58. マラキの【約束の地】
「……マラキって。乗ってきた殻にまたのっかって、どこか別のところに行こうとはしなかったんかな?」
少し怖い質問を、ポトリーグはつのめどりに問う。
マラキの乗ってきた皮舟は、磯にあたって破れてしまった……。修繕がままならないほどに大破していたのなら、当然航海はできなくなる。
舟が壊れたせいでマラキは、この巌の島から脱出できなくなったのかもしれない。本人は、他の場所へ行きたいと切望しなかったのだろうか?
あるいは故郷のヒベルニアへ、帰還したいと思わなかったのか。……思わないはずが、ない。
答えを聞けば、マラキの無念と悲痛をじかに突きつけられることになるだろう……。怖かったが、それでもポトリーグは聞かずにいられなかった。
つのめどりはゆっくり、黄土色のくちばしと頭を揺らしてうなづく。
『しなかった。私も実は若い頃、きみと同じ疑問を持った。だから話を語り伝えたおとな達に、質してみたんだ』
厳しいこの巌の島からは、周りを見渡しても、近くに他の島々の影はみえない。荒ぶる空と海に挟まれれば、それこそどこにも行き場のない孤立したところに感じられるが、実際はそうでもないのだ、とつのめどりはポトリーグに教えた。
『一日かけて羽ばたいていけば、北に南にいくつかの島々がある。そういった近所へ移り住んだり、戻ってくる鳥たちはけっこう多いのだよ。だから私たちは自由に生きている、という感覚を持っている』
しかしこのつのめどりは、海を泳げず空を飛べない生物≪マラキ≫が、島に閉じ込められたと感じて、あわれに思ったのだそうだ。
『そうしたら、ね。私の祖父はこう言った……。マラキはここを、【約束の地】と呼んでいたのだ、と』
「えっ!? ほんとか!」
『ふふふ、だからねポトリーグ。これは私たちが語り継いできたマラキの話であって、本当かどうかはマラキ以外だれにもわからないのだよ。けれど私自身は、祖父が確かにそう言うのを聞いた。そうして不思議に思ったものだ。約束と言うからには、前もってマラキは誰かと待ち合わせをしていた。この島に来るつもりで来た、ということになるだろう?』
「そう……そう、だなー?」
ポトリーグは内心、ぶったまげていた。
つのめどりの口から、修道士たち……ブレンダン修道院長が言っていたのと、同じ言葉が飛び出たものだから。
――約束の地!!
『私はそのことを知るまで、マラキというのはとてもみじめな生きものだったと想像して、かわいそうにと思っていた。絶望に追われてふるさとを離れ、雷の中を流されて、最後は嵐によって磯にぶっつけられた。そんな風に独りぼっちでやって来た彼のことを、あわれんでいたんだ。でも私は、間違っていたのだと思う』
「……」
『彼はここを【約束の地】と呼び、ここで生きて終わりを迎えた。いったい誰と、どういう約束をしていたのかは、わからない。けれどマラキはここに来ようとしてやってきて、その願いを成就させたのだ、と今の私は解釈している。彼が毎日、ほがらかに歌ってその生命を尊んでいたと言うのは、それが理由なのではないかな』
ポトリーグは、うなづいた……ほんとだ、と思う。
いつのまにか胸が、軽くなっていた。
「どんな歌、うたってたんだろ?」
『伝わっているよ。聞きたいかい』
「えっ、まじで! すんげえ聞きたいっ」
『よしよし。ちょっと待っておいで、私の奥さんを探して連れてきてあげよう。私のおんち調子っぱずれより、よっぽどいいから』
そう言うと、ふうーい! つのめどりは羽ばたいて、そそり立つ尾根の方へと飛んでいってしまった。
ポトリーグは、さっきまでしていた作業を再開する。草むらの中に石くれを探してかき集め、石家の中に運んで行って、マラキの骨を覆ってゆく。
石はどんどん見つかるようになって、ポトリーグの作業ははかどる。
マラキの物語を知った今、その亡骸は怖くなくなった。
みじめに寂しく死んだ人なんかじゃない。むちゃくちゃすごい一生を成し遂げた、偉人……どころか聖人さまだ、と思えるようになっていた。




