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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第八踏 ≪マラキのいた島≫
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55/101

55. 人間のしろい亡骸

「……」



 とねりこカモーンを両手で抱きしめるように握って、ポトリーグは土の床に朽ち入ろうとしている、その白骨を見つめた。


 だいぶばらばらになって、入り乱れているが……。間違いようのない、人の骨である。


 大きく長い脚の骨、ごつごつした背の骨。横にかたむいている頭蓋骨には、あごがなかった。眼窩二つの中に、かつてあったはずの眼差しはなく――うつろ、である。


 本当に骨だけ。衣類も道具も、その人の生のよすがを示しうるようなものは、何もなかった。


 ポトリーグは息を止め、そろそろと後じさりをして外に出る。


 しばらく石家の前で、立ち尽くし――。


 くるり、といきなり振り返る。それから一目散に、夜営地めざして駆け下りた。


 下り坂で、しかも荒れ果てた古い道である。何度もすべりかけ、転びかけた。ポトリーグは本当に転んでしまう前に、しゃにむに次の足をじゃかじゃか踏み出すことで、かろうじて小舟カラハの脇にすべり込んだ。



「るるっちぃ――っっ、うずっちぃぃぃぃぃ」


『ちょっと……どうしたのよ、ポトリーグ!?』


『さっきから見てたけど。上の方で、何があったのん?』



 ぜぇはあ……ぱたん。


 ポトリーグはとねりこ杖を取り落とし、寄ってきたあざらし姉弟の前に両ひざをついた。



「うわ……うわあ。うわぁああああーん!!」



 そうしてるるとんの首ったまに両腕をまわすと、子どもみたいに泣き出す。


 ……ちがった。


 ポトリーグは、でっかい図体ずうたいをしてはいるが、いまだ大人ではない。


 子どもとして、今見たものの衝撃に耐えられず、決壊してしまったのだった。



 ・ ・ ・



 どのくらい、そうしていただろう。あざらし姉弟は、何も言わなかった。


 両腕でるる波にすがりつき、おひげに頬を埋めて泣きじゃくる少年の背中に、うずは自分の鼻づらをくっつけている。


 あざらしおにくの温かさに、ポトリーグの震えが少しづつ吸い取られ、やがてようやくおさまった。



「……ひとが、死んでたんだよう」



 かすれ声で言いつつ顔を離したポトリーグの鼻から、るる波のおひげに鼻水つり橋がかかる。



『あの、上のん方で?』


「うん」



 ポトリーグは振り返って、両手でうず雄のひげを握る。



『ポトリーグ……。ひとって、つまり。あなたと同じ種族の人間・・が、死んでいたというの?』


「そうなんだ。るるっち」



 あざらし姉弟にくっついたまま、ポトリーグは島の頂上で目撃したものについて話した。途切れとぎれに、つっかえながら。


 それを聞きつつ、るる波とうず雄は衝撃を受けていた。


 蛇の群れと大蛇に立ち向かい、慣れない航海でも弱音を吐かないこの少年が、こんなにおびえて泣き崩れてしまうなんて、と。


 しかしあざらし姉弟は、やがて理解する。



「……その人はたぶん。ずうっと、ずうーっと大昔に、ここんちの島にたどり着いて……。俺みたいに皮の小舟カラハで、たった一人でやってきて。そのまま出られずにこの島で暮らして、一人のまんま死んじまったと思うんだ」



 ぽろん。


 ポトリーグのあおい瞳から、あらたに小さな涙の粒が湧いて、頬を伝った。むい、とるる波はそれを鼻づらでぬぐってやる。


 亡くなった先人を、ポトリーグは自分の未来と重ねて見てしまったのだ。


 たった一人でやってきて、たった一人で寂しく生き、たった一人で死んで白く骨になる未来。


 彼は、帰る・・ことができなかった……。


 自分にも同じことが将来おこるのだと、運命から突き付けられたような気がして。


 あまりの恐ろしさに、恐怖と絶望のどん底に落とされてしまったのである。


 久し振りに見た同族が、無残にさびしい亡骸であったのだから、これは本当に無理もない、とるる波は思う。


 特にポトリーグは年少の幼獣だ。群れからはぐれただけでも相当につらいのに、さらにこんな厳しい現実を前にしては、と厚いおにくの下で姉あざらしは胸を痛くしていた。



『……そうだったの。すごく悲しいわね、ポトリーグ』


「うん」



 弟とちょっと顔を見合わせてから、るる波は低くポトリーグに言う。



『……かなしい所だから、もうすぐに出発しようか? それとも、もう少し休んでからゆっくり波にのる? ポトリーグがいちばん楽な方法を、選んでいいのよ』


「……」



 ポトリーグはしょぼついた眼でるる波を見、そしてうず雄を見た。



「うずっち。何でもいいんだ、……魚とってくれるか?」



 もふん、とうず雄はひげを揺らした。



『昨日のやつ。でっかいいわしが、近くにまだまだいっぱいいるのん。それでいい?』


「うん」



 ポトリーグがうなづくと、うず雄はするりと岩の合間を這ってゆく。


 食べる気持ちが少年にある、とわかってるる波はほっとしていた。



『わたしも何か、とってきてあげようか?』


「るるっちは……。ここに、いててくれ。俺は今からもう一回、上にのぼってくる」


『え、えええっ! なんで?』



 ごしごし、と手のひらの底でポトリーグは顔をこする。



「どうしても。……やんなきゃなんない、と思うんだ。俺が」



 ポトリーグはゆっくりと立ち上がり、とねりこ杖と白樫のかいを手にした。



「人間は死んだら、土ん中に埋めるもんなんだ。あの人にはせめて、何かをかぶせなきゃいけないと思う」


『……ポトリーグ』


「やっぱだめそう、ってなったら。るるっちの方、見るからよう」



 姉あざらしは長いひげを揺らして、ポトリーグにうなづく。



『わかった。わたしはずっとここにいて、あなたを見ているからね』



 緑の空の下に、くっきりとそそり立つ黒いいわおいただき。それをもう一度、ポトリーグはふり仰ぐ。


 そうしてからポトリーグは、斜面の小道を再びたどり始めた。



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