の航海譚、第十踏。海に沈んだ≪いすの首邑≫と≪いす島≫、完了ぉぉッ」
ぴいーん!
ぼろい帆布が、風をいっぱいに受ける。
黒い皮の小舟は波を切って、緑の海原に騎り出してゆく……!




