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鍋聖人ポトリーグの異界イムラヴァ航海譚  作者: 門戸
第八踏 ≪マラキのいた島≫
53/54

53. 難所、ぎざぎざ巌で今夜もキャンプ

 ・ ・ ・ ・ ・



 ≪黒き島々≫とは、島が無数に集う海域なのだが。


 その日は進行方向に、あまり島影を見ない時間が続いた。帆をあやつるポトリーグの目には、はるかに大海原が広がるばかり。


 島群をおおかた過ぎ越して、とうとうまばらになってきたのだろうか、と一行は推測しあう。


 目的地のめやすである、南端の≪かいぎゅう島≫はかなり大きく、うずとるるとんが見逃すはずはない。方角もあっているのだから不安はないのだが、午後をまわって遅くなると、今日これからの夜営地が気になってきた。


 適当な休み場所が見つからないとなると、夜通し航海を続ける羽目になる。


 一晩くらい徹夜したってへっちゃらだ、とポトリーグは自負しているが、海の上ではどうだろう。


 今更ながら、いかりのついていない小舟カラハである。とまる・・・、なんて芸当はできないのだ。うず雄とるる波も、さすがに泳ぎながらは眠れない。



『あ~。あれ、島でないのん?』



 西からの夕陽が照る中、先頭を進んでいたうず雄が言った。



『左手の方……。小っさいところだけど』


『ふはー! よく見つけたわ、うずちゃん。今日はもう、そこ以外に選択肢がなさそうよ。行きましょう、ポトリーグ』


「おうー」



 ほとんど朝から泳ぎどおし、進み通し。皆くたびれていた。


 ぐーん、と東に進路を向けて、一目散に休養・・めざして進んでゆく。



 ・ ・ ・



 うず雄とるる波の誘導で、何とかポトリーグは接岸に成功した。


 それはいわおのそそりたつ島で、平和的に乗りつけられそうな浜はない。比較的なだらかな岩棚の重なるところを選び、あざらし姉弟に両脇から小舟を挟みこんでもらって、ポトリーグはどうにかこうにか岩場にとび移ったのだった。


 思い起こせば、一番初めに接岸したところ。≪ひげあざらし島≫の支島・・という、うず雄の住みかもちょうどこんな感じだった。磯ばかりで浜がなく、たまった海藻のおかげで舟底を破らずに済んだのは、本当に幸運だったと思う。


 しかし今いるここの島は、そこに輪をかけてとがりくねった岩々が、ぐうんと海に突き出ているようなところだったのである。



「……とんでもねぇとこだな!?」



 小舟をかついで、ひとり島の斜面・・を歩きながらポトリーグは言った。


 海にいきなり、山が突き出たかのよう。鳥ならば、何の苦も無く着地できるのだろうか……。磯からの険しい岩肌がそのままそそり立って、草や苔がこびりついている感じなのだ。


 あざらし姉弟は、こういった場所でもよく休むと言う。横になれるほどの幅があれば、かれらは岩盤の上などでも平気らしい。



「つっても、なあ~。うずっちたちは、あんまし内陸の方には来れねえんだもんなあ」



 それでもポトリーグはようやく、あざらし姉弟と自分の小舟を並べられそうな窪みを、岩の間に見つける。


 もうだいぶ薄暗くなってきているし、足もとの不安さでは本航海譚ぴかいちの難所、という気がする。


 ポトリーグは手早く、夜営の準備をした。


 幸い、≪どんど島≫で手に入れた水がまだ十分にある。紅い野りんごとはしばみもあるし、ここで何の補給もできなくても、特に問題はなさそうだ。


 ポトリーグは用心して海側へゆくと、磯岩にこびりついて干からびていた、ひらひらの海藻をはぎ取った。これを枯草とあわせ、今日も火を焚く。沸かした湯を、ほたて殻にすくって飲む。


 あまり間を置かず、うず雄とるる波が海から上がってきた。


 それぞれ小ぶりの魚を、ポトリーグの手中につるりと落としてくれる。


 細身の体躯に青みがかった背は、大きないわしのように見えないこともない。



「こらまた、知らねえ魚だな~?? 何つうの?」


『それが、わたしも知らないのよ! でもおいしかったわ』


『この辺にいっぱい、ぐるぐるかたまって泳いでたのん』



 見かけがいわしっぽいのだ。いわし的にうまいのだろう! そう信じて、ポトリーグは鍋底のお湯につけて煮てみる。後から思い出して、じゃこう草を少々ふってみた。



「うおう? 見かけがいわしっぽいのに。どっちか言うと、さばみたいな味がするな!」



 小骨の多いのがやっかいだが、ポトリーグはよくよく嚙み砕いて、全部食べてしまった。魚の骨は、少年の骨となるのだ。



「これも、すんげえうまかったぞー!」


『良かったねぇー』



 上品に軽いじゃこう草の香りいっぱい、煮汁を飲んで、ポトリーグはふと気づく。



「……るるっち、うずっち。やたら寒くねえか?」



 身体の中から温まって初めて、ようやくそれまで自分が冷えていたことを知ったのだ。



『そうね、たしかに気温が下がっているわ』


『海風に吹きっさらし、ていうのもあるのんけど』



 言って、うず雄はもそもそと動いた。ポトリーグに海風があたらないよう、壁になってくれる。



『今日も、だいぶ先へ進んで来たからね。寒くなるのは当たり前なのだけど……大丈夫なの? ポトリーグ』


「うん」



 ≪黒き島々≫の果ての先にある、≪氷の海≫に近づいている。その証拠の寒さなのだろう。


 ポトリーグは寒がりでなし、逆に寒さに強いほうだ。トゥーレの寒さを越えた経験から、今ここに漂う冷たさを、つらいものとは思わない。


 けれど自分が元いた場所、ブレンダン修道院長の航海団に近づきつつあるのだと言う思いが、ポトリーグの身体をぷるっと震わせた。



――俺は、じきに戻れる。……帰れるんだ、ヒベルニアに。



 その晩は、完全に暗くなる前に誰もが横になってしまった。舟のそばにぐでん、と並ぶあざらし姉弟のひげを握ってから、ポトリーグは小舟天幕のつっかいかいを下ろす。


 寝床にした海藻からは強い潮のにおいがして、その下にある岩もごろつく。けれどひょろ長い身体を毛織り修道衣の中に縮め、ポトリーグはなんの不満も持たず、眠りに落ちてゆく。


 じきに帰ることができる、という希望ばかりが胸に満ちて、他の細かいことなんて気にならなかったのだ。……ぐう。



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