57. つのめどりの語るマラキの話
「マラキ、って名前だったの? この人」
『そうだよ。むかし昔の大昔、私の……何世代も前のつのめどりと、語りあった不思議なひとは、その名をマラキと言ったんだ。遠いはるかな≪冬の国≫から、黒い殻に乗って、ここへやってきたのだよ』
ポトリーグは息を飲んで、つのめどりの小さな丸い目を見つめる。
「お願いだ。その人マラキは……俺の家族親族とかじゃないし、全然知りもしない人だけど。俺とおんなし人間で、同じふるさとから来たんだと思う。マラキのこと、教えてくれないか?」
『きみ。名は何と言うの』
つのめどりの問いは、落ち着いて平らかだった。息せき切って頼んでいたポトリーグは、はっとして言い直す。
「俺はポトリーグ。≪冬の国≫のシャナキール修道院から来た」
つのめどりは、ゆっくりとうなづいたらしい。
『そうか。……しかしポトリーグ、マラキのことを聞き知って、それで一体どうするつもりなのかね?』
「え?」
『きみに、私たちの伝え聞く≪マラキ≫の話をすることはできる。けれどきみはそれを知って、自分のためによいと思うだろうか? 知ってしまった後で、知らなければよかったと思うかもしれないだろう。それを判断するのはポトリーグだが、きみはマラキの運命を聞き耐える覚悟が、自分にあると思っているのかい?』
つのめどりの口調は、厳しくはない。むしろ年少のポトリーグをいたわっているような、優しさが底にあった。
「……そんなに辛いことがあったんか。この人に」
『どうだろう。自分の生きたことを、つらかったか楽しかったかとさだめられるのは、当事者本人だけだと私は思うがね。マラキは私たちの言葉を理解し、私たちの祖先にとっては善き隣人だった。しかし、マラキはつのめどりとは別の生きものだった……。だから私たちは彼を異なるものと認識し、彼のことを外側からの見方で語り継いでいる』
つのめどりの言葉は難しくはない。しかし彼の考え方は、ポトリーグの思う≪ふつう≫とは、だいぶ違う気がした。
けれどつのめどりは真面目であり、ポトリーグのことを馬鹿にしたり、からかっている様子は一切ない。
『きみは、マラキと同じ種の生きものだと言うね。私はきみのような生きものを見たことがないし、マラキの生前の姿も知らない。わかるのは、この石の巣の中にあるマラキの骨、そして語り継がれた祖先の記憶にあるマラキの印象だけだ。それは実際の彼そのものとは、あまりにかけ離れていると思うよ。そういう彼の物語を知ることは、彼を知ると言えるだろうか?』
「……それでも、さ」
少しこんがらがって来たが、ポトリーグは言ってみた。
「俺はその人、マラキの物語を知って。でもってマラキのこと、憶えていようと思うんだ。……なんか、あんまり他人っつう気がしないし」
『憶えていこうと、思うのかい? ……そうかい、わかったよポトリーグ』
つのめどりの笑顔というものは……ポトリーグにはわからない。けれど答えてそう言ったつのめどりの声は、確かにほころんでいた。
『じゃあ、教えてあげよう。マラキは大昔、あちらの方角からやってきた』
つのめどりは身体の向きを変えて、南の海にだいだいがかった黄土色のくちばしをしゃくった。
『マラキは以前、同じ種族の多く住む土地で暮らしていた。けれど何か、都合の悪いことがあったようだ。彼は絶望にかられて、そこを出た。うらに返した黒い殻のようなものに乗って……。飛べもしなければ泳げもしないのに、海を渡って来たのだと言う』
――裏に返した黒い殻……舟っつうことか。皮舟だったら、まじで俺とおんなしだな??
『マラキは故郷の島を出て、北へ北へと向かったらしい。やがて大きな氷の島々が、ところ狭しとぎっしり浮かぶ冷たい海に出た。そこを進んでいると、暗い夜空に緑色の光が輝いた。天と地をつなぐすさまじい稲妻が轟き、マラキをおびやかした。その間を逃げまどいつつ、マラキをのせた殻は流れ流れてきたのだそうだ』
ポトリーグはかたずを飲みつつ、つのめどりの話を聞いている。
つのめどりの理解できる範囲内に、表現は変化しているが……。それはポトリーグ自身が越えてきた、トゥーレの≪氷の海≫で見た光景と、まるっきり同じではないか!
――ここんちのつのめどりなら、火柱なんて……。いや、そもそもの炎を見たことないだろうからな。雷のびりびり落ちるさまに、とって代わってるんだ……! 似てるかな、火柱と雷……。まあ、おっかねえのはどっちも同じだッ。
『マラキは、嵐の日にここへたどり着いた。のってきた殻がそそり出た磯の岩にぶつかり、ぺしゃんこに破れてしまったが、彼はとにかく岩棚にしがみついた。その時から石を集めて巣をつくり、草とその根を食べて、終わりの日を迎えるまでここで静かに暮らしたのだよ』
岩にぶつかってやぶれた、と言う表現でポトリーグは確信した。
先人マラキは、やはり自分と同郷人であり、牛皮三枚重ねの皮舟で来ていたのだ。
『マラキはどうしてなのか、私たちつのめどりの言葉を理解することができたから、祖先とは大いに語り合った』
つのめどりは、宙にそそり立つ黒い尾根のかげ、東南のほうへくちばしをしゃくる。
彼らつのめどりの一族は、代々そこに群巣地を置いているのだと言った。
『私たちの祖先にとって、マラキは摩訶不思議以外の何ものでもなかったが、彼は全く悪いものではなかった。善き隣人として、彼の故郷やいろいろの事柄を語ったと言うが……。残念ながらそれは、あまりに私たちの日常とかけ離れていた。だから想像も理解もおよばず、伝わってはいない。確かにわかっていることは、彼が毎日毎日、ほがらか高らかに歌い続けて死んでいった、ということだ』
「……? 歌ってたのかい。毎日、ずっと?」
『そう伝わっている。マラキは私たちよりずっと長寿の種族らしく、マラキに最初に話しかけたつのめどりの、その子が死んだあとも生きた。その間ずうっと、この地で歌っていたと言う。ある朝、聞こえるはずのマラキの歌が届かないから様子を見に来た者が、巣の中で動かなくなったマラキを見つけた』
「あの、知らなくってごめん……。あんたらつのめどりって、どのくらい長く生きるもんなの?」
『私たちは、おおよそ二十回のまわりゆく冬と春を越えるよ』
それでは先人マラキは、この島に漂着した後、だいたい二十年以上も生きていたのだろうか。
「……マラキって。乗ってきた殻にまたのって、どこか別のところに行こうとはしなかったんかな?」
少し怖い質問を、ポトリーグはつのめどりに問うた。




