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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第八踏 ≪マラキのいた島≫
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61. あざらし姉弟、アイレーの話をちょっとする

 ・ ・ ・ ・ ・



 一行がその日進んだところは、昨日の航路ほどに何もない海域ではなかった。


 左に右に大小の島々が浮かぶ中を、ポトリーグたちは行き過ぎる。


 どこの島にも近づきはしなかったが、ポトリーグの目には時々、上空を飛んで行く鳥たちの影がうつった。



「つのめどりも言ってたな。飛べるうちには、けっこう島があるんだって」


『と言うか、≪マラキのいた島≫の周りだけが、割とぽっかりしていたんだわ。≪黒き島々≫はアイレーが見えるところから≪かいぎゅう島≫まで、つらつら島なりいわおなりが絶え間なくつながっているものだって、長老たちが言っていたし』



 るるとんの言葉の中に、新しい地名を聞きつけて、ポトリーグはおやっと思う。



「るるっち。何だそれ、アイレーって?」


『え? 言ってなかったっけ。わたし達の≪ひげあざらし島≫の、ずーっと北にある大きな島のことよ』



 柳枝に通した帆につながる細綱を操りつつ、ポトリーグは首をかしげた。



「言われたかもしんねぇけど、さっぱり憶えてねえ。どうゆうとこ?」



 と、言うよりも……。ひたすら故郷ヒベルニアに帰ることを考え、南を目指していたポトリーグである。北のことなんて、これっぽっちも気に留めていなかった。


 うずと出会った小島および、ひげあざらし達の多く住む島が、≪黒き島々≫の北端に近かった、という認識はある。しかしその先、北上したところに一体何があると言うのだろう?



『会ったばっかの頃にね、自分ったかな。空が青いとこなのん』


「あ、あ~~。北のでっかい島かあ!」



 そう言えば、とポトリーグは思い出した。


 ここ≪黒き島々≫では、なぜか空が緑色なのである。どうしてなのかと問うたポトリーグに、うず雄は言っていたではないか。北には、空が青く見えるところもあるのだ、と。



『そうそう。それにアイレーは、だいぶ暖かいという話よ』


『だったね。るるちゃん』


「へえ?」


『わたし達の遠いご先祖の中には、アイレーへ行ってみたひげあざらしもいるの。けれど、どうにもぬく・・すぎて、こりゃ合わないなと引き返したんですって』



 寒さに強いひげあざらしだが、逆に暖かすぎる気候はよろしくないらしい。ひやっと冷涼なくらいが、最適なのだ。



「……けど、ちょっと待てよ? るるっち、うずっち。アイレーってのは、≪ひげあざらし島≫のずうーっと北にある、って言ったよな?」


『そうよ。お天気のすごくいい日なら、≪ひげあざらし島≫からも、薄ーく島影の見える時もたまにあるわね』


『水平線の上に、横向き長ながのびてるのん。幅ひろ島』



 自身も幅ひろなうず雄が、のんびりと言い添える。



「でもよう。普通は北へ行くにつれて、だんだんと寒くなるもんでないのか?」



 故郷ヒベルニアから、わずかに南下して北アルモリカへ。そこから再北上してダルリアダを通過し、極北の地トゥーレへと到った、修道士たちとの航海を思い返してポトリーグは言った。



「なんで北にあるアイレーが、あったけえんだ??」


『えっ。逆じゃないの、ポトリーグ。南に行くにしたがって、どんどん寒さがきつくなるのよ?』


『今、げんに寒くなってってるのでないのん。南にむかってるうち』


「……」



 ポトリーグは、もしゃもしゃ黒い巻き毛頭を、片手でかいた。



「……そっかぁ~」



 理解不可能、不可解の底におちかけて……はた、とポトリーグはあることに思いあたった。



――トゥーレの近くの≪氷の海≫。あそこがこの世ぜんぶの、つめたい・・・・中心だったんでないのか? そこから離れるにつれて、寒さがやわらぐってんなら。ずーっと遠くのアイレーがあったかいのは、道理よな? うん、南北うんぬんの方角は、たぶん関係ないんだな!



 その考えでゆくと、ここ≪黒き島々≫は≪氷の海≫をはさんで、さらに北側にあるのだろう! と、ぼんやりした地理感覚もポトリーグの脳内に浮かび上がる。


 これまで転々として来た親戚宅のある集落、そしてシャナキール修道院の周辺地形には明るかったが、それから外側の地理をポトリーグはほとんど知らずにいた。


 航海中に修道士の兄さん達が、だいぶ知識の範囲を拡げてくれたものの。トゥーレの先にいったい何があるのかまでは、まだ知らされていなかったのだ。


 もうちょっと色々聞いとけばよかったなー、とわずかな後悔がポトリーグの胸をかすった。航海に、後悔役立たず。



『まあ、実際に≪黒き島々≫を縦断して移動している生きものなんて、そうそういないし。感覚としては、ぴんと来ないのが普通よね!』



 黙り込んでしまったポトリーグを気遣ってか、るる波は明るく言った。



『わたしたち姉弟だって。この冒険のおかげで、現代ひげあざらしの航行最南端記録をぬりかえているところだもの。探検家あざらし・るる波を名乗ってもいいかもしれないわ、ふふふっ』


『うん。世の中うみの中、わかんないことの方が多いのん』



 もっそり、と言ったうず雄の言葉は真実である。



「だなー。いつか、北の方も探検したらどうだー? るるっち、うずっち」


『え~』


『暑いのんは、ちょっと~……』



 ふふふ、ははは……。


 南へ行く自分が、見ることはないのだろうが。ポトリーグはちょっとだけ、北の≪アイレー≫に思いをはせる。北にあってもぬくい島、とな??


 大きいところだとしても、まさか大陸ってことはないだろう! それに多少広い土地でも、ここまで見てきた島々のように、人間が住んでいるとは思えない。


 ポトリーグは改めて思う。


 自分がくぐり抜けてきた、あの火柱のたつトゥーレの≪氷の海≫。あれはおそらく人間の住む世界の、最後の境界線だったのだ。



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