64. なが虫のお姉さん
『……姿を見せるのは、ちょっと恥ずかしいから勘弁しておくれ。わたしは、≪なが虫≫なのよ』
「ながむし~??」
聞いたことがない。長い虫……と言うと、いも虫けむし、青虫のたぐいだろうかと思いかけ、ポトリーグは気づいた。そうか、みみずだ!
それなら日に当たりたくない、落ち葉の中にいたいと言うのもうなづける。
『わたしのことより、あなたのことを教えてちょうだいな。ずいぶん若いようだけど、たったひとりで旅をしているの? お父ちゃんやお母ちゃんは、一緒にいないのかえ』
「あー、親とかいねえ。けど今は、連れがいるんだ」
『……おんなし種族のお連れ?』
「ううん、あざらしのきょうだいなんだ。一緒に航海してくれてんだよ」
『へえっ、そうなの。けどまた、どうして南に向かっているの?』
姿の見えない≪なが虫≫は、好奇心旺盛らしかった。ポトリーグの耳に優しい声で、次々に話を聞き出してゆく。
ポトリーグがここまでやって来たそのいきさつ、どうして≪黒き島々≫の南端をめざして航海をしているのか、を穏やかに知りたがった。
悪い気はまったくしない。ポトリーグは問われるがままに答えて語る。
ざわっ……。
頭上の梢が、風に揺れた。そこで頭を上げたポトリーグは、だいぶ日がかげっているいることに気づく。
「おっと、やべえ! 遅くなっちまったら、色々したくが面倒になっちまう。ごめんよ、なが虫のねえちゃん。俺、もう行かないと」
ざわ……ざわ、ざわ。
風に揺れさざめいているのは、……樫の上のやどりぎ達なのだろうか?
「さいならー」
ポトリーグは挨拶をおくったが、≪なが虫≫の優しい声は、もう返ってこなかった。
土の中にもぐってしまったのだろう、とポトリーグは思う。
二歩三歩あるきかけた時、すらすら・すいっ!
梢の中に、何かがすばやく動いたような気がする。
「……?」
それも風か、と肩をすくめて、ポトリーグは小さな水の流れをたどって行った。
・ ・ ・
『へえ~。≪みみず≫とお話したの? 陸にも、ごかいみたいなのが住んでいるのね』
「そうなんだ、るるっち」
あざらし姉弟が海から持ってきてくれたのは、小ぶりのかれいだった。つるりとした皮の中の白身が、やわらかく……うまい!!
ゆでて火を通し、味付け香りづけにじゃこう草の葉っぱを散らすだけの≪鍋≫に、ポトリーグは飽きなかった。
どころか慣れ親しみ、魚肉そのものの味をより深く、より鋭く感じるようになっている。
「昨日けさともらった、あの大いわしとは、ぜんぜん違うじゃんかよう?」
『そりゃあ、青ざかなとはねえ』
「けどおんなし白身の魚でも、たらとかれいはまた別もんだろ。食いものって、まじで超奥が深いのなー?」
うず雄とるる波によれば、海の中にはさらに数多の種類の魚がいると言う。これまでの旅路で、あざらし姉弟がポトリーグに食べさせてくれたものは、そのほんの一部に過ぎないらしい。
「なんてこった。そんなにたくさん色々いるんなら、一生かかっても食い切れないぞ?」
『そういうことなのよ、ポトリーグ。さらにおさかなには、ほら赤いのも……』
ごう~~!!
言いかけたるる波の声を、風がさらってゆく。鍋の下の小さな焚き火が消えないよう、ポトリーグは身を乗り出してかばった。
「えーと。何の話だっけ」
『みみず、とか言う虫のことでないのん』
いつも通り浜の地べたに横たわり、のんびりと言ううず雄にポトリーグはうなづいた。
「そうそう。みみずのねえちゃん」
『その、みみずって。けっこう遠くへ、行くもんなのん?』
「え……?」
かれいの身を入れたほたて殻をすすりかけて、ポトリーグは手をとめる。
『土の中にずうっと住んでる割には、やたら外のことよく知ってるのんな。さらにポトリーグの行くとこ、海の向こうの島々のこと、知りたがったりって……そういうもん?』
ポトリーグは小首をかしげた。確かに、言われてみればうず雄の言う通りだ。
ずっと土中にいるみみずが、川の流れのさまや木の上のやどりぎ、海のことを普通に知っていたのは奇妙である。
「んーと……。土ん中しか住めなくって退屈してたから、色々と俺の話を聞きたかった、とか~??」
ポトリーグは、一応そう言ってみた。しかし自分でも何となく無理がある、と感じる。
『何か、引っかかるの? うずちゃん』
『ん~~~』
問いを発したうず雄自身も、何だかよくわからない様子だった。何なのだろう、この違和感??
「……さーて。暗くなる前に食って、寝ちまおうー」
ポトリーグは無理やり、目の前のかれい鍋の残りに意識を戻した。
ほかほか……。
・ ・ ・
ひぃうー……ひゅう……しゅううう……。
あざらし姉弟のおにく厚みにはさまれて眠る、小舟天幕の内側。
はるか上空で吹きすさぶ風のうなり声が、ポトリーグの夢の中にまで入り込んでいた。
ひゅううーん。しゅうーッッ。
――……おまえには、帰るところ。行くところなんて、ないのよ……。……泣く泣く遠い道を越えて行っても、そこで待ってくれているひとなんて。おまえには、いないのでしょう……?
「むにゃッ、むうん」
暗闇の中、ポトリーグはもぞもぞと寝返りをうつ。
しゅううう……しゅーッッ……。
――それよりも、おまえのことをはっきりと待ってくれているすてきなひとが、もっとずっと近くにいますよ。とても強くてやさしくて、すべての願いをかなえてくれるお母さまが、いるのですよ……。
「んがッッ」
鼻息を荒くつき、無意識のうちにポトリーグはうざい囁きをはねつけ振り払った。もちろん、眠ったままである。
しゅうううう。しゅううううう、……ひゅうー。
奇妙な息と、同じ口からもれる甘い囁きとが、遠ざかってゆく。
やがてそれも、風のうなりにまぎれた……。




