71. 三匹だんらん、ほうぼう鍋
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かにの言った通り、東側の小さく突き出た岬の付け根に、低い樹々と草の生い茂る一画があった。
鳥の声は近くに聞こえず、頭上を飛ぶ影もここにはなかったが、草々の合間にきれいな水の湧き出る岩場がある。ポトリーグはほたて殻で水をすくい、鉄鍋に汲んだ。
帰り道を急ぐうちにも、空はしだいに暗くなってゆく。
降るなぁー、と思いつつ鍋にお湯を沸かしていると、あざらし姉弟がべたべたと音を立てて夜営地にやってきた。
「おおう!? るるっち、うずっち! この魚にも、ひげがついてるぞ」
『そう。ほうぼうよ!』
『……ひげとはちょっと違うのんけど、それ……』
きらっと紅い小ぶりの魚二尾を手に、ポトリーグは今回もひゃっほうと跳びあがる。
さっそくぶつ切りにして、鍋に入れた。じゃこう草を忘れずに!!
「うあー。ほうぼう、うめ~~! 青魚もいいけど、白魚・超うま~~い」
『みんな違ってて、みんなうまいのんな……』
『そうよ、色々いるからおいしいのよ……』
ひれが大きくてひげもある、妙な外観のほうぼうは、何とも言えない舌ざわり。まろやかな弾力を持つ身に、あっさりとした味わいが上品である!
小骨に注意しながら、ポトリーグは存分に味わって食べた。
その脇の地べたにのびのび横たわって、野りんごをかじるあざらし姉弟も満足気である。のんびり団欒の図!
るる波とうず雄は、海中だいぶ用心をしつつ魚をとって食べたらしい。しかし蛇その他のあやしい気配はなかった、とふたりは言った。
『えっ。かにとお話したの? ポトリーグ』
ポトリーグは先ほど、岩陰で会った金ぴか・かにおじさんのことをあざらし姉弟に話す。
姉弟はひげを揺らして、大いに興味を持ったらしい。器用な蛇でも、さすがにかにに擬態することはできなかろう。心配ではなく好奇心に満ちた調子で、うず雄が聞いてくる。
『金ぴかって言うのんは。黄色とだいだいでぎらぎらしてて、お日さまみたいに光る感じなのん?』
「そうなんだ、うずっち! めっちゃど派手に金ぴかだったぞ!」
朗らかに答えた後、ふっとポトリーグは不安になった。……ひょっとして、海に戻ったかにをうず雄かるる波が食べていたら……、どうしよう。
『ああ、≪太陽かに≫ね! たしかにとってもきれいよね、海の中でもぴかぴかしているわ。でもあれは、おいしくないのよ~』
『そうそう。硬い殻のなかみもかたくって、苦いらしいのん』
ポトリーグは内心で、ものすごくほっとした。
「うん、引き続き食わないでやってくれ。ほいで、そのかにのおっちゃんが言うにはな? ここんち、≪いす島≫っつうんだって」
『いす?』
『へえっ、そうなの。知らない名前だわ、それも後で皆と共有しようっと』
ポトリーグはかにに教えてもらったことを、洗いざらいふたりに話す。あざらし姉弟はひげを揺らしつつ、ほうほうとうなづいていた。
「けどなー、ちっと妙つうか。そのおっちゃん海に帰る時、≪みやこに戻る≫つったんだ。かにの住んでるとこにも、村とか町とか、みやこの違いがあるんかなあ?」
ふっと思い出して、ポトリーグはつけ加えた。≪みやこ≫と言うのが耳慣れない言葉だったから、ポトリーグの記憶に引っ掛かっていたのである。
首邑なるものがいかなる場所なのか、ポトリーグはよく知らない。
ひとつの国の中心地。王さま女王さまがでかい家を構えていて、たくさんの人と物が集まっている、と話に聞いたことはあった。
でもポトリーグは故郷の小邦、領主のお館すら見たことがない。
ヒベルニアから北上する前に寄港した、大陸アルモリカの港湾都市アレートが、今までの人生で見た最大の町である。ダルリアダの漁師町も大きくて人がたくさんいたが、どれも首邑ではなかった。
『へえー。太陽かにが、うじゃうじゃ住んでいるところなのかしらね?』
るる波が、ごろごろんと寝返りを打ちながら言った。所詮たべられるかにではないので、気楽な感じ満載である。ほまれえびの首邑などだったら、目の色を変えるのかもしれない。
『あ~、でもねぇ。さっき自分、その東の岬のさらに向こう側にまわって、さかな探してたのんだけど』
うず雄がもったりと話し出す。
『そこの海、やたらめったら石がいっぱいで。なんか不思議だったのん』
「石?」
『うん、立ってる石。でも倒れてるのもあったから、かにとかが隠れて住むには、いいのんかもね』
『あら。わたし達そんなに離れていなかったのに、そんな場所があったの? うずちゃん。わたしは全然気づかなかったわ』
『うん。……ポトリーグよりかね、大きくてのっぽの石が、きれいに海の底に立って並んでるのん。ぴしーっと』
……ぴしーっと?? どんなのだ、とポトリーグは思う。
『へえー、いかにも奇景って感じね? じゃあ明日の朝ごはん食べる時、教えてよ。わたしも見てみたいわ!』
「俺も見てみたいわ!」
ぶふん!!
おどけてるる波の調子をまねたポトリーグに、姉弟はみごとに噴いた。
るる波が笑いながら、ポトリーグの脇腹にどすんと顔を埋めてくる。
「くくく、なんつって。そこって水が深いとこか? うずっち」
『のん、それがけっこう浅いのん。引き潮の時だったら、あれ石の頭が水の上に出るんでないのんかな……』
「へえ、そっか。ほんじゃ明日、出がけにそっち回ってって見てこうぜー? かにの首邑」
のんきに話しているうちに、やがてぽつりぽつりと雨粒が落ち始める。
そこでポトリーグは、そそくさと寝じたくをした。あざらし姉弟のおひげを握ってから、小舟天幕の中にもぐりこむ。
「おやすみー」
『お休みポトリーグ!』
『お休みぃ』
ぽたぽたぽたたたた……。
暗闇の中、舟底の天井をたたく雨の音は、ゆるやかである。




