表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第八踏 ≪マラキのいた島≫
PR
57/101

57. つのめどりの語るマラキの話

「マラキ、って名前だったの? この人」


『そうだよ。むかし昔の大昔、私の……何世代も前のつのめどりと、語りあった不思議なひとは、その名をマラキと言ったんだ。遠いはるかな≪冬の国≫から、黒い殻に乗って、ここへやってきたのだよ』



 ポトリーグは息を飲んで、つのめどりの小さな丸い目を見つめる。



「お願いだ。その人マラキは……俺の家族親族とかじゃないし、全然知りもしない人だけど。俺とおんなし人間で、同じふるさとから来たんだと思う。マラキのこと、教えてくれないか?」


『きみ。名は何と言うの』



 つのめどりの問いは、落ち着いて平らかだった。息せき切って頼んでいたポトリーグは、はっとして言い直す。



「俺はポトリーグ。≪冬の国ヒベルニア≫のシャナキール修道院から来た」



 つのめどりは、ゆっくりとうなづいたらしい。



『そうか。……しかしポトリーグ、マラキのことを聞き知って、それで一体どうするつもりなのかね?』


「え?」


『きみに、私たちの伝え聞く≪マラキ≫の話をすることはできる。けれどきみはそれを知って、自分のためによいと思うだろうか? 知ってしまった後で、知らなければよかったと思うかもしれないだろう。それを判断するのはポトリーグだが、きみはマラキの運命を聞き耐える覚悟が、自分にあると思っているのかい?』



 つのめどりの口調は、厳しくはない。むしろ年少のポトリーグをいたわっているような、優しさが底にあった。



「……そんなに辛いことがあったんか。この人に」


『どうだろう。自分の生きたことを、つらかったか楽しかったかとさだめられるのは、当事者本人だけだと私は思うがね。マラキは私たちの言葉を理解し、私たちの祖先にとっては善き隣人だった。しかし、マラキはつのめどりとは別の生きものだった……。だから私たちは彼を異なるものと認識し、彼のことを外側からの見方で語り継いでいる』



 つのめどりの言葉は難しくはない。しかし彼の考え方は、ポトリーグの思う≪ふつう≫とは、だいぶ違う気がした。


 けれどつのめどりは真面目であり、ポトリーグのことを馬鹿にしたり、からかっている様子は一切ない。



『きみは、マラキと同じ種の生きものだと言うね。私はきみのような生きものを見たことがないし、マラキの生前の姿も知らない。わかるのは、この石の巣の中にあるマラキの骨、そして語り継がれた祖先の記憶にあるマラキの印象だけだ。それは実際の彼そのものとは、あまりにかけ離れていると思うよ。そういう彼の物語を知ることは、彼を知ると言えるだろうか?』


「……それでも、さ」



 少しこんがらがって来たが、ポトリーグは言ってみた。



「俺はその人、マラキの物語を知って。でもってマラキのこと、憶えていようと思うんだ。……なんか、あんまり他人っつう気がしないし」


『憶えていこうと、思うのかい? ……そうかい、わかったよポトリーグ』



 つのめどりの笑顔というものは……ポトリーグにはわからない。けれど答えてそう言ったつのめどりの声は、確かにほころんでいた。



『じゃあ、教えてあげよう。マラキは大昔、あちらの方角からやってきた』



 つのめどりは身体の向きを変えて、南の海にだいだいがかった黄土色のくちばしをしゃくった。



『マラキは以前、同じ種族の多く住む土地で暮らしていた。けれど何か、都合の悪いことがあったようだ。彼は絶望にかられて、そこを出た。うらに返した黒い殻のようなものに乗って……。飛べもしなければ泳げもしないのに、海を渡って来たのだと言う』



――裏に返した黒い殻……舟っつうことか。皮舟カラハだったら、まじで俺とおんなしだな??



『マラキは故郷の島を出て、北へ北へと向かったらしい。やがて大きな氷の島々が、ところ狭しとぎっしり浮かぶ冷たい海に出た。そこを進んでいると、暗い夜空に緑色の光が輝いた。天と地をつなぐすさまじい稲妻がとどろき、マラキをおびやかした。その間を逃げまどいつつ、マラキをのせた殻は流れ流れてきたのだそうだ』



 ポトリーグはかたず・・・を飲みつつ、つのめどりの話を聞いている。


 つのめどりの理解できる範囲内に、表現は変化しているが……。それはポトリーグ自身が越えてきた、トゥーレの≪氷の海≫で見た光景と、まるっきり同じではないか!



――ここんちのつのめどりなら、火柱・・なんて……。いや、そもそもの炎を見たことないだろうからな。雷のびりびり落ちるさまに、とって代わってるんだ……! 似てるかな、火柱と雷……。まあ、おっかねえのはどっちも同じだッ。



『マラキは、嵐の日にここへたどり着いた。のってきた殻がそそり出た磯の岩にぶつかり、ぺしゃんこに破れてしまったが、彼はとにかく岩棚にしがみついた。その時から石を集めて巣をつくり、草とその根を食べて、終わりの日を迎えるまでここで静かに暮らしたのだよ』



 岩にぶつかってやぶれた・・・・、と言う表現でポトリーグは確信した。


 先人マラキは、やはり自分と同郷人であり、牛皮三枚重ねの皮舟カラハで来ていたのだ。



『マラキはどうしてなのか、私たちつのめどりの言葉を理解することができたから、祖先とは大いに語り合った』



 つのめどりは、宙にそそり立つ黒い尾根のかげ、東南のほうへくちばしをしゃくる。


 彼らつのめどりの一族は、代々そこに群巣地を置いているのだと言った。



『私たちの祖先にとって、マラキは摩訶不思議以外の何ものでもなかったが、彼は全く悪いものではなかった。善き隣人として、彼の故郷やいろいろの事柄を語ったと言うが……。残念ながらそれは、あまりに私たちの日常とかけ離れていた。だから想像も理解もおよばず、伝わってはいない。確かにわかっていることは、彼が毎日毎日、ほがらか高らかに歌い続けて死んでいった、ということだ』


「……? 歌ってたのかい。毎日、ずっと?」


『そう伝わっている。マラキは私たちよりずっと長寿の種族らしく、マラキに最初に話しかけたつのめどりの、その子が死んだあとも生きた。その間ずうっと、この地で歌っていたと言う。ある朝、聞こえるはずのマラキの歌が届かないから様子を見に来た者が、巣の中で動かなくなったマラキを見つけた』


「あの、知らなくってごめん……。あんたらつのめどりって、どのくらい長く生きるもんなの?」


『私たちは、おおよそ二十回のまわりゆく冬と春を越えるよ』



 それでは先人マラキは、この島に漂着した後、だいたい二十年以上も生きていたのだろうか。



「……マラキって。乗ってきた殻にまたのって、どこか別のところに行こうとはしなかったんかな?」



 少し怖い質問を、ポトリーグはつのめどりに問うた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ