69. 美しきおじさんの登場
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一行はこの日午後遅くまで、かなりの距離を進んだ。
しかし灰色の陰鬱をかき分け、穏やかに差していた陽光は、やがて弱くなってゆく。
ポトリーグの黒い皮の小舟の上、るる波とうず雄の頭上に、ふたたび曇り空が広がった。さらに風は冷たく、重くなっていくようだ。
「雨になるっぽいな~??」
西の方から、暗色の雲がたなびいてくるのが目に入る。
しかしポトリーグが空模様に気づいた時、るる波はすでに夜営地の目星をつけていたようだ。ぷしゃっと頭を海面に出すと、姉あざらしは落ち着いた声で言った。
『大丈夫よ、ポトリーグ。じきに右手に見えてくる島で、雨に備えるしたくができるからね!』
「おう、るるっち」
安定している、海上あざらし天気予報!
やがて西側に見えてきた島影にむけ、一行は進路を変える。
ひらけた浜には、入り混じる岩棚があるようだ。ポトリーグ達におあつらえむけの接岸地である。
「ここんちも、浜に舟のり上げんの楽そうだなー。うずっちとるるっち、そのまま魚とりに行ってくれよ」
『ん~~』
だいぶ汀に近づいたところで、ポトリーグは提案した。しかしうず雄は、迷っているらしい。
前の島、≪やどりぎ島≫で別行動をとった際に、蛇につけこまれたのが効いているのである。
『大丈夫かなあ』
「俺も、心配っちゃ心配だけどよう。さすがに連続して同じ手は、蛇どもも使わねえんじゃねぇの? きのうの今日だし」
『……そうね。でもわたしとうずちゃんは、なるべく近くでお魚たべるとして……。ひとりで陸にいるポトリーグが、狙われないかしら』
「あー、それなんだけど。さっき、あの裏手の森だか林の上に、鳥がぱらぱら飛んでんの見たんだ。大丈夫だと思うぞ」
島に他の生きものの気配があるなら、蛇の潜む可能性は少ないのではないか、とポトリーグは考えたのである。
と言うのも思い返せば、蛇のひそんでいる島には異様な静かさがあったからだ。
≪かたばみ四つ子島≫には監視役のつのめどりがいただけだし、昨日の≪やどりぎ島≫にも鳥たちは見かけなかった。飛べるものはおそらく、危険を察知してどこか別の島へ避難しているのだろう。
≪やどりぎ島≫であんなに風が強くうなっていなければ、ポトリーグも何となくの異変に気づけていたかもしれない。つくづく蛇どもは狡猾である。
『そっか。ほんでも、気をつけるのん? ポトリーグ』
「うん、うずっち」
『雨が降るのはもう少し先だけどね。ちゃちゃっと行ってきましょう、うずちゃん。何かあったら、海に向かって大声で叫ぶのよ? ポトリーグ』
「わかった、るるっち」
浅瀬の上をあざらし姉弟は引き返し、たぷん! とそれぞれ海中に潜っていった。
するっと浜に乗り上げて、小舟を引っぱりつつポトリーグはあたりを見回す。
波のざわめく音と風、そこに隠れているようなものはない。静かであり騒々しくもある、ごく普通の秋の浜の風景だ……。
「舟は……、よっとぉ」
ポトリーグは、肩の上に小舟をかつぎ上げた。
あざらし姉弟と一緒に、海上から見当をつけておいた岩陰にむけて歩いてゆく。
「この辺でいいよなー。海に近すぎず、遠すぎず~」
引っくり返した小舟を置いて、ポトリーグはいつも通り海藻を集めにかかる。
しかし、磯岩の隙間に目をやった時だ。かすかに……何かの気配を感じた。
――おっ。鳥?
ごそごそ、がさごそ……、それは何やらがさつな気配だった。しゅるしゅる音なく忍び寄る蛇ではない。
「ちわーっす」
危ないものではない、と踏んでポトリーグは気軽に声をかけた。
「雨になりそっすねー」
最強社交術、当たり障りなきお天気の話題でせめてゆく。若いのに老獪だ。
ちなみにポトリーグは、故郷ヒベルニアでもこういう子であった。初見の相手に軽く声をかけるのは、簡単なようで実はものすごく難しく、技術と経験がいる。
それを軽々やってのけるのだから、ぜひほめてあげて欲しい。
『……さほどひどくは、降らんよ。けれどまた冷えつくな』
塩辛い感じの、おじさん声が返ってきた。しめた、とポトリーグは思う。
「そっすかー。じゃあ早めに水探しとこ。ここんち、近くに水場ないっすか?」
『……』
会話が途切れる。あれ、とポトリーグは思った。警戒して、逃げられてしまったのだろうか?
声の聞こえた方を、そうっと見渡してみた。大きな岩の上から、じっと視線を下げてゆく……。その岩々の合間から、声はしていなかったか。
『お前さん、海から来たくせに水はどこって……。大丈夫か?』
「あ」
ポトリーグは気づいた。でもって、蒼い双眸を見開いた!!
『ああ、いや。それって、笑うとこだったの?? おちがわからんのだけど』
岩と砂地のあいだ辺りに、手のひら大の大きなかにがいた。
かには蟹だが……。見たこともない、金ぴかにきらきら光るかになのである!!!




