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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第九踏 ≪やどりぎ島≫
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66/101

66. まやかしの安らぎ

 

『……どれ、そろそろ姿を見せましょうかね。驚いたり、怖がったりしないでね?』


「うん」



 その時、磯の岩陰にもそり、と動くものが見えた。



――え?? 木の枝??



 ひょえーっ、と叫びそうになって、ポトリーグは慌てて口をつぐむ。


 もっさもっさと盛大に毛を生やした、特大級のけむしが出現したのである!


 深緑のかさばる強毛こわげが、ちょうどやどりぎの葉っぱのようだった。その先に、白っぽい頭がくっついているのだ。



『ふふふ、やっぱり驚いたわね。なが虫を見たことが、ないのでしょう?』


「ごめんさい……」


『いいんですよ。さあ、わたしの目を見てごらんなさい。これからはもう、何も心配はいりませんからね』


「……?」



 もしょもしょとのたうつようにして近づいてきた≪なが虫≫の前にしゃがみ込み、言われるがままにポトリーグはその目を見た。


 白くつるっとした顔の中に、きらりと赤い眼がきらめいている。


 ヒベルニアで見ていた毛虫や青虫、いも虫の顔とはだいぶ違う気がする。いやしかし、≪なが虫≫はそれらの虫とは異なるものだ。似ていなくて当然なのかもしれない。



『……あなたは、ひとりぼっち。けれどあなたを抱きしめて守ってくれる、みんなの王さまのところへ行きましょうね。そこであなたは、いつまでも幸せに、楽しく暮らすのよ』


「いや、ながむし姉ちゃん。俺は元いたところに、帰るつもりなんだけど」



 穏やかに反発してはみるけれど、ポトリーグは何だかふわふわした心もちになっていた。なが虫の赤い眼は、夏の日みたいにあたたかくて心地よい。なんだか頭が重くなってゆく……眠いような??



『そうそう、王さまのところへ帰りましょうね。あなたの帰るおうちは、そこなのよ。王さまの手下になれば、あなたは王さまの子どもとみなされる。王子さまになって、あたたかい場所でとぐろを巻いて。口いっぱいに弱いものの血と肉をたべて、暮らしましょうねえ……』



 ふわああああん……。


 なが虫の優しい声が耳に満ち、ポトリーグの視線いっぱいに赤い視線が映り込む。


 ポトリーグは、猛烈に眠たくなってきた。何もかも忘れて、横に……なりたい……。



―― ……ーグ!!



 ポトリーグがまぶたを落とし、膝を抱えて顔をくっつけようとした、その時だった。



――ポトリーグっっっ!!



 はっ!!


 一挙に夢からさまされる思い……。いつかの朝方、むいむいと鼻づらを押しつけて起こしに来たるるとんのあのひげの感触が、じゃらっとポトリーグの中に呼び覚まされる。



「るるっち!?」



 がばり、と身を起こし立ち上がって海の方を見ると、どんより灰色空の下!


 波の間に、なつかしい姉あざらしの頭が見える。



「るるっちぃぃぃー!!」



 あんまり嬉しくて、涙が弾けた。しかし次の瞬間、ポトリーグはぎょっとする。


 姉あざらしのずっと後方、ぽかりと浮いたのはうずの頭だ。


 その背後の海面が不自然に泡立っている。波? いいや、ちがう!



「あんちきしょうッ、蛇の群れじゃねえかあッッ」



 裏返した小舟カラハに駆け寄ると、ポトリーグはその下に置いていた鉄鍋を左手に、そしてとねりこカモーンを右手にひっつかんだ。


 波打ち際に向かって走る。走りつつ、浜に落ちている石や貝がらを、ひったくるように拾って鍋に投げ入れる。とうとう、姉弟あざらしが突き進んでくる正面に立った!



「うずっちぃー!!! こっちだ、まっすぐ来いやーッッ」



 高らかに叫んで、とすっと小石を宙に投げ上げる。


 すぱあーんッッ!


 とねりこ杖を上段に振りかぶる、叩き切るようにしてポトリーグは宙の石を打った。


 ぎいーん、それは一直線に飛んでうず雄の背後、うねうねばしゃばしゃとのたうつ蛇どものかたまりを撃った! それこそ波がしぶきに弾けるように、ぶわっと蛇たちの身体が躍り上がる。



「うずっち! るるっちの、反対側に寄れーッ」



 とすっ……ぱしぃーん! とすっ……びしーッッ!!


 ポトリーグは鉄鍋から小石を拾い上げては、びしびしと蛇の波めがけ連続で撃っていった。


 その間にうず雄、るる波は浜へ上がり、びたびたびたと左右からポトリーグの脇へと這いよる。


 あざらし達のすぐ後ろを、うねうねうねと小さな蛇どもが追いかけて来る。しかしかれらは波打ち際で、そのうねりを止めた。


 水の中から、出てこようとはしないのだ。



「何があったんだッッ!?」



 ようやくすぐ近くまでたどり着いた姉弟あざらしの身体を、すばやく見てポトリーグは問うた。とくに傷はない、ふたりは無事だ!



「海ん中で、襲われたんかよッ」


『そう! 別々にしつこく追いかけ回されて、ずっと沖にまで逃げていたの。ようやくまわりこんで、うずちゃんと合流できたから、こっちに戻ったんだけど……!』



 ぶるぶる震えて荒い息をつきながら、るる波が言う。



『こんな長い間、しつっこく追われたのんは初めて……!』



 うず雄もまた、消耗しているようだった。ぶおんと吐く息に、疲れがにじんでいる。



「ちきしょう。何をたくらんでやがるんだ、あいつら……!?」




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