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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第八踏 ≪マラキのいた島≫
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62/101

62. ともに歌い、波に騎りゆく存在

 いま、ポトリーグは改めて思う。


 無我夢中でくぐり抜けてきた、あの火柱のたつトゥーレの≪氷の海≫……。あれはおそらく人間の住む世界の、最後の境界線・・・だったのだ。


 そういう境目さかいめの外側に、人がいないのは当たり前である。


 うずとるるとん、優しいあざらし達にめぐり会えたのは、本当に幸運だったけれど。


 あまり長居してはならない、ここんち世界に邪魔しちゃいかん……と、ポトリーグは感じるのだ。


 自分の【約束の地】を目指して探し当てたマラキと異なり、ポトリーグはブレンダン修道院長についていく専門の、ただの見習いなべ番なのだから。


 たしかに修道院長は、【約束の地】をめざし航海に出る、と宣言した。


 しかし、この≪黒き島々≫のことをブレンダン修道院長が意味していたとは、とても思えないのだ。


 というのも、修道士の兄さん達の話していた【約束の地】は、普通の生活とは全くかけ離れたところ……だったよな? と、ポトリーグは記憶しているのである。


 例えば厨房の煮炊きのわずらわしさや、掃除するべきかわやなどが一切ないところらしい。なくって全然かまわないところ、とにかく喜びと平和だけがあふれていて、天の御使いと直に話せるすてきな地、なのだそうだ。


 お腹もすかないということだろうか? だとしたら実に都合がよろしい。


 ……が、今現在ポトリーグはしょっちゅう空腹を感じているし、だからこそうず雄たちのくれるものがおいしい。


 夜になれば、疲れがたまって眠くなる。大小さまざまを出す必要もある。


 緑色の空と海はじめ、見慣れぬ不思議なものに囲まれているのは確かだ。けれどポトリーグが今いるここんち・・・・は、修道士の兄さん達の話していた夢のような【約束の地】とは、ちがう。空腹と渇きと汚れ、不安と痛み、かなしみが依然としてある。つまりはこれまでを過ごした日常、それに連なるところなのだ。


 ポトリーグは単に、航海の一団からはぐれて、道を外れてしまっただけ。ブレンダン修道院長を差し置いて、うっかり自分だけ【約束の地】に迷い込んでしまったとは、到底思えなかった。



『≪かいぎゅう島≫も、相当に大きいというから。アイレーと似たようなものかしらね? あと二・三日くらいで、そこへたどり着けると思うんだけど……』



 るる波はそう言うが、姉あざらしにとってもそこは未知の海域だった。


 ごくわずかに、るる波が語尾ににじませた不安を嗅ぎ取って、ポトリーグは息を吸い込む。



 ♪波に抱かれ 海をくあなた



 つのめどりのおばさんに教えてもらった、先人マラキの歌を声にのせる。



『♪ろ~~ん』


『♪ろ~~ん』



 と、うず雄とるる波がうなり・・・で一緒にのってきた!


 うわんうわんと響きながら流れてゆく風のような、あざらしの歌がポトリーグの歌にからまり、……やがてともに組み編まれて、海の上を進んでゆく。



「♪私はともにゆく とうときあなたと――」


『♪ろ~~ん』


『♪ろ~~ん』



 歌とともに一行は、ぐいぐい南へ進んでいった。



『気持ちいいわ!』



 るる波が言う。とたん、ばしゃっと水面から散った滴が、きらきらと宙に明るく輝く。



『波と風と、歌が押してくれているみたいよ』


『ポトリーグ、歌うまいのんな?』


「えー、そうかぁ? 人呼んでおんち上王あるどりだぞ、俺」


『何なのんそれ……あざらし的には、十分うまいど? ねえ、るるちゃん』


『そうよー、力のある声よ。どんどん歌って、ポトリーグ』


「♪そうか~、♪ほんじゃあ~~」



 あざらし姉弟の言葉に気を良くして、ポトリーグは再び声を張り上げた。



 ♪私はともにゆく とうときあなたと



 確かに、帆を膨らませる風が力強くなっている……? 気が、しないでもない。ポトリーグは笑顔だった。



――尊きあなた・・・って誰。やっぱ神さまだったんかなぁ、あんたにとっては……? マラキ!



 ポトリーグにとっての≪あなた・・・≫は、うず雄とるる波である。


 また歌を通して、自分の航海を押してくれる先人。マラキその人、とも思えた。










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