56. ポトリーグ、先人を弔う
緑の空の下に、くっきりとそそり立つ黒い巌の頂。そこに続く斜面の小道を、ポトリーグは黙々と歩いて行った。
とねりこの杖を左手に、白樫の櫂を右手について、さっきよりも安定して歩き登れるように思う。
一度振り返って、手を振った。
るる波は夜営した岩棚の上、ちゃんとポトリーグを見上げてくれている。
のぼり切って、あの窪地の中にある石の庵の前に来た。
入口てまえ、ポトリーグは両膝を地につけて、まずは頭を垂れる。目を閉じて、その人の魂のために祈った。
修道士たちの言っていた、難しい祈りの言葉は知らない。だから大おばや他の家族を亡くした時と同様、ひたすら亡者が安らかに眠れるよう、ポトリーグは心から祈った。
立ち上がり、すぐに作業に取り掛かる。
そうっと石の家の中に入り、骨の周りの地面を杖の先でつついて調べてみた。おそろしく、かたい。
より重くて硬い白樫の櫂で突いてみても、だめだ。ここに穴は掘れない。
次に外に出て、家のまわりの地面をあちこち突いてみたが……やはり、どこもかたかった。
「……墓穴は、掘れそうにないな」
ろくな道具もない。石を集めてきて、亡骸を覆うしかなさそうだ。
ポトリーグは道の方へと行って、そこに散らばる石を集め始めた。と言っても、豊富にあるわけではない。ぼうぼうと伸びた草の合間をかき分けながら、腕いっぱいに拾った石を抱えて戻り、白骨の近くに置く。
「……ごめんなさい」
言ってから、ポトリーグは骨々を一か所によせた。深く息を継ぎながら大小の骨を山にまとめると、そこに持ってきた石をかぶせていく。
なぜかはわからない。判別できるほど、これまでにたくさんの骨を見た経験もない。しかし亡くなったのは成人男性だった、とポトリーグは確信していた。
震えかける手で寄せた大腿骨は長い。かつてはたくましい身体の一部だったのだろう。石で囲みやすいよう、ポトリーグはもう一度骨を小さく寄せた。
「……あれ?」
その時、何かがポトリーグの指先に触れた。乾いて古びた骨とは、全く別のまるい感触……。
木製の、小さな小さな十字架である。
紐を通すための穴が、上の方にあいていた。
「……!!」
シャナキールの修道士たち、いや各地で出会った修道士たちが、似たようなものを修道衣の内にさげていたのを、ポトリーグは知っている。
一体どれくらいの年月を経ているのか。
男性の身に着けていただろうもの、道具類の一切合切が朽ち消えてしまっていると言うのに。
ポトリーグの指にも満たない小さな木材の組み合わせが、どうしてなのか骨の下に残っていた。
職人の手によるものでは、決してない。ぶきっちょな人が苦心してはめこみました、という風にややいびつな形の十字細工なのである。
……けれどその小さな組み合わせは、ポトリーグの手中に温かく、わずかな熱を保つようだった。
「……あんた。修道士だったの?」
ポトリーグは、口の中でつぶやいた。本当のところはわからない――わかるわけは、ない。
けれど十字を手にしたことで、ポトリーグはその人を近く感じた。
さっきまで想像していたように、怖い思いをして一人ぼっちで死んだかわいそうな人――とではなく。
自分と同じように食べて眠って、笑って歌っていた。普通に生きていた人だった、と思えたのだ。
ポトリーグは小さな十字を、しゃれこうべの下に丁寧に押し込む。続けて周りに石を積み、もっと探してこようと再び家の外に出る。
ふと、気配を感じて振り返る。
石積み屋根のてっぺんに、つのめどりがとまっていた。
「……こんちは」
≪かたばみ四つ子島≫で出会った吟遊詩人風のつのめどりに比べると、ずいぶん小さな身体つきである。しかしまるい頭と白い胸、あいきょうのある顔つきは同じだ。
つのめどりは、首をやんわり横にかたむけた。
『ごきげんよう。私の言葉を話す者よ』
だいぶ年のいった、低い男声である。
『ここで、何をしているのかね?』
「……ここんちに住んでた人の、お墓つくってんだ。土に還してあげたくて」
『きみは≪マラキ≫に連なる者なのか?』
よちよちっと歩いて、つのめどりは石屋根の上をポトリーグの方に寄ってくる。
「マラキ、つったの? この人」
ポトリーグはどきりとした。ゲールの名……同郷の男性名だ!




