60. 川の字ひなたぼっこ
つのめどりの老夫妻は飛んでゆく前、マラキの使っていたと言う小さな湧き水のありかを、ポトリーグに教えてくれる。
それは南側の斜面、岩肌のすきまに流れ出る泉だった。冷たく澄んで、清らかな水である。
鉄鍋の底に少しだけそれを汲んで、ポトリーグはつのめどり達に、そしてマラキの墓に別れを告げた。
両手にとねりこ杖と白樫の櫂、たぷたぷ鍋の水を揺らしながら、慎重に斜面を下ってゆく。
時々立ち止まって見下ろすと、変わらずにるる波が、そして戻ってきたうず雄が岩棚の夜営地にいて、頭をこちらに向けてくれているのがわかる。
険しい荒れ小道をくだりきると、岩の上をのたのた這って、あざらし姉弟が近寄ってきた。
『ポトリーグ』
『ポトリーグ』
「うん。大丈夫だった」
鼻づらを寄せてきたふたりの長いおひげを、ポトリーグは両手に握った。
うず雄の獲ってくれた大いわしを鍋で煮て食べながら、ポトリーグは話す。島の頂で見た先人の住まいと白い亡骸、そしてつのめどりに語られた≪マラキ≫の物語を。
焚き火の脇にぐでん、と横たわり、うず雄とるる波はだまって聞いていた。
「その人のうたってた歌も、教えてもらった」
いわしの尾近くから歯で身をこそげ取りつつ、ポトリーグは言った。
『聞こえてたわよ。ポトリーグが歌うの』
ふふふ、とやわらかく笑いながらるる波が言う。
『つのめどりのは、鳴き声としかわからなかったけど。あなたの歌は、ここまで流れてきていた。素敵だったわよ?』
「まじか」
『まじよ』
もふん、とうず雄も相槌を打つ。
その後ポトリーグは、ふたりに挟まれてしばし横になっていた。あざらしに時々必要な、日向ぼっこ。
朝の陽光は明るい。不安もさびしさも、その中に溶けてゆく。
マラキは一人ではなかったし、自分にもうず雄とるる波がいる。
そのことを知ったポトリーグは、両脇に迫る壁のようなあざらしおにくに挟まれ、安心していた。
・ ・ ・
岩棚の間から慎重に小舟を海に下ろし、ポトリーグ達は出発する。
だいぶ沖合に出たところで、ようやくポトリーグは振り返った。
帆を操りながら、ポトリーグは思う。
――そういや、ここんちの島の名前を。つのめどりに聞いてなかったなぁー……。
るる波もうず雄も、知らないのである。というかひげあざらし一族の中に、ここへ来たことのある者はいないのだ。姉弟が初めて訪れたのかもしれない。
『住んでるつのめどり達にとっては、名があるんでしょうねぇ。でも、確かめようがないわ』
小舟の左脇をゆく、るる波が言った。
『事実そのまんま、≪マラキのいた島≫でいいんでないのん?』
右側に顔を出したうず雄が、のんびりと提案する。
『≪マラキ島≫って言うと、島がマラキのものっぽくなって、つのめどり達が怒るかも。でも≪マラキのいた島≫て自分らが呼ぶだけなら、さしさわりないっぽいのん』
「そうだなあ、うずっち。ほんじゃあ仮称≪マラキのいた島≫っつうことでー」
ぶうん! 吹いてきた風を、帆いっぱいに受ける。
「俺の航海譚、第八踏! 先人の【約束の地】にして、≪マラキのいた島≫。完了ッッ」
ぶぶ、ぐうーん!
小さな皮の舟とあざらし達は、緑の海原をぐんぐん南へ。
風に押されて、すべるように騎り出してゆく。




