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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第十踏 ≪いす島≫
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71/101

71. 三匹だんらん、ほうぼう鍋

 ・ ・ ・ ・ ・



 かにの言った通り、東側の小さく突き出た岬の付け根に、低い樹々と草の生い茂る一画があった。


 鳥の声は近くに聞こえず、頭上を飛ぶ影もここにはなかったが、草々の合間にきれいな水の湧き出る岩場がある。ポトリーグはほたて殻で水をすくい、鉄鍋に汲んだ。


 帰り道を急ぐうちにも、空はしだいに暗くなってゆく。


 降るなぁー、と思いつつ鍋にお湯を沸かしていると、あざらし姉弟がべたべたと音を立てて夜営地にやってきた。



「おおう!? るるっち、うずっち! この魚にも、ひげがついてるぞ」


『そう。ほうぼうよ!』


『……ひげとはちょっと違うのんけど、それ……』



 きらっと紅い小ぶりの魚二尾を手に、ポトリーグは今回もひゃっほうと跳びあがる。


 さっそくぶつ切りにして、鍋に入れた。じゃこう草を忘れずに!!



「うあー。ほうぼう、うめ~~! 青魚もいいけど、白魚・超うま~~い」


『みんな違ってて、みんなうまいのんな……』


『そうよ、色々いるからおいしいのよ……』



 ひれが大きくてひげもある、妙な外観のほうぼうは、何とも言えない舌ざわり。まろやかな弾力を持つ身に、あっさりとした味わいが上品である!


 小骨に注意しながら、ポトリーグは存分に味わって食べた。


 その脇の地べたにのびのび横たわって、野りんごをかじるあざらし姉弟も満足気である。のんびり団欒だんらんの図!


 るるとんとうずは、海中だいぶ用心をしつつ魚をとって食べたらしい。しかし蛇その他のあやしい気配はなかった、とふたりは言った。



『えっ。かにとお話したの? ポトリーグ』



 ポトリーグは先ほど、岩陰で会った金ぴか・かにおじさんのことをあざらし姉弟に話す。


 姉弟はひげを揺らして、大いに興味を持ったらしい。器用な蛇でも、さすがにかにに擬態することはできなかろう。心配ではなく好奇心に満ちた調子で、うず雄が聞いてくる。



『金ぴかって言うのんは。黄色とだいだいでぎらぎらしてて、お日さまみたいに光る感じなのん?』


「そうなんだ、うずっち! めっちゃ派手に金ぴかだったぞ!」



 朗らかに答えた後、ふっとポトリーグは不安になった。……ひょっとして、海に戻ったかにをうず雄かるる波が食べていたら……、どうしよう。



『ああ、≪太陽かに≫ね! たしかにとってもきれいよね、海の中でもぴかぴかしているわ。でもあれは、おいしくないのよ~』


『そうそう。硬い殻のなかみもかたくって、苦いらしいのん』



 ポトリーグは内心で、ものすごくほっとした。



「うん、引き続き食わないでやってくれ。ほいで、そのかにのおっちゃんが言うにはな? ここんち、≪いす島≫っつうんだって」


『いす?』


『へえっ、そうなの。知らない名前だわ、それも後で皆と共有しようっと』



 ポトリーグはかにに教えてもらったことを、洗いざらいふたりに話す。あざらし姉弟はひげを揺らしつつ、ほうほうとうなづいていた。



「けどなー、ちっと妙つうか。そのおっちゃん海に帰る時、≪みやこに戻る≫つったんだ。かにの住んでるとこにも、村とか町とか、みやこ・・・の違いがあるんかなあ?」



 ふっと思い出して、ポトリーグはつけ加えた。≪みやこ≫と言うのが耳慣れない言葉だったから、ポトリーグの記憶に引っ掛かっていたのである。


 首邑みやこなるものがいかなる場所なのか、ポトリーグはよく知らない。


 ひとつの国の中心地。王さま女王さまがでかい家を構えていて、たくさんの人と物が集まっている、と話に聞いたことはあった。


 でもポトリーグは故郷の小邦トゥアハ、領主のおやかたすら見たことがない。


 ヒベルニアから北上する前に寄港した、大陸アルモリカの港湾都市アレートが、今までの人生で見た最大の町である。ダルリアダの漁師町も大きくて人がたくさんいたが、どれも首邑みやこではなかった。



『へえー。太陽かにが、うじゃうじゃ住んでいるところなのかしらね?』



 るる波が、ごろごろんと寝返りを打ちながら言った。所詮たべられるかにではないので、気楽な感じ満載である。ほまれえびの首邑などだったら、目の色を変えるのかもしれない。



『あ~、でもねぇ。さっき自分、その東の岬のさらに向こう側にまわって、さかな探してたのんだけど』



 うず雄がもったりと話し出す。



『そこの海、やたらめったら石がいっぱいで。なんか不思議だったのん』


「石?」


『うん、立ってる石。でも倒れてるのもあったから、かにとかが隠れて住むには、いいのんかもね』


『あら。わたし達そんなに離れていなかったのに、そんな場所があったの? うずちゃん。わたしは全然気づかなかったわ』


『うん。……ポトリーグよりかね、大きくてのっぽの石が、きれいに海の底に立って並んでるのん。ぴしーっと』



 ……ぴしーっと?? どんなのだ、とポトリーグは思う。



『へえー、いかにも奇景って感じね? じゃあ明日の朝ごはん食べる時、教えてよ。わたしも見てみたいわ!』


「俺も見てみたいわ!」



 ぶふん!!


 おどけてるる波の調子をまねたポトリーグに、姉弟はみごとに噴いた。


 るる波が笑いながら、ポトリーグの脇腹にどすんと顔を埋めてくる。



「くくく、なんつって。そこって水が深いとこか? うずっち」


『のん、それがけっこう浅いのん。引き潮の時だったら、あれ石の頭が水の上に出るんでないのんかな……』


「へえ、そっか。ほんじゃ明日、出がけにそっち回ってって見てこうぜー? かにの首邑みやこ



 のんきに話しているうちに、やがてぽつりぽつりと雨粒が落ち始める。


 そこでポトリーグは、そそくさと寝じたくをした。あざらし姉弟のおひげを握ってから、小舟カラハ天幕テントの中にもぐりこむ。



「おやすみー」


『お休みポトリーグ!』


『お休みぃ』



 ぽたぽたぽたたたた……。


 暗闇の中、舟底の天井をたたく雨の音は、ゆるやかである。


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